3 : 起床、私の日常
書き溜めはこれで終わりです。
薄暗い部屋、石畳の上で目元の眩しさを感じ目を覚ました。顔を覆いながら起き上がり、辺りを確認する。天井近くの鉄格子から差した月明かりが、目元を照らしていたらしい。
一仕事終えて、戻ってきてからそのまま寝てしまったようだ。身体が未だ少し血生臭い。この牢屋にも自由に使える水はある。適当に桶で水をすくい、頭からかぶる。
今は冬では無いが、それでも真夜中に冷水で水浴びというのは堪える。まあ、どうしようもないのだが。
身体が乾くのを待つ間、ボーッと先ほどの事を考える。
ひどく懐かしい夢を見たなと思う。まだ、私が僕であった頃の夢だ。皆は、無事なのだろうか。私みたいに、この世界に来てしまっているのだろうか。そうだったら嫌だな。
だって、今の私を見られてしまうかもしれないから。
「ミカエラ。」
牢の外から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……」
「主様がお呼びだ。」
今は真夜中のはず。こんな時間に呼び出すなんて、用は一つしかないだろう。
……《《そういうこと》》も私の仕事に含まれるのだ。別になんとも思わない。嫌だと言う感情は、とうの昔に何処かへ行ってしまった。どうせ私は寝てるだけで済むのだし。
今着ている仕事兼生活着を脱ぎ捨て、男から渡された別の服に着替える。果たして服の役割を果たすのかわからない、布面積が極端に少ない扇情的な服。私が着慣れた服が、今や仕事着とこの服だけと言うのがなんとも馬鹿らしいと思う。
準備を終えた私は男に牢から出され、彼に連れられ屋敷内を歩く。勿論、逃げられないように手枷をされている。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁には絵画やウォールキャンドルが取り付けられている。また、一定間隔で置かれている調度品には金のレリーフがあしらわれていたりと、「豪邸」と言われて浮かぶイメージそのままの装飾がなされている。この世界の住人の美的感覚は前の世界の人間とあまり変わらないのだろう。
前を歩く男が歩みを止めたので、それに従い私も立ち止まる。目の前には、周りの部屋とは大きさも装飾も明らかに違う扉。どうやら目的地に着いたようだった。
「失礼いたします。女を連れてまいりました。」
男はそう言うと遠慮がちに扉を開けて中へ入って行く。私もそれに続く。
「ああ、ご苦労。」
部屋の真ん中に設置された豪華な椅子に、数人の女を侍らせて偉そうに座っている、小太りの汚らしい男がいた。コイツが私の主様だ。
「こいつらにはもう飽きたんでな。ミカエラ、早くこっちに来い。」
「……」
隣の男に手枷が外されたので、私は言われた通りに主様の元へ行き跪く。嫌がる素振りは全く見せずに、口を開ける。
「あぁ、やはり夜の相手はこいつに限る。声を出さんのは癪だが、身体の方は一級品。まったく、《《喉を焼いた》》のは失敗だったな。」
主様は下卑た笑みを浮かべそう言った。
今すぐ噛みちぎってやりたいと思ったが、やはり私は主様には逆らえない。思うだけで行動に移す勇気なんてないのだ。
「殺しと夜伽しか能のない女だが、それだけでも役に立つものだな。」
逃げようと思えば、出来なくはないと思う。でもそれをしようとすると、足がすくんでしまう。それほどまでに、恐怖を刻み込まれた。
「もう口はいい。さっさとそこに横になれ。」
主様に言われた通りに仰向けに寝転がり、股を開いていく。
まったく、本当に。
——惨めだ。
————————————————
それからだいたい1時間後に、事は終わった。
色々な液体に塗れた身体のまま、屋敷内を歩いて牢へと戻っていく。勿論、私を呼びに来た男の後に付いて。
身体中がベトベトして気持ちが悪いし、臭いも酷い。牢に着いた私はすぐさま服を脱ぎ頭から水を被る。脱いだ服を手拭い代わりにして身体を隅々まで、入念に擦る。どうせこの服は屋敷側が仕立ててくれる。汚れようが破れようが私が困る事はない。
ある程度したら、再び水を被る。コレを2〜3回ほど繰り返す。臭いはある程度取れたと思う。私の鼻がバカになった訳ではないと思いたい。
「終わったか。」
「……」
私は牢の前で待っていた男にスッと腕を差し出す。臭いを確かめてくれと言う意味だ。男は心底嫌そうな顔をしながらも、腕に顔を近づける。
屋敷内で、この男だけは私に優しい。……相対的に見てだが。
「うぅん、あぁ、大丈夫だと思うぞ。」
男は心底気持ちが悪そうな顔でそう言った。そんな顔で言われても説得力は無いと言いたい所だが、それは出来ない。
「はぁ、ったく……。そろそろ良いか?」
彼の問いかけに対して、うなづく形で肯定を示す。
「依頼が来た。しかもかなり大きい案件だ。」
服を着ようとしている私に、依頼内容が端的に書かれた紙を数枚投げつけられる。
「今回の依頼は、ウチの国の、第二皇女の暗殺。いいか、第二皇女だ。お前の得意分野の殺しと言っても、今までのターゲットとは訳が違う。」
男の話を軽く聞き流しながら、紙の裏面を見る。そこには王城内部とその周辺の地図が描かれていた。
「皇女には専属の護衛が2人、常に付いて居るらしい。直属の護衛、相当な手練れだろう。この2人は依頼には加味しないそうだ。こいつらを殺すか殺さないかはお前に任せる。」
コクリと頷いた。
「ちょうど明日は式典で王が離れる。第二皇女は城に残るそうだが、城の警備は殆ど式典の方に回す筈だ。そこを狙う。」
いいか、と男は続ける。
「失敗は許されない。また焼かれたくなかったら意地でも成功させろ。わかったな。」
男は一通り言い終えるととそそくさと牢から離れていった。余程、ここから離れたかったのだろう。
かくいう私は、焼かれるという言葉に身体が反応してしまう。手が勝手に震え出し、喉が痛み始める。言葉一つでこれだ。
しかし、ここで震えたままではいけない。仕事をこなせばまた明日を生きられる。今は、やるべき事に集中しよう。
恐怖を誤魔化すため、わたしは自分にそう言い聞かせながら準備を始めた。
プロットなんてものはないので、完全不定期になります。よろしくお願いします。