035 「自然な動き」に関する考察
人為不自然
少し考える事がある。
『自然な動き』を師匠にされると、
こちらは全く抵抗する事が出来ない。
人がなす事、人為不自然。
動物がやる事、無為自然。
人間と動物の違い
人間は人間らしさを手に入れたが、
それは『不自然』を手に入れたということか?
自然な動きについて師匠はこう説明する。
師匠「食事をする時と同じだ。箸を持って飯をつまんで口に持って行くそれが人間にとって一番『自然』な行為だ」
人間が科学を用いて行う事は、
不自然なのか?、
師匠「そうではない。科学は自然の法則を見つける事でもある。自然の法則を用いる事は無為自然になる」
自然を破壊して野山を開墾して畑を作る事は不自然、
しかし、種を植える時期、
収穫をする時期を知る為に星座を見て暦を作り、
それに合わせる事は自然の法則を使うから無為自然。
飛行機を作り空を飛ぶ事は、
自然の法則(航空力学)を上手く使わないと飛行出来ないので、
空を飛ぶ事は自然に沿ったもの、無為自然。
‥‥違いがわからん。
そして、以前も書いたが、
棒を武器としてコントロールする練習。
相手の出した手に棒の先端を置き、そして押す。
相手は動いてくれない。
師匠「でかい箸を使っていると思え、箸の先に、相手の掌に豆が一個置いてあると思ってそれを摘んでみろ」
言われた通りにやる。
師匠「そのまま棒を押せ」
相手は崩れて動いた。
何故にそのイメージをするのか?、
師匠「箸で摘んだ豆は普通、口に持って行って食べるだろ、だから自然な動きになるんだ」
ものを食べる行為が人にとって一番自然な行為。
以前、ブラジリアン柔術のH師範が師匠に試合には出ないんですかと聞いた時、
師匠「対価がメダルとか商品だと『自然』から乖離してしまうから出にくい、勝った相手を捕食して良いというのなら試合に出られるのだけれど」
と言った。
昔、聞いた話。
師匠「T拳の立禅をやっていると、急に目の前の人間を『食べたく』なった」
昔、聞いた話その二
師匠「昔、勘のいい女の子と話してたら急に『私を食べないで下さいね』と言ってきた」
この場合の食べるは性的な意味ではなく、
本当に食料としての意味で言ってきた。
昔、聞いた話その三
師匠「虎は獲物を食べる時、前脚で引き寄せて食べない、相手を押し続けながら顔を寄せて食べる、獲物が逃げないように。武術はそれと同じで決して引いてはいけない、押すんだ」
人間の最も自然に動ける動作は、
飯を食べる時。
八極拳の、相手の正中線を割って入るやり方で、
どうしても怖気付いて相手の正中線を避けてしまう時に、
師匠「出来なかったら、後で行くラーメン屋に、連れて行かないぞ」
と言われて、
食欲を使い、相手の背後にラーメンがあると思いながらやったら出来た事。
飯を食べる事に直結している事が重要で、
自然に動ける為に最も最短距離なのは、相手を捕食対象として見る事が必要なのだろうか。
型をやるのは型に全てが入っているから。
象形拳をやって行く(形意拳の例えば虎形拳や八極拳の虎朴などの動物の名前を冠する型)
には、それも入っているのか?、




