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プロローグ
市街地から一時間。公爵家の紋章を掲げた馬車は、涼やかな白樺の林を駆け抜けていた。田舎然とした周囲の風景にその気高さを際立たせ、目的地へと軽やかに進んでいく。馬車に揺られるは、彼の有名なイヴスナー家嫡男、エルクハルド公。彼の端麗な顔立ちはいつも通り眉一つ乱れることはなく、それでもどこか、えもいわれぬ憂鬱をたたえていた。
御者は指定された目的地を遠目に認め、馬の速度を下げる。御者のいなす声を聞きながら、エルクハルド公は静かに目を閉じた。
これから、彼が選ぶ選択肢。そして、彼がその選択肢を選ばざるを得なくなった経緯が、まぶたの裏を幾度もよぎる。もう、他に手段はない。そもそも、自分にそれ以外の手段を選ぶ資格はない。
御者が手綱を強く引いた。馬は鼻を鳴らして、馬蹄で土をしかと踏む。
さいは、とっくの昔に投げられた。
黒い双眸をぱちりと午後の柔らかな光に透かして、彼は馬車の階段に足をかけた。