第1話「久しぶりの東京」(その1)
(まさかこの歳になって、東京勤めとは)
10月1日、この日は冷え込む朝だった。
松岡は、東中野から中央総武線で新宿へ出て、そこから山手線に乗り品川で下車。そして駅から歩いて5分の、新日本重工㈱本社へ向かった。
この日松岡は通勤初日の朝だった。別に彼は新入社員でも中途採用の人間でもない。すでに還暦を過ぎ、定年まであと5年というロートル造船設計技師である。
(しかしまあ、この歳になって本社勤めとは……。本当にあの計画が、今一度日の目を見るのだろうか・・・…)
新日本重工㈱神戸造船所の設計で主席を努めていた松岡は、9月の人事異動で本社勤務となった。定年間近の身で転勤するなど、考えたこともなかった。それが……である。
松岡は主席という役職でもあり、それは一応管理職だが、課長部長と上がるラインからは外れている。船舶工学科を出ていると言っても私立大学卒。新日本重工の中で出世コースに乗ることの出来る、旧帝大出身ではない。
戦後80年を経てもなお、新日本重工の設計で出世するのは旧帝大出に限る、という不文律があった。技術系以外の組織ではすでに過去の遺物となっているものの、こと造船系に於いては、いまだ健在している出世のための必須条件だった。
朝9時の始業開始までまだ1時間以上もある。だが駅から新日本本社へ向かって歩く人の流れが途切れることはない。駅前に地上390メートルの新日本ビルが聳えている。そこへ向かって、鳥瞰図的には蟻塚へ向かう働き蟻の如く、次々と人の群れが吸い込まれていくのである。
(なんかえらく、歩いている連中のオーラ―が薄くなったなあ……)
松岡は真新しい本社ビルと、そこへ向かって群れる人への違和感を覚えつつ、自問自答しながら歩いていた。
(つづく)