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八月二一日②

 夜。本橋と東原がカタルシスの扉を開けると、ヒロがいつものように「あら、こんばんわ」と二人を迎えた。いつもの席に腰を下ろすと、ヒロがコースターを置いた。東原が「ありがとう」と微笑んだが、いつもと違う雰囲気を察したのか、ヒロは「ごゆっくり」と言うと酒を注いでその場から離れた。

「陣内さんの遺族補償、明日支払よ」

東原はふてくされて、グラスを煽った。

「特に処理を保留する理由もないんだし、仕方ないだろう」

本橋は適当に慰めた。

「私は別に意地悪したいわけじゃないのよ。でも給付担当者として、事業主から預かった保険料を適正に給付しなければならないって思うの」

「知ってるよ」

「今回はいろいろ動いてもらってありがとう」

東原が差し出したグラスに、本橋は自分のグラスを軽く当てた。

「実は、山形の同期に陣内さんの娘さんの住所の現況を当たってもらったんだ」

「どうだったの?」

「本人を確認することはできなかったらしい。住んでいるかどうかも。しかし、郵便物だけは毎日回収されている様なんだ」

「介護の仕事だから、勤務が不規則なのかしら」

「そうかもな。熱心な奴だから、彼女の前の住所も一応当たってみてくれている」

「でも、住民票上もそこが住所だし、こちらからの通知物もちゃんと届いているみたいだから、おそらくそこに住んでいるのは間違い無いんでしょうね」

「そうだな。免許証、住民票、預金口座。これだけ本人の存在を証明するものが揃ってるんだから、元々疑いようが無いよな」

 そのときカタルシスのドアが開いた。ヒロがバリトンボイスで「いらっしゃいませ」と迎え入れた。本橋が目を向けると、そこには桐生が立っていた。桐生もすぐに本橋に気づいたようで軽く会釈したが、隣にいる東原との関係を推し量りかねたように、近づいてこなかった。ヒロが本橋に桐生の席をどうするか目で尋ねてきたので、本橋は軽く頷いた。ヒロは桐生を本橋の隣の席に案内した。

「よう、元気か。この間連れてきてもらっていい店だったから、また寄ったんだ」桐生は、体を滑り込ませるようにスツールに腰を下ろした。

「まあまあかな。東原、彼が杉並署の刑事の桐生だ。彼女は、オレと同じ職場で例の件の保険給付の調査担当者だ」本橋は紹介した。

「桐生です。よろしく」桐生は軽く会釈した。それから、本橋の耳元で「お邪魔だったら帰るぜ」と声を潜めた。

「お邪魔じゃないし、むしろ一度この件でお会いしたいと思っていたの」

耳ざとい東原が桐生に微笑んだ。

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