096 師匠から、そのままの教えを受け取るために
武術の練習中。
師匠が他の生徒を教えている。
昔の武術の習わしでは、こう言うとき、
生徒は、
『聞いていないふりをしつつ、耳をダンボの様にして盗み聞き』
をする。
とても大事なことを師匠は言っているかもしれず、
(その時の自分に必要な事に引っかかっている可能性がある)
かといって、じっと聞いていると、
昔日の師匠(特に武術の老師)は指導をやめてしまうからである。
師匠 「俺の先生は女に甘いからね~、女の生徒に頼んで先生の指導を
受けさせるように持っていって、それを良く盗み聞きしたよ」
役に立ちました?
師匠 「そりゃもう、そんなやり方俺らは聞いてないっ!て内容を何度も聞かせてもらったよ」
幸いにして、現在の我々の師匠は『堂々と見学』することを許可している。
生徒の方も是幸いと、耳をダンボにして聞くだけでなく、
『目を皿のようにして』覗かせていただいている。
で、生徒と師匠のやりとり。
師匠 「これこれを、こうしろ。」
生徒 「これこれって言うのは、△△を××って事ですか?」
師匠 「自分の脳内で変換するな!、俺の言った事をそのまんま受け入れろ!」
嗚呼、それも今までに何度も言われたなあ。
師匠曰く、
「生徒自身で言い換えをしない(脳内変換しない)」
「言った言葉をそのまま受け取る」
「言い換えるのが出来るのは師匠だけ」
以前の日記に書いたけれども、
(自分的に)どえらいことに気が付いて、
実はそれが、入門して一年もたたない内に師匠から聞いていた事そのまんまという、
『あの時、言ったとおりにやっていれば‥‥‥‥』
というorz状態を何度も経験して、
「師匠の言葉はそのまんま、それ以上は『蛇足』、それ以下は『不足』である」
と言うことが骨身に染みている身としては、
今更ながら、怒られている気がして、
師匠に申し訳がない気分になる。
武術を、
師匠に、
習いに来ている、
ということは、
『言い換えをする』事は、
師匠に、
とっても失礼。
というか、東洋では『ブッダに教えを説く』っていう(紅の豚より)行為。
ちなみに私も時々
「こういう事ですか?」
と聞くけれど、
実はこれ、過去の師匠の指導語録のメモリーから、
同じかと思われる内容を検索して、
摺り合わせをしているのだったりする。
要するに、
「あの時の師匠の言葉の言い換えですか?」
と聞いている。
(10年後の作者注※実はそれすらもやってはいけない行為である。)
言い換えと同じぐらい、やってはいけないのは、
『生徒が、他の生徒に教える』と言うこと。
むかーし、むかしの、ことじゃった。(マンガ日本昔話風)
とある生徒が、師匠から型を習ったとさ、
でも、少ししか教えてもらえなかったとな。
続きを知りたいその生徒は、
なんと、
続きを習った他の生徒から習ってしまったのじゃ。
さあ、大変、
その生徒は、
十年たった今でも、
その部分だけが、下手なまま
先生がどれだけ修正しても、上手になることが出来なかったとさ。
どっとはらい。
‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥それ私 orz
一応、私、十年たってるんですが、(※今は20年)
上級の人に、型を見せると、
「そこ、他の生徒に習ったでしょ」
と言われる。
でもって、
「まあ、しょうがないね、若気の至りだし♪」
と、生温かい、可哀想なものを見る目つきをされる。
いと悲し。
唯一許されているのは、
「忘れた順番を聞く」
ぐらいのものである。
横で一緒に套路をやるのを横目で見ながらやるのは可。
あと、師匠が教えるのを許可した場合のみ、
他の生徒に教えることが出来る。
この会に関しては、黒帯を師匠から許された人間だけ。
実は、この前、
K先輩が指導を任されている、N支部の生徒を、
師匠 「asada、お前が唯一練習時間が空いているから、お前が型の指導をしておけ」
と言われた。
顔面蒼白。
いや、一応、私、黒帯ですけどね、
下手を教えたらあなた、十年たっても生徒が下手なまんまなんですよ!
私のせいで!!。
で、その責任、私じゃ無くって、
師匠が取るんですよ!?
一気に胃に来た。
精神安定剤、精神安定剤‥‥‥‥
飲みながら魔法の呪文を唱える。
「ジャック・ハンマー、ドーピング。ジャック・ハンマー、ドーピング」
指導をやりだしてほっとした。
K先輩が、既に型の指導を終えている。
私は微修正程度。
いや、その必要もないかもしれない。
忘れた順番を教え直すのは、生徒同士でやっても良いから。
生徒 「あ、最後の部分、ざっと流しただけなんで、詳しくお願いします」
ぎゃああああああああああああああああああっ!
責任重大いいいいいいいいいいいいっ!
その後、師匠がのぞきに来て、
師匠 「うん、ちゃんと覚えたね」
と言って去っていった。
よかったー!、順番合ってたー!合ってたー!合ってたー!(心の中のエコー)
で、
何が言いたいかというと、
師匠の言葉、説明って『型』なのである。
型そのものであり、武術そのものなのである。
しかも、以前書いた、
『中身』が伴った型なのである。
その言葉を言い換えるって事は、
師匠 「こうするのが頂心肘だ」
生徒 「つまり、ドロップキックですか?」
師匠 「型を変えるんじゃないっ!!」
というやりとりをしているのに等しい。
それだけ重大な問題なわけである。
唯一、それに成功(?)したのが、
K先輩の『作為的で不自然と、無作為で自然』の話。
実力が師匠に次ぐナンバー2で、
N支部とT支部の指導を任され(要するに日曜日の休みがない)
各イベントの立案と手配を率先して行う。
芸事に殆どの時間(というか人生)を費やすようになって、
そのレベルでついこのあいだ、初めて、
たった一言だけ成功した『言い換え』である。
どれだけそれが大変な事かお解りだろうか?
で、これだけ、くどくど冗長な文を書いているわけであるが、
この文章自体が、
このエッセイ自体が、
ものすごい『蛇足』なわけである!!
(だから、書く度に最後の方で憂鬱になるのだ)
だって、
師匠の、
『俺の言ったとおりにやれ』
の十一文字数で終わる話なのだから。
いや、書いている最中は勢い込んでいるわけなのであるが、
終わりの方で結論出そうとすると、
どうやっても
『師匠の短い一言』
に凝縮されるのに気が付いてしまうわけで、
(ちなみに、この20行前あたりから、書くスピードがどーんと落ち込んでいる)
それもこれも、自分を含めたみんなが、
『師匠の言うとおり』にやっていれば必要のない話であり、
やれない、出来ないから自戒の意味を含めて書いているわけで、
考えてみれば、殆どの『扉を開けた先輩』がその道を通っているわけで。
(そうすると、後ろに並んでいる生徒も、まず間違いなく通るだろうことは間違いなくて)
まあ、前途多難ではあるが、がんばりましょうという事になってしまう。
毎度の如く、テンションが落ちたまま、この話、終了。




