肉の両面焼き
散歩してたら思い付きました。
「じっくり♪ コトコト♪ 弱火で焼いて、焦がさないのがウチのウリ♪」
店内に男の歌声が響く。薄暗い裸電球に照らされた焼肉店。鉄板が肉を焼く音と男の歌声、そして、数人の客の会話。
大通りに面したその店は、夕暮れ時の人の往来に比べると、幾分か寂しげな様子をうかがわせるが、ガラスのない窓から漂う肉の香りが、小腹の空いた人々を寄せ付ける魅力を放っていた。
そんな香りに惹かれた人が、店の戸を開いた。
「大将、やってるかい?」
「おう、一名様ごあんない~!」
フードを深くかぶった怪しい出で立ちだが、眉一つ動かすことなくテーブルへと連れていく店主。
「メニューは何かな?」
「ウチは焼肉一本でやってます! 何分学がないもので、複雑なメニューなんざこれっぽっちも覚えられやしない。だけど、その分焼いてきた肉の数は多いよ!」
「それしかやってないからね。味に自信があるのかと思ったら数に自信があるんだね」
フードの人の突っ込みには答えず、店主はまた肉を焼きに戻っていった。
「じっくり♪ コトコト♪ 弱火で焼いて、焦がさないのがウチのウリ♪」
そしてまた歌いだす。フードの人は、特にやることもないので店主の様子を観察していた。
肉は片面だけがずっと鉄板の上に置かれており、それが上までしっかりと火が通るまで待っているのだ。
「これはひどい。ひっくり返すという概念を赤ちゃんの時に忘れてきたのかな?」
肉が届けられたのは店に入ってから一時間が過ぎた頃だった。
すっかり火が通った肉を味わっていると、また一人客が入ってくる。
「いらっしゃい!」
「いい匂いに釣られて来てしまったよ」
「へっ! ありがとう!」
武器を持った荒くれものといった感じの男が来る。店主に案内され、席で待つこと数十分。
「……」
店主は新しい肉を焼き始めていたから、恐らく一時間では済まないかもしれない。
そうしてフードの人がじっと店の様子を伺っていると。
「おせえ!」
ついに男がキレてしまった!
「どうかしましたか?」
「出来上がりがおせえ! 俺は早く肉が食いたいんだよ! 強火で焼けや!」
「で、でも……ウチはじっくり焼くのがウリなんですよ」
店主の言い訳を聞いてますます怒りをつのらせる男。
「客の回転も遅ぇんだよおおお!!!!!!!」
「まったくだ」
ぶちぎれの男の肩にそっと手を置くフードの人。
「誰だお前は!」
「おっと、あまり俺に関わらないほうがいい。俺は関わる者皆不幸にする……。それよりも、店で騒ぐのは感心しないな。ほかの客の迷惑を考えたまえ」
「うるせえ! 店の対応の悪さにクレームをつけるのは当たり前だろうが! 弱火でじっくり? 早く出せや! 夕食前で腹減ってる客相手に肉の香り嗅がせるだけの拷問だぞ!」
「で、でも……こうしないと肉が生焼けになったり、焦げちゃうんです!」
店主の言葉に、男はさらに顔を赤くして喋る。
「この肉の焼き方なんだけど、これは何処でもこのやり方? それともこの店だけ?」
「自己流です!」と店主。
「途中でひっくり返さないの?」と男。
「これがちょうどいいんですよ」
「なら…………! 鉄板で挟んで焼けば時間は半分で済むだろうがあああああ!!!!!!」
大人しくなったと思ったらやっぱりキレるタイミングを見計らっていた男。
予備の鉄板を奪い取り、そのまま肉に押し付けた!
「馬鹿めっ! その鉄板は温めていない! いくらはがねがほのおに弱くとも、火にかけられなければ効果はないんだぜ!」
フードの人が勝ち誇ったように言う!
「いや……待て! これはっ! 上の鉄板が熱くなっている!?」
店にいた客も混ざってきた!
「な、なにぃー!!!!!?????」
うろたえるフードの人。
「はっ! 知らないのか? 熱は上に昇る。だから上に置いた鉄板は徐々に熱で温められるんだよ! そして、上を鉄板により蓋をすることで、熱の逃げ場を無くし、効率よく早く、そしてより強い熱で焼けるようになるんだ!」
「そ、そんな……!」
がくりと膝をつくフードの人。
「これで店の肉の提供が早くなるな! さて、それじゃあ食い終わった奴は立ち去りな」
こうして、一人の男の手により、焼肉屋は肉の両面焼きを覚えた。
なお、ゆっくり焼くことで肉が固くならないのがウリだった焼肉屋の売り上げは減ることになった。