9 眠たい時でもお肉はお肉
「奥様、起きてください。お屋敷につきましたよ」
エマに揺すられて目を開きます。
眠い、とても眠たいですわ。
このままベッドにダイブしてしまいたいくらいに。
ダメですの?
このまま寝てしまってはダメですの?
眠気にあらがえずに、頭をグラングラン揺らしていると思いもよらぬ声がいたしました。
「大丈夫ですか? イレーネ嬢。今日は色々ありましたし、話はまた明日にしましょうか? もう真夜中といってもいい時間帯ですし」
!!!!??
すごい近くであの人の声が聞こえて、慌てて目をあけます。
近い、近いですわ!!
まだ私は馬車に乗っていたのですが、あの人が扉をあけて私を覗きこんでいました。
眠くて疲れてショボショボの顔をあの人に見せるわけにはいきません!
私は慌てて顔を背けます。
「だだ、大丈夫ですわ。今聞きますわ」
「そうですか? 無理をしないでくださいね」
さっきの驚きで、目は覚めましたわ。
あの人が差し出してくれる手を取って、馬車を降ります。
その手と肉付きが懐かしくて嬉しくて、涙が出そうですわ。
でも……ん~なんだかちょっと、細くなってしまったような?
激務で痩せてしまわれたのでしょうか。
それはいけませんわ。
「少しだけ身支度をしてくるので、お待ちください」
絶対、髪の毛がボサボサですわ。
「ゆっくりで構いませんよ。私も着替えてきますから」
階段をのぼり、エマとともに自室へ向かいます。
「エマ、大急ぎでお願いします」
「かしこまりました、奥様」
ゆっくりで構わない。とは言われましたけど、あの人だって疲れているはずですもの。
それに明日もお仕事でしょうし、あの人の休める時間を削るわけにはいきませんわ。
ドレスを脱ぎ、簡素なものに着替えます。
纏められていた髪もほどき、櫛をいれ、また簡素に結い上げてもらいます。
屋内用の上着を羽織り、準備万端です。
少しずつ夏が近づいてきているとはいえ、真夜中はまだ少し冷えるのです。
初夜が無惨な形で終わってから、あの人に会うのが怖かった。
ですが、危険なところを助けられ、抱き締められ、名前を呼ばれました。
今は、そこまで怖くありませんわ。
嫌われてるのなら、愛する事を諦めようと思いました。
でも、できなかったですわ。
やはり、私はあの人を愛しているのです。
愛されたいと願っているのです。
指に煌めく結婚指輪を撫でます。
ギュッと拳を握りしめ、気合いをいれ…
いざ、出陣ですわ。