001 立ち方
昔々、
立ち方を習いだした時、
とても不思議であった。
我々生徒の姿勢を師匠が操作して正しい立ち方にしていく、
凄まじく辛い立ち方で、操作を受けている生徒からは悲鳴が上がる。
そして問題は、
その「辛い」立ち方をした生徒がヒョイと出した手で、
あまりにも簡単に「相手をした生徒」が転がっていく事である。
私も当然「立たされた」し「転がされ」もした。
下半身に掛かる半端ない負荷と、
それに比べ、出した手にほとんど抵抗なく相手が転がるギャップにショックを受けた。
その当時、師匠はまだ、言葉で説明する事が少なく、
ただただ、やって見せ、体験させるのみであった。
(当時と比べ、現在の師匠の説明の詳細さは驚嘆する程。)
当時から(今も)、師匠は「生徒に教える」という事について、「ザルで水を汲む作業のようだ」
と、ため息をついていたが、
我々生徒も同様、
「せっかく師匠が手のひらに注いでくれた砂金が、次の瞬間、隙間から全てこぼれ落ちていく」
様に思えていた。
話を戻して、
師匠に操作してもらって立たされた時の「辛さ」は、
当時自分で何度再現を試みても出来る事はなかった。
逆に、「辛い立ち方」が出来れば抵抗なく相手を転がす事が出来る様になる、と考えて方法論を探した。
立ち方に僅かな光明が見えて来たのは数年後、
M先輩が「出来る」様になった事から始まる、
私自身はM先輩の指導で一定の条件下である程度の立ち方が出来る様になった、(当然レベルの差はある)
「猿の芋洗い」の様に他の生徒にも出来る人が出始めた。
そして、その立ち方で、ある程度の相手への影響力を出す事が出来る様になった。
しかし、何故「辛い立ち方」で相手が軽く転がってくれるのか、理屈が解らなかった。
(勿論実験であり相手は余計な抵抗はしていない)
仕方がないので仮の理屈として、
辛いという事は頑張って仕事をしている。だから相手を軽く押した時に、
普通の状態で押す時よりも大きい仕事ができるので相手は転がる
とした。(物理学上は正しくない)
今思えば、「辛い立ち方」はエネルギーをため込んだ状態であると言える。
しかし、当時の私の物理学の知識では、
受け入れる事が出来なかった。
何が邪魔して、何を間違えて受け入れる事が出来なかったのか?
今回の座学でようやく解る事が出来た。
「ニュートン力学と相対性理論の取り違え」
だと師匠に教えて頂いた。
例えば学生時代に運動部の部活でやらされた
「空気椅子」
あれは当時の物理学(20~30年前)では、「身体を鍛えられない」とされていたと思う。
理由は、「物理学的な『仕事量』がゼロだから。
物理学(ニュートン力学)では
仕事量=重さ×移動距離
であり、移動距離の無い「空気椅子」は何ら仕事をしていない、
鍛えるとして意味の無いものと考えられていた。
ただし、あの『辛さ』故に疑問は持っていた。
辛いし、実際に部活でやらされたし、終わった後にちゃんと疲労したし。
授業でも、
「どれだけ重い物体を押して疲れても物体が動かなければ仕事量はない」
と学校の教師から習った。
それこそが、
芸事において、
大きな間違い。
空気椅子では体を鍛えられない。と言う理論の間違い。
視点を人体内部に移すと、
空気椅子をしている時の腿の筋肉は細かく筋肉同士がバトンタッチしながら収縮ー弛緩を繰り返している。
力こぶが浮かぶ。
つまり筋肉の形状が変化している=物体の移動が発生している。
視点を切り替えると、ちゃんと仕事が発生している。
(人体をただの塊と見るか内部に複雑な機構を持った精密機器と見るか)
例えば、
1:手首を縛られて吊り下げられてぐったりしている人と、
2:体操選手が吊り輪を使って十字懸垂をしてプルプル震えている。
上記の二人がその状態から蹴りを放ったら、どっちが「効く」のか。
リーチやウェイトに差がなければ物理学的には同じ。
しかし、
芸事においては、「2」が事実として、『効く』
やってみたのだ。
実際に。
芸事の練習会の後の、だべりタイムで。
残ったみんなで、打って、打たれて、
確かにそうなる。
壁と柱の間に片手・片足を付けて、
突っ張って、
思いっきり突っ張って、
身体が浮きそうになるぐらい。
(ジャッキーの映画にこんな格好あったなあ‥‥)
相手にその横に立ってもらって、
残った片手で、殴る。
えい!
「痛ってえええええええ!」
普通に同じくらいの感覚で殴ったときとは、
明らかに反応が違う。
交代して殴られる。
ごきっ!
「いたいイタイ痛いっ!」
これを実験・検証という(痛)
物理学では何故、紙面の計算上だけでなく、実験を行うか?
現実世界では、紙面では想定していない別の物理現象が介入して、
計算とは全く違う結果が実際に起きてしまうから。
みんなして、
「おもしれー」
と言いながら実験してしたら、
ある先輩が酷く冷淡に言った。
「師匠がいつも『落ちるな!』っていってるやん、今更なにやってるの!」
‥‥痛い。