通り魔
「先生知ってる?例の通り魔、また出たんだって」
保健室のベッドから顔を覗かせた女子生徒が、スマートフォンを片手に、興奮気味に捲し立てる。
スマートフォンの画面を向けられた養護教諭の三好梨香は、苦い顔で眉根を寄せた。
しかしそれは、ここ数ヶ月の間、近隣で多発している通り魔事件の新たな犠牲者が出たことに対するものではなかった。
梨香の勤務する星蘭女学院では、生徒の自主性を重んじるという名目で、携帯電話の持ち込みや管理に関しては、彼女ら自身に任せることとしている。
とはいえ、他の生徒が授業に取り組む中、目の前で堂々と携帯を使用されてしまっては、教員として一言物申さなくてはならない。
「西野さん。次の休み時間まで、スマホはしまっといて。ーー通り魔事件のことなら、今朝のニュースで見たよ。確か、今回の被害者は亡くなってしまったみたいね。」
女子生徒ー西野日和はしぶしぶといった様子で制服のポケットに携帯をしまったが、梨香のその後の発言に食いついた。
「そうそう!今までは、女の人の顔を傷つけるだけで殺すまではしなかったのに…。今朝うちのクラスの子達、自分たちも危ないんじゃないかって大騒ぎしてた!」
頭が痛いから休みたい、と弱々しくやってきた小一時間前とは別人のような声のボリュームに、それだけ元気なら教室に戻りなさい、という言葉を飲み込んで、梨香は返答した。
「職員会議でも最悪の事態を想定して大騒ぎだった。でも君たちは…、多分大丈夫だと思う。」
「え?なんで?」
「今までの被害者は、みんな20代から30代の女性ばかりでしょ。1番若い人で確か私と同じくらいの年だったはずだし。女子高生はターゲットに入らないんじゃない?」
「そういえば確かに…。むしろ三好先生のほうが危なさそうだね。」
「....。」
「あっ、ごめんなさい!冗談だから!私そろそろ教室戻るね!夏希先生にプリントの配布頼まれてたから!」
そう言って日和は逃げるように保健室を後にした。