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八月一四日②

「ええ。私もちょうどその頃に定年退職したんですが、妻は定年後の生活費として地代を当てにしていたものだから、すごい剣幕ですよ。黒本社長がいなくなったときは、私もまだ日中は勤めていたからよかったものの、今は四六時中一緒にいるでしょう。その間中責められるんですよ。もう生き地獄です」

「今回の事故で亡くなった陣内さんは、どういう経緯で入社したのか御存知ですか?」

「事故の後で、白岩に聞きましたら、以前他の会社で一緒だったことがあったとかで。白岩が新宿駅南口辺りを歩いていたら、たまたまホームレスだった陣内さんを見掛けて、声をかけたらしいんです。そうしたら陣内さんから、働かせてくれないかって請われたそうなんです。なにやら、長年会っていなかった娘さんのために稼ぎたいと言っていたとか」

「娘さん?昨日署に来ていただいた方のことですか?」

「そうなんじゃないですか。私はまだ会っていないので、よくわかりませんが」

「会っていないんですか?」

「そうなんですよ。それも全部白岩が段取っていて。私も立場上、一度お会いしたいと言ったのですが、山形から来たばかりだし、長年消息が途絶えていた父親の訃報に気持ちの整理ができていないようだから、もう少し落ち着いたらとか言われて」

 東原と大和田の会話が続く中、本橋は大和田の供述内容を端末に入力していた。

「雇用契約書では、陣内さんの日給は二万円だったようですが、間違いありませんか」

「建設作業員の給料の相場のことはよく分かりませんが、休まず働いたら月収五十万円位になりますよね。私も正直高すぎるのではと思いました。監督署さんに提出する労災保険の請求書の書類を見て、白岩に高すぎるんじゃないのと聞きましたら、人手不足だったし、陣内さんには職長を任せられる位の経験もあったから、それ位で良かったんだと言われました」

 東原が本橋の方をちらりと見た。本橋はモニターから大和田の方に視線を移し、

「どうやら、白岩さんという方にもお話を聞く必要がありそうですね」

と同情するように言った。

「私も白岩に、事情を一番知っているのはあなたなのだから、私の代わりに監督署に行って欲しいと頼んだんですよ。そうしたら、自分は役員でもないし、何の権限もない、社長であるあなたが行くしかないと、にべもなく断られました」

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