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八月一八日③

 職場の朝の景色はいつもと同じだった。違っていたのは、動くたびに体のあちこちに様々な種類の痛みを感じることだった。本橋は努めて平静を装った。他人に心配されるのが嫌だったからだ。心配されるのが嫌なのか、心配をかけるのが嫌なのか自分でもよく分からなかったが、呆れるほど昔から変わらない性分だった。休憩室で春海が作ってくれた握り飯を頬張った。食道から胃に向かって落ちていくのがはっきりと分かり、今更のように自分がずいぶん空腹だったことに気付いた。思えば、昨夜は桐生と飲んだバーボンとナッツしか腹に入れていなかった。胸元の携帯がメールの受信を知らせた。メールは冴島からだった。

「久しぶり。ネット上で騒がれているみたいだな。今夜、時間があれば一杯いかないか」

 東京局のエースとして活躍し、三年前に本省に吸い上げられた冴島からの久しぶりのメールだった。本橋は、今朝までの自分の不甲斐ない姿を思い出しながら、少しの間逡巡したが、「OKです」と短いメールを返信した。

 休憩室に東原がやってきた。本橋の姿を認めると、いつものように「おはよう」と明るい声で言いながら、自販機にコインを入れた。

「昨日はついつい遅くまで飲んじゃった。ねえ、昨日千葉に行ったんでしょ?」

東原は、コーラのプルタブを上げると興味津々といった様子で尋ねた。しかし、本橋が手に持っている握り飯を見つけると、先刻の質問を忘れたかのように、「そのおにぎりどうしたの? 彼女の手作り?」と、目を輝かせた。

「違うよ。ヒロのかあさんに作ってもらったんだ」本橋は東原の注目をそらすように握り飯を遠ざけた。

「美味しそうじゃない。一つちょうだい」

「もうこれしかないからダメだ。それに、コーラと梅干しは食べ合わせも良くないんだぜ」

「本当?」

「嘘に決まってるだろ」

「ケチね」東原は、ふて腐れたふりをしてコーラを煽った。「それでどうだったの、千葉」

「陣内さんは、七月二三日から三〇日まで毎日大酒を食らっていた。しかし、それ以降は全く酒を口にしていなかったようだ。食堂にあったツケの記録によればな」

「それって、おかしくない。娘さんのためにお金を稼ぐはずだったのに、酒のツケを溜め込むなんて」

「そうだな。その点については、昨日こっちに戻ってきてから、杉並東警察の刑事とも意見を交換した。辻褄が合わないことばかりだけど、警察として動くためには、犯罪があると疑える事実が必要って言われた」

「どこも融通きかないのは一緒ね。そういえば、昨日の夜、陣内さんの娘さんの電話のこと聞かれたけど」

「ああ、刑事と話していたときに、今回の件が事故でなかったとしたら、つまり自殺か他殺だったとしたら、考えられる動機は保険金目当てしかないだろうってことになってね」

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