第2話(その2)
「あれからもう、30年ですね……」
初出勤して初回の会議を終えた夜、松岡は久しぶりに伊東と差し向かいでビールを飲んだ。場所は山手線を浜松町で降り、増上寺近くの居酒屋である。
「そうか……、あれからもう30年か」
「あの頃私はまだ30才を過ぎたばかりで、毎週伊東課長に付いて東京出張でした」
「まあ、あの頃があったから今がある……とも言えるな」
伊東は、白髪交じりの眉毛を眉間に寄せ、グッとビールを飲み干して言った。
「今朝はロビーの真ん中で、お上りさんもいいところでした」
「なんだ、どうした」
「いや神戸で事前に聞いてはいたんですが、私の社員証は特別なんですね」
「ああ、そのことか……」
「いったい特別社員って、なんですか?」
松岡がそう言うと、伊東は視線を避ける様にまたビールを呷った。
どうも伊東の飲み方が早い。
明らかに以前とは異なり、どこか仕草まで違っていた。
「しかし、本当にやるんですか?」
「ああ上は本気だ。今度こそ、な」
「しかし今日のメンバー、あの開発部は何者ですか?」
松岡は相変わらずの直言で、伊東に問い掛けていた。
松岡にしてみれば、会議冒頭それぞれと名刺交換はしたものの、開発室の素性は計りしれなかった。全員黙して語らず、会議中一言の質問も出なかったのである。
「造船屋ではないですね、彼らは……」
その言葉に、伊東はようやく破顔して言った。
「松岡の眼も、まだ曇ってないな――」
「じゃあ、なんなんです、どこの連中ですか?」
「まあ待て、今は同じ釜の飯を食う仲間、でいいじゃないか」
それはやはり松岡の知る伊東ではなかった。
過去40年、途中何年かのブランクはあるが、伊東の右腕と自他共に認める松岡に取って、その返答は意外であり想定外でもあった。
(つづく)