第1話(その3)
松岡はゲートを後退りしてロビーへ戻る。
右手を肩に伸ばして、リュックを降ろす。
だがその時には既に、警備員が前後を固めていた。
「失礼、社員証を拝見します」
若い警備員はそういうと、首にぶらさがったカードケースを手に取った。
「これは特別社員カードです。あちらのゲートへ回って下さい」
そう言うと警備員は、正面の受付カウンター奥に置かれた単独の保安検査ゲートを指差した。そこには別の警備員が二人、両手を後ろ手に直立不動で立っていた。
(なんや、こいつら軍隊か……)
目の前の男は、制服を着こなしているとは言い難い他の警備員とは異なり、明らかに姿勢も風貌も違う。一本筋が通っていた。
「分かりました」
松岡は抵抗する術もなく、人の流れに逆らいロビーを横切り、小ぶりのゲートへ向かった。思い起こせば辞令を受けた日、歳下の課長から本社の社員証を渡され、入門時の注意を受けた。だが彼のその小賢しい物言いに腹が立ち、一切頭には入れていなかった。
戸惑いながらゲートの前に立つと、初めに通ったゲートとは物が違う。人間ドックの時に見たMRIを縦にしたようなゲートは、幅広の枠の中が鈍く光っていた。
「どうぞ、そのまま入って、大きく深呼吸をしながら、前へ進んで下さい」
松岡は臍の下三寸に力を入れ、前に進んだ。
(体重・血圧・脈拍、そして息の分析からアルコール類まで検証しますから、気を付けて下さい。特に松岡さんの場合は……)
金属音の中を歩きながら、松岡は若い課長の言葉を反芻していた。
今更後悔しても始まらないと思いつつ、
(若い奴の言うことを聞いておかねば、恥をかくばかりか)
松岡は苦虫を噛み潰した様な表情で、渋々ゲートを潜っていくのであった。
(つづく)