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君は輝く陰陽神

この島には、未だに神が棲んでいる。


世界の日陰に隠されていた人外どもが現れ、その人権が認められた日本。

少年つぐみは、その種族ゆえに差別を受け、孤立していた。

『母』から送られてくる出所不明の大金を気味悪がり、さりとてアルバイトもできずに腐っていた彼に近づいたのは、名前も聞いたことのない孤島の公務員と名乗る男。

男はつぐみに、とある仕事を紹介する。


その“仕事”とは、『さる高貴なお方の世話係』。

その裏に何か仄暗いものが隠されていることに気づきながらも、日々を生きるためにその仕事を受けたつぐみ。


すべては生きていくために。

ただそれしか知らない少年は、その日から誰よりも輝かしく──誰よりも自由奔放な少年に振り回されることになる。


そんな穏やかな日々の裏で渦巻く、生まれに関わる暗い陰謀。

それに負けずに抗う中で、やがて惹かれあっていく似たもの同士な二人の話。

「はい、蘆満あしみつつぐみ様ですね。種族は半人ハーフ……」


 にこにこと身分証を受け取り、そこに書かれている内容を認めた女役員が周囲を伺う。

 同時に弧を描いていたその唇が硬く結ばれる様を見て、つぐみは胸中で昏い息を飲み込んだ。


「……お話は伺っております。お預かりした書類をお持ちしますので、少々お待ちください」


 事務的──を通り越して、何処か寒々しい態度の役員が席を外し、つぐみを事務所の奥へと案内する。

 身分証を財布にしまい、露骨に過ぎる役員の女が裏に引っ込むのを横目に、彼は周囲を伺った。


 毛むくじゃらの──おそらくは半醒の狼獣人。彼は爪にインクを付けると、書類にピッと線を入れた。


 彼の後ろに並ぶ女は、一見人間のようだが肌が屍蝋のように白い。その髪にも瑞々しさは微塵もなく、見るにアンデッド系だろう。


 さらにその奥、頑丈な長椅子を肩身狭そうに占有し、役員の説明を受けているのは石の身体を持ったゴーレム系の大男。


 もはや人の要素すらない。

 それなのに彼は人として尊重されていた。


「──」


 ああ何故と、無意味な疑問は浮かばない。

 ただ一つ、噛み締めた頬から流れ出る血のように湧き出たのは、この十数年の生涯で幾度となくつぐみを追い詰めた嘆きだけ。


 ──どうして。

 どうしてあんな獣人けものふぜいが、不死系しにぞこないが、人造系つちくれが。


 己が何よりも求めたそれを。

 人として認められる権利を、労することもなく当たり前に持っているのか。


 “こんな理不尽、認められるものなのか?”


「ッ」


 つぐみは強く拳を握り、冷ややかな目をした役員から封筒を受け取り、役所から足早に出た。


 /


 封筒に入っていた手紙を片手に、つぐみは島を所在なく歩く。

「地図なんて馴染み薄いんだよな……」とぼやくその姿はまさしく現代人の若者であるが、彼を取り巻く環境は、あまり現代的だとは言えなかった。


 見渡せるだけの広さしかない土地面積。

 長閑──言い換えれば閑散として古びた家屋。

 大小問わず波に揺られる、ハーネスに繋がれた犬のような船の数々。

 そこから吹き荒ぶ寒々しい潮風に煽られ、生々しい磯の香りがつぐみの鼻腔をさらっていく。


 あいにくと人の風情を理解できないつぐみにとってはただ退屈なだけの道行である。

 つぐみは歩きながら、二枚目の紙に目を向けた。


 挨拶もそこそこに要件だけが記された手紙には、以前本島で語られた仕事について、さらに詳しく説明されていた。


 つぐみの“仕事”とは、『この島で最も高貴なお方の側仕え』。

 なんでもたいそうワガママで、今まで付けられた護衛や側仕えから逃走したり追い出したりと、なかなかに癖のあるお方のようだ。


 そのお方は、この島で唯一の神社に住んでいるという。

 地図に従って神社に向かい、そのお方と顔を合わせ──無事に認められたなら側仕えとして雇用、できなければ本島へと送還されることになる。


 それ自体には異論はない。面接に落ちまくったつぐみからすればすでに慣れた話である。

 気になると言えば、そんな高貴なお方に何故自分のような者が、と思わなくもないが、つぐみはあえて考えなかった。


 そんなふうに紙を読みながら歩いていると、赤い鳥居が立ち並ぶ神社の前にたどり着いた。

 つぐみは礼儀として鳥居をくぐる前に一礼すると、境内に足を踏み入れて──


「む、礼儀は弁えているんだね」


 突如、目の前に現れた男に、つぐみは反応できなかった。


「ッ!?」


「境内に尋常ならざる陰の塊が足を踏み入れたからすわ敵かと来てみれば、まさか礼儀を弁えた参拝客だったとは。歓迎するよ、その陰はいささか不快だけどね」


 笑みを浮かべて傾いた顔は、随分と中性的で──けれど、古風な衣に包まれたその身から溢れる“陽”の凄まじさ。

 男女は陰陽に示される。男は陽、女は陰……誰もがそれを持っているが、この凄まじさは尋常のものではない。


 つぐみにとって、それは激毒にも等しい。

 それほどの“陽”、人間が持てるものではなく、従ってその存在は一つの定義に絞られる。



 神だ。

 すでにかくれたはずの、真性の神──



 この島で最も高貴なお方とは、まさしく眼前の男神のことだったのだ。


 冗談じゃない、こんな──存在そのものが天敵と言えるような神の側仕えなんて、できるわけがない!

 深く戦慄するつぐみを見て、麗しき男神は小首を傾げた。


「なに、わたしを畏れているの? ならもしかして──敵かな?」


「ち、違うっ!」


 男神の瞳が剣呑な色を帯びるのを見て、つぐみは声を張り上げた。

 ハッとして、急いで手元の封筒から取り出した書類を男神へと見せた。


「……ふぅん。わたしの側仕え、か。きみが?」


「そういうことに、なっている」


 書類に目を通した男神は、先ほどと違ってひどくつまらなそうに息を吐き、書類を適当に畳んで懐にしまう。それっきり黙ってしまった。


 つぐみの背に、だらだらと冷や汗が流れる。

 一歩間違えたら死ぬ、そう直感してどくどくと高鳴る心臓を抑えて、緊張を吐き出してしまうようにゆっくり息を吐く。

 じっとつぐみを見ていた男神は、その様子に嘆息した。


「新しい側仕え、か。はぁ……せっかく新しい話相手かと期待したのに。それできみは、どこの神なの? 高天ヶ原? それともまた別のところ?」


「……うん? いや、僕は神じゃないぞ」


 つぐみが訂正すると、男神が訝しげに目を細める。


「は? 神じゃない? じゃあその、全身から滲み出る陰の気は──」


 ああ、なるほど。つぐみは妙に腑に落ちた。

 この人──このひとは、知らないのか。

 つぐみが一体、何なのか。

 神ではない身で、神にすら捉えられるほどの膨大な陰の気を持つということが、何を意味するのか。


 つぐみは軽く息を吐いて、手のひらを男神に向けた。


「僕は、神じゃない。むしろ、対極に位置するものだ」


 つぐみの手が、どろりと溶けた。

 黒々として、光を呑み込む深い『闇』──男神の目が、驚愕で広がる。



「僕は悪魔だ。

 もっとも、父親は人間だから“半人半魔”と言うべきだけどね」



 これが証拠だ、とばかりに溶けた『闇』で手を形作る。

 肌色を取り戻した手のひらを何度か開閉して感覚を取り戻すと、つぐみは手首にかけた数珠を揺らした。


「父が作ったっていうこの数珠で、悪魔としての僕を象る『闇』を抑制してるんだ。だからこれがあれば、人間としては生きられるんだけど……どうもそうはいかなくてねえ」


 たとえ外見を取り繕っても、書類には──戸籍には確かに“半人半魔”と記載されている。

 たとえ履歴書がいらない仕事であっても、強すぎる陰の気ゆえに魔性を惹きつけるつぐみは、騒動の種に他ならない。


 結局、高校もまともに通えず、このザマだと自嘲する。


「そんなわけで、僕は神じゃない。もちろん高天ヶ原にもツテはないし、きみのことを口うるさく言う気も──」


「すごい!!」


 は?

 今、なんて──つぐみの脳髄を驚愕が走り、



「悪魔なんて初めて見た!! 面白いっ、面白いねきみ! その手どうなってるの!?」



 目を輝かせて迫り来る男神に、いよいよ脳が理解を拒んだ。

 男神はその様を見て小首を傾げ、ぽん、と気づいたように手を合わせる。


「そうか、それほど濃い陰を持つならわたしの陽は毒に等しいのか。待っててね、()()()()()()()()()!」

「は?」


 混乱するつぐみを尻目に、男神がゆっくりと目を閉じて、両手を閉じて胸に抱く。

 先ほどまでとはまるで異なる厳かな雰囲気に、つぐみが思わず息を呑み……それは起こった。



 ──彼の髪が伸びていく。

 肩までで切り揃えられていた黒髪が、ゆったりとその長さを増していく。

 肩幅もわずかに丸みを帯びて、肢体から受ける印象が、さらに女性へと傾いて。


 気付いた時には、彼は彼女へと変わっていた。

 中性的ながらも男を醸し、“陽”の塊とも言えたかつてとは異なり……女らしい柔和な空気と、半魔であるつぐみにも劣らぬ濃密な“陰”を孕むその肢体は、なによりも濃密な女をまとう。


 何やら膨らみを感じる胸元から手を戻し、堂々と姿をさらした男神……否、女神は、唖然とするつぐみに向けて悪戯っぽく微笑んだ。



「自己紹介がまだだったね!

 わたしは虚海異神うろみことのかみ

 陽神おとこ陰神おんなを我が身に備える、両性自在の双神ならびかみ

 気軽に、海異みことって呼んでいいよ!」



「……は、はは」


 めちゃくちゃだ。

 己の不安が、まるで矮小なものに思えるようなめちゃくちゃさ。


「ねぇねぇ、楽になったでしょ!? 教えて教えて、どうなってるのその腕!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ女神に乾いた笑いを向けるつぐみは、ふぅと息を吐いて──


「僕は、蘆満つぐみ。気軽につぐみって呼んでくれ」


 軽い自己紹介を終えて、前を向く。

 どうやらこの仕事は、楽なものじゃなさそうだと。


 だが、それでも。

 何故かぽかぽかする胸に、悪い心地はしないのも、事実だった。



























「あぁ。──愛しいつぐみは、上手く取り入ったようですね。手を回した甲斐がありましたわ」


 遠い場所で、女がつぶやく。


「千年。千年、待ち侘びましたわ。

 ようやく、楽しませてくれますのね──道満様」

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