上中下の上
マダムに気に入られて側に置いてもらっている。
マダムは美しく、スタイルも良く、聡明で、頭も良く、お金持ちで、そして楽しい人だ。僕は頭も良くないし、体格や腕力に才能があるわけでもないので、僕の何を気に入ってくれたのか不思議でならない。
なので、いつ見限られるかも解らないから、頼まれた仕事を一生懸命誠実にこなすだけだ。とりあえず仕事ぶりは、表情を見る限りは不満はないと思いたい。
仕事の一つに「晩餐会の人物評」がある。
マダムはよく晩餐会を開く。呼ぶのは友達と仕事の相手、たまに商売敵も呼んで丁々発止のやりとりを楽しんでいる。こういうときは一流の料理人に出張料理を依頼するので、商売敵も結構楽しんでくれているようだ。
みんなが帰ってから、僕に一人一人の印象を聞く。
でも本当は、僕みたいな若造に云々できる人なんて一人もいない。マダムは努力を惜しまない人や挑戦している人しか呼ばない。みんな年上だし社会的地位も高いのだ。
それでも頭を絞って、会話の返事の当たり外れとかタイミングとか、他の招待客への接し方とかを見て、頑張って自分なりに考えたことをマダムに言う。
その日は一人、いつもと違う雰囲気の人がいた。
僕と同じくらいかもう少し年上の男性で、着ている服も普通の人が頑張りましたって感じでとても親近感がわく。食事前の懇親会でも場違いを感じているようで誰にも積極的に話しかけようとはしない。仕事関係で来ているわけではないようだ。仕事なら、名刺こそ配らないけど顔つなぎや情報収集に活発な人しかこういう場にはそぐわない。
マダムに聞いたら、長年気になっていたことを解決してくれた人だそうだ。
「へぇ、マダムが。どんなことを気にしてたんです」
「なに、大したことじゃないよ。昔、ちょっと“音”で気になっていたことがあってね。本当に大したことじゃなかったことを証明してもらったのよ」
音か。
その人は食事で、食べ方が綺麗だった。会話よりも美味しいものを楽しみたいようだ。美味しさに喜んでいる表情は見ているだけで気持ちよくなってくる。両隣の人がその食べっぷりに感嘆すると素直に会話に応じている。食べ方について意見を求められたようで上手な食べ方を教えているようだ、ナイフとフォークの動かし方を見せて、賞賛の声をもらっている。
僕はいつもの役目に集中をしながら、僕も何年も引っかかっている“音”にまつわる話を聞いてもらおうか考えてしまい、思考の乱れに苦しんだ。
食事が終わり、すぐにマダムに頼んだ。
「実は僕も昔から“音”にまつわる気になっていることがありまして、あの人に聞いてもらっていいでしょうか?」
「ええ、かまわないわ。それで今日は気もそぞろだったの。まあいつもの顔ぶれだし、今日は君の審判もお休みでいいでしょう」
ううむ、それはそれできちんと考えたつもりなんだけど、どうなんだろう、気力が万全な状態で感じたことではないのは確かなんだから、素直に引っ込めた方がいいのだろうか。
その人に事情を話してみんなが帰ったあとにも残ってもらった。微妙に困った顔をしているが、聞いてくれるだけで構わないのでと拝み倒した。マダムは特別なお酒を出してきた。マダムも僕の話には興味津々のようだ。