2 : 回想、僕の日常
続けて投稿です。
カリカリカリと、ノートに数式を書き連ねる音が静寂の中に響いている。
ここまで積分して、面積を求める。ここは0だから無くなる。頭の中で道筋をつけて、正解を導き出そうとする。
数学とは崇高な学問だ、雑念など捨ててただ正解を求めて知略をめぐらすだけで良い。
のだが……
「暑い!!!」
季節は夏。最近は異常気象やら何やらで例年より気温が高い。
今までは某有名ケーキ店の保冷剤を首に当てたりして何とか集中力を保っていたが、流石にこれは限界がある。せっかく数学者っぽくカッコつけていたのに、暑さのせいで台無しだ。
「結海……、少しは静かに勉強しようと思わないの?」
柚月 結海、それが僕の名前。
容姿端麗頭脳明晰!……と言うわけでもないどこにでもいるような男子高校生だ。初対面の人と会うと大体女の子と間違われるのがコンプレックス。
因みに名前も相まって女男とバカにされた事があるが、そいつは川に流した。
そして、机の向かいから僕に注意をしてきた彼女は、楯無 苺華。
彼女とは小さい頃から仲が良く、3人の幼馴染の内の1人だ。小さい頃から一緒にいるのに、彼女はとても整った顔立ちをしていらっしゃる。可愛いと言うより美人、綺麗なロングの黒髪が特徴的。
うーん、眩しすぎて涙が出てくる。
因みに、僕は一度彼女をからかった事があるが、川に流された。
「だって、暑いものは暑いんだし仕方ないだろ!それに、さっきまで黙って問題解いてたじゃんか!」
「解いてたって言ったって、その一問だけじゃない……その前も同じような事言ってたし……」
彼女はやれやれといった表情で僕に言ってくる。たかが一問されど一問、お前とは一問の価値が違うんだ!と文句を言おうとしたが「それに、」と遮られてしまった。
「ここの問題、間違ってるわよ……ほらここ、0乗は1になるでしょう。」
彼女はわざわざ間違った問題に指を指して言ってきた。
むぅー、こうやって間違いを指摘されるのは少し気に食わない。
「全く、これだから頭脳明晰さんは、良いだろう一問くらい間違ったって。」
僕はやれやれと言ってささやかな反抗をする。だいたいなんで0乗は1になるんだ、おかしいだろう。
「頭脳明晰って……」
彼女が一層呆れたその隙に、さり気なく間違いを直しておくのは欠かさない。
「ちょっと結海、間違った問題は消すんじゃなくて青ペンとかで直しなさい。また同じミスするわよ。」
バレていたらしい。
「うがぁぁ!だから良いだろう一問くらい!僕は過去を振り返らない男なの!」
「勉強においてはそのスタンスはマズイと思うのだけれど……」
ググググ、自分が頭良いからってこやつは!どうしてくれようか!
彼女にどう言った仕打ちをしようか考えていると、ガラガラと僕の部屋の引き戸が開いた。
「待たせたなー、アイスってバニラしか無かったけど大丈夫だよな?」
そう言ってビニール一杯のアイスを持って部屋に入ってきたのは、もう1人の幼馴染の矢洲 牙龍だ。
頭脳は微妙な所だが、彼はかなりのイケメン。運動バカで汗だくが似合うタイプ。牙龍くんも牙龍くんで眩しい人だ。因みに、珍しい名前について触れると問答無用で川に流される。僕が身を持って体験した。
「おー、牙龍くんおかえり!」
「おかえりなさい。買い出し頼んじゃって悪いわね。」
買い出しに行く人はみんなでじゃんけんをして決めたのだが、苺華ちゃんは少し申し訳無さを感じてるらしい。
「いや、いい運動になったし大丈夫だぞ。」
アイスが溶けないよう走ってきたのだろう。その証拠に牙龍くんの額には汗が滲んでいる。このクソ暑い中走ってきたのに「いい運動になった」レベル……、さすが運動バカ。伊達じゃない。
「良くやった牙龍くん!疲れただろう!さあさあ座って座って!」
座布団を一枚新たに敷き、ポンポンと早く座るよう催促する。
「何だ結海、今日はやけに親切じゃねえか」
「早くアイスを食べたいだけだと思うわよ……」
「苺華ちゃん?人聞きの悪い事言わないでくれるかな?」
そう言いながらビニールからアイスを取り出す。早く食べたいのは事実だが、ちゃんと労いも兼ねたつもりだ。
「本当に食いたいだけじゃねえか!」
「何で牙龍くんも苺華ちゃんみたいな事言うの!僕はただ欲望に忠実なだけなの!」
「はぁ、ったく、別にいいんだけどよ。」
「あれ?そういえは牙龍くん、涼太郎くんは?」
涼太郎くん、長谷山 涼太郎は最後の幼馴染。4人の幼馴染グループの中ではリーダー的存在だ。
「あー……涼太郎は……いつものだ……」
牙龍くんはバツの悪そうな顔で、頭を掻きながら言う。
「あー……」
「あらあら……」
僕と苺華ちゃんの声が重なる。苺華ちゃんの表情が凄い微妙そうだ。多分僕も苺華ちゃんみたいな表情をしているだろう。
いつもの、というのは「女の子からの告白」だ。涼太郎くんはイケメンな牙龍くんや美人な苺華ちゃんを差し置いて、とにかくモテる。ただ道を歩いているだけで何人かに目を付けられるくらいだ。告白なぞ日常茶飯事、眩しすぎて目が開けられない。でも、その全てを断っているらしい。誰か好きな人が居るのか?理由は謎である。
因みに、彼は川に流す側じゃなくて流されてる人を助ける側。やっぱりイケメン。
「店に向かってる途中にな、クラスの女子達に会っちまってよ」
「う゛ー、羨ましい羨ましい!!みんなばっかりずるい!!」
どうして僕の周りにはこんな人しかいないのだろうか。
唯一フツメンの僕の肩身が、狭い。
「むぅ〜」
「まあまあ結海、お前も一部にはモテてんだぜ?」
僕がモテると?まさか。そんな訳はない。牙龍くんもフォローするにしてももう少しいい言葉あったろうに。
ふくれっ面のままアイスを食べようと勢いよくフタを開けた。
「あ!アイス溶けてるじゃん!」
牙龍くんが溶けないよう走ってきたとはいえ、やはり炎天下の中では流石のアイスも持たなかったようだ。液状化したアイスが辺りに飛び散ってしまった。
「ちょっと結海!ノート汚れてるわよ!こっちにまで飛んできたし!」
「ああああ!!!僕の積分があああああ!!!」
その時また、引き戸が開いた。
「皆!遅れてごめん!」
噂をすればなんとやら。涼太郎くんが息を切らしながら部屋に入ってきた。
「ああ、大丈夫だ、気にすんなよ」
「うぅ……積分……」
「ど、どういう状況なんだ?」
苺華ちゃんが飛び退いたポーズをし、僕はアイスを持ったまましょんぼりしている。流石にこの状況は困惑するだろう。涼太郎くんは少し引いてしまっている。
「気にしないでいいわよ。ただ結海がアイスをこぼしただけだから。」
苺華ちゃんはティッシュで自分に付いたアイスを拭きながら言った。
「そ、そうか……」
「ごめんね苺華ちゃん……」
「大丈夫よ。そんなに気にしないで。」
「そっ、そういえば涼太郎!告白はどうなったんだ?」
気まずい空気を変える為だろう。牙龍くんが涼太郎くんにそんなことを聞いた。彼は何だかんだでこう言うところで気が利くのだ。ありがとう牙龍くん。
「ああ、それなら有り難いとは思ったけど、断ったよ。」
「またかよ。何でそんな断るんだ?別に嫌な訳でもないんだろ?」
せっせと汚れを拭き取りながら2人の会話に耳を傾ける。確かにそれは僕も気になる事だ。
「確かにそうだけど……」
涼太郎くんはそう言いながら僕と苺華ちゃんを交互に見てくる。
「んー?」
「はぁ。そんな事は後でいいから、結海はさっさとノートを綺麗にしてアイスを冷凍庫に入れてきなさい……」
「はっ!忘れてた!」
僕がそう言うとみんな顔を合わせて笑い出した。
馬鹿にされてるみたいで癪だったけど、僕もおかしくなって笑ってしまった。
僕は、こんな日々がずっと続くと思ってた。
主人公は男の娘で、クラスメイトから一定の人気があります。(基本異世界なんであまり意味のない設定ですが。)