第1話(その2)
松岡は自分がまだ現役バリバリの頃、なんどか本社へ出張で来たことがある。当時は空に聳えるような本社ビルではなかった。
だが、誰もが認める世界有数の重工業として会社全体に覇気があった。朝のラッシュ時など、本社へ向かう連中の背には不思議なオーラ―が漂っていたのを覚えている。それが、最早どこにも見当たらないのである。
(これが今の日本を代表する……いや、もういらぬことは考えまい)
松岡は心に浮かんだ思いを振り払った。
いまさら若手の組織に割り込んで行っても、相手にされないことは百も承知している。それが世紀を超えて生き残る組織の宿命である。
確かに会社は未来へ向けて、組織を上げて確実に歩みを刻んでいると信じで窺わなかった信念は、どこかトーンダウンしている。
それは年齢からくるものかも知れない。一つの目標へ向けて突き進んだ組織の、あの阿吽の呼吸を懐かしんでいるだけかも知れない。松岡は迷路に入り込んだような思いが、きっと錯覚であってくれと祈るばかりだった。
首にぶら下げた社員証を右手で持ち直し、松岡は保安ゲートに並ぶ人の流れに乗った。
初出社といえども、松岡は既に勤続30数年のベテラン。本社へ来るのも久しく、それに建て替わった本社は初めてだった。背にしたリュック以外手荷物はない。なにも考えずにゲートを潜っていった。
と、その瞬間だった。
突然「キーン・キーン」という、耳障りな金属音がロビーに轟く。
恐らく百数十人はいるであろう、周囲の注目の的となった。
松岡は自分の顔が強張るを自覚しながら、暫時後ずさりした。
(なんてこった。何が引っかかったのか)
松岡は剣道八段。祖父の代からの剣道一家であり、物心付いた頃から道場へ通い、今では神戸でも名うての剣士である。ただ機械には弱く、通常の動作はいわゆる鈍に近い。いわゆる根っからのアナログ人間だった。
(つづく)