第2話(その3)
(人は重役コースに乗るとこうも変わるのか)
懐かしい伊東の顔と声を目前にしながら、松岡は疑わざるを得なかった。
更に驚いたことに、伊東が次の店に行くと言う。
初日の会議が押した関係で、2人が居酒屋へ入ったのは午後8時を過ぎていた。かつての伊東であれば、部下の話を端折って二次会へ行こうなどということ自体、なかったことだった。
店を出た伊東は明らかに目的地があるらしく、表通りへ出るとタクシーを拾った。
「六本木へ行って。麻布警察の対面あたり」
タクシーに乗り込むと、伊東は場所を指定した。
(伊東さんが六本木へ?)
松岡の心に深い疑念が沸いた。
(明らかに前の伊東さんとは違う)
と思うと、改めてその横顔を見た。
「伊東さんが六本木なんて、すごいですね」
松岡は皮肉を込めたつもりだった。
直言居士としては精一杯だった。その言葉は、かつて口煩い部下のそれではなく、上司に対する在り来りのご追従以外の何物でもなかった。
「ああ、良いとこへ連れてってやるよ……」
伊東は松岡の心を知ってか知らずか、無関心な様子だった。
いくら飲んでも変わらぬところは以前のまま。
だが眩しい窓の外へ向けた表情には、何か別のものが宿っていた。
「そう言えば、東門のスナック、なんと言ったかな?」
「あれ、忘れたんですが、ご自分で名前を付けておいて」
「ああ、そうか、メビウスだったな」
「ええ、あのメビウスが、どうかしました?」
「これを……君にやるわ」
「えっ、なんですかこれ」
「メンバーズカード、みたいなもんかな」
「えっ、これ今年の日付じゃないですか」
「ああ、神戸で会議があった時に寄ってね」
「まだ、あったんですか……、あの店」
突然、話題が変わったことで、松岡は伊東の思いを読もうとしていた。
(つづく)