043 師匠とプロトコルを合わせる。
師匠とプロトコルを合わせる。
頭が痛くなりそうであるが、
重要なので書く。
学び方に関してである。
ここ2〜3カ月は、
師匠の『言った通りに動く』事がある程度出来ている。
(一応、生徒ができる程度の簡単な動作を指導しているから出来なければ困るそうな)
時々、生徒の中に、
出来る様になる人間が現れ、
暫くするとまた出来なくなってしまう。
(その中でも少ない数ではあるが出来るまま続くパターンもある)
自分も以前その状態が現れて、
また出来なくなって、
今回、また出来る状態になった。
ーーーまた出来なくなる可能性もかなり高い。
だから今のこの状態を出来る限り書き残して置きたい。
Uさんは、
一時出来る様になった。
その時は、余りにも自分が『出来ない』為に、
自分でどうこうする事を諦めた、
師匠の言う事だけをやろうと考えた。
との事。
その時点で、出来る様になり、
暫くそれが続いた。
その後、また元の状態に戻って、
何故あの時出来たのか分からなくなってしまったとの事。
Mさんは、
出来る様なって、まだその状態が続き定着しているとの事(師匠談)
彼は物体の持つ『質量』に気が付いたと事がキッカケ。
葉っぱを手の平に乗せて、
「重さは感じないけれども、確かにそこに質量がある」
と気が付いたとの事。
M「武術には、まだ開けられていない先人からのギフトが沢山あって、それを開けて行くのが重要」
と言っている。
Mさんはずっと出来るままである。
私は以前出来る様になったのは、
少し前に書いた『3D視界と間合い』の(41部分参照)訓練をやっていて出来る状態になった。
師匠「脳が情報を沢山受け取れる様になったからだ。」
との事。
しかし、私はまた出来なくなった。
理由は、自分でオリジナルを作ろうとしなかったせいだとの事。
この世界は、全てのことが、
他人の作った言葉のレールの上を走る事で成り立っている。
辺りを見回して見ると、目に入るモノ全てに名前と役割がある。
そしてそれは、他人が作り出し、
他人が役割を決めたものであり、
自分が作ったモノは何ひとつ無い。
借り物の世界の中で、
借り物のレールの上を走る。
その事自体は当たり前なことであるが、
問題は自身がそれを理解した上で、
周りを見る時に、
他人が決めた役割以外のモノを見つけて自分で構築していかないと駄目だと言う。
武術は、その為の方法論で、
武術の型(套路)は自身にオリジナルを作っていく為のものだと言う。
先人が研究した、
『借り物から脱却してオリジナルに到る道』
との事。
武術を学ぶ上で注意する事、
師匠からは散々注意を受ける事、
師匠「俺とプロトコルを合わせてくれないと、意味が伝わらない」
師匠が教えてくれた事を、
別の言い方で
「こう言う事ですか?」
と聞き直すと、
師匠「言い換えをしては駄目!、俺の言った通りのまま理解しろ!」
と言われる。
武術に関しては、
師匠の脳味噌に走るプログラムをそのまま自分の脳に走らせる事が、
出来る為の一番の近道であるとの事。
その為のプログラム言語が師匠の言葉であり、
プログラム言語が一文字違うだけでもうバグが起こって武術と言う名のソフトウェア(或いはアプリ)は走らなくなる。
長い時間をかけて、
師匠の教えと言うプログラムは、
基本のDOSからWindowsへと更新され、
アプリへと変わる。
バグ取りは師匠がしてくれるので、
習う方は『受け入れる』
基本的に、
技が成功した時は、
何故成功したのか分からない。
自分が動いたのではなく、
師匠のプログラムが動いた為に成功したから、
『武術も他人が作ったモノでは無いのか?』
否、先人が自身の中にオリジナルを作る為に研究開発した方法論であり、
人間を『無為自然』に還す為の方法論であるとの事。
少なくとも現在、我等一般人が乗っている、
借り物のレールとは別のレールであり、
借り物のレールから飛び降りて別のレールを走る方法論で、
レールを乗り換える方法論を知る為の方法論であると考える。




