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7 決壊注意、乙女の花園。お肉で蓋は……無理に決まってるよね!

 


『イレーネ』のお披露目会にあたり、ドレスを新調する事になりました。

 私は、今あるもので十分だと思うのですが…


『イレーネ』はオレンジを基調としているので、『イレーネ』を連想させるようなドレスをつくるとの事ですわ。

 という事は、あのケーキの上に乗っていた薔薇の花もデザインに取り入れるのですわね。


 あの花が私をイメージしたものだと知った時は、今度薔薇の花を取り入れたドレスやアクセサリーを新調しようかと考えましたわね。

 あの人との仲が壊れて実行してはいなかったですけれど。

 それが、このような形で実現するなんて。

 何とも言えない気分ですわ。


 普段は屋敷に職人さんを招いて、採寸やデザインの話し合い、布の選定等をするのですが、今回は街に出てきました。

 エマからの提案ですわ。


「たまには外に出ませんか? 気分も少しは和らぐかもしれませんよ?」


 確かに、近頃はあまり街にも出ていませんでしたわ。

 お茶会や社交界へ行くくらいでしたわね。


 なので、エマの提案に乗っかり馬車で街まで出てきました。

 お店で採寸して~は初めてですわね。


「お嬢様は出不精ですからね」


 だって、屋敷まで来てくれるんですもの……

 それにお母様から、淑女が度々街に出るのははしたないと、あまりいい顔をされなかったんですのよ。

 快く許可されたのは、教会や孤児院での奉仕活動くらいですわね。


「オルトマンの奥様は封建的ですからね。ですが、たまにはいいものでしょう? 耳を澄ませてみてください」


 ……そうですわね。

 活気溢れる市場の声。子ども達の笑い声。

 花や草花の匂い。何かを焼くような食欲をそそる匂い。

 癒されるし、とても元気になれますわね。


 特に、子ども達の笑顔。


 結婚するまで、自分が子どもを産み育てるというのは実感がありませんでしたが、あの人を愛し、結婚し、初めて実感がもてました。

 子どもがほしかった。

 あの人との子どもが……


 そうですわ。

 少し時間があいたら、孤児院や教会での奉仕活動を再開しましょう。

 自身の子どもはもてなくても、産みの母にはなれなくても、育ての母にはなれるかもしれませんわ。


 屋敷にこもって臥せっているより、よほど建設的ですわね。


 馬車が目的のお店につくまで、私は孤児院に何を差し入れしようか。考えを巡らせていました。




「さあ、奥様。次はこちらの布をあててみて下さい」


「……エマ、まだ終わらないんですの?」


 次から次へと出てくる布に、私はもう疲労困憊です。

 とてつもない時間をかけ、デザインは何とか決まりましたわ。

 この時点で、私はすでに疲れました。

 休憩は?休憩していませんのよ?


 その次に布地獄。

 このデザインと、私に似合うオレンジはどのオレンジか、布の光沢はどうするか。

 私はずっと立ちっぱなしで、何枚もの布を当てて何が似合うか、エマに確かめられていますわ。

 これが終わったら、ドレスの装飾の布選び、その次にはアクセサリー選び。


 お店に来たのは、朝食を食べてすぐと言った時間帯でした。

 もうすぐ、昼食の時間ですわ。

 何時までかかるんですの?

 むしろ……私、今日帰宅できますわよね?

 今日で終わりますわよね?


「奥様、きちんと立ってください!」


「もうイヤですわーーー!!!」




「アクセサリーまでは決まりませんでしたね。明日も頑張りますよ、奥様」


 エマの問いかけにも答えられず、私はグッタリですわ。

 お店のソファーにだらしなくもたれかかっております。


 休憩もあまりとれず、昼食はサンドイッチ数切れだけ。

 お腹がすきましたわ。

 お店から紅茶を出されて、水分を欲してた身体はすぐに飲み干してしまいます。

 ですが、水分だけではお腹は満たされません。


「だらしがないですよ、奥様」


「エマ、今日だけは許してちょうだい……」


 お腹がすくって、切ないですわね……

 ……そうですわ、孤児院への差し入れは食べ物関係にしましょう。

 お腹がすいて切ないのはダメですわ。

 国からの補助金があるとはいえ、運営は厳しいものだと聞いた事がありますもの。

 パンやお肉でもいいんでしょうけど……やはり、甘味でしょうか。


 日々の暮らしを生きていく中で、たまにのご褒美はとても大切ですわ。

 となると、やはりブルタンのスイーツ……

 子ども向けは何かしら?

 ロールケーキ?

 それとも、やはりイチゴがたくさん乗ったショートケーキ?

 ホールで持っていった方が、豪華感がありますわね。


「奥様、思考の渦から戻ってきてください」


 はっ!

 場所を選ばずに考え込んでしまうのは私の悪い癖ですわね。

 いけないいけない。


 早く帰って夕食を取らなくては。

 でも、私少し疑問なのです。


 採寸してデザインして布を選んで~って、これ、オートクチュールですわよね?

 お披露目会は『近々』と聞きましたけど、オートクチュールのドレスって、そんなに早くできるものでしたかしら?


 初夜の為の寝間着もオートクチュールで作りましたけど、3週間ほどかかったような気がします。

 今回はドレスですわよ?

 もっと時間がかかると思うのですけど……


 そんな疑問を、エマに聞いてみました。


「奥様が心配しなくても大丈夫ですよ」


 侯爵のブルタン家だから、職人を総動員して急ぐという事?

 ……なんか、釈然としませんわ。

 ごまかされているような……


 キュルルルルー。


 はうっ!

 お腹がなりましたわ。

 今は考える時ではありませんわね。

 早く帰宅して夕飯を……!


「はしたないですよ、奥様」


 エマの呆れた視線も、今は気になりませんわ。

 それより、食事です。

 急いで服飾店を出て、馬車に向かいます。


 ……すごくいい匂いがしますわ。

 焼きたてのパンとか、お肉とか。


 ギュルルルルルルルー。


「エマ……」


 私は懇願するような表情で、エマを見つめます。


「なんですか? 奥様。」


「あの、とてもいい匂いがするのですけど」


「そうですね」


「あの、はしたない事だとは思いますけど、私とてもお腹がすいていますのよ」


「ええ、早く帰宅しましょう」


 ~~!!

 察してくれない、察してくれないですわ!


「奥様、自分の意思や意見ははっきり言えるようにならないといけませんよ。自分の意思を伝える事は、はしたない事ではありません」


 ……つまり、これは私がはっきり言わないと、いつまでたっても食事にはありつけないと言う事ですわね。


 私はお母様に、はしたない事はしてはならないと教わってきました。

 ですが、ここにお母様はいません。

 そして、私はすでにブルタン家の人間です。

 そして、私はお腹がすいてすいて仕方がないのです!!!


「エマ、私はお腹がとてもすいていて、屋敷まで我慢できないのです。パンでもお肉でも何でもいいですから、何か食べるものを買ってきてください」


「はい、よくできました。あそこのパン屋さんで買ってきますから、奥様は馬車の中でお待ちください」


 ああ、やっとですわ。

 馬車に乗り込み、座席に座り込みます。


 焼きたてのパンの匂いがしていましたわね。

 ああ、もう待ちきれませんわ。

 美味しいパンを想像したら、私のお腹はさらに激しい音をたてます。


 エマは何のパンを買ってきてくれるのか。

 そんな事を考えていたから、周囲に気を配っていなかったのですわ。


 いきなり馬車が急発進したのです。

 油断していた私は、ものの見事に前に倒れこみました。


「ぶぅっ! 何ですの!?」


 御者は、私の問いには答えません。

 恐ろしいほどの速度で、馬を走らせています。


「馬車をとめて! 誰か! エマ!!」


 恐ろしい速度です。

 とっくにエマは見えません。

 飛び降りる事なんてできやしません。


 私は、ガッタンゴットンと揺れ、跳ねあげられる馬車に必死にしがみついて、耐えているしかありませんでした……



 どれくらいの時間がたったのでしょう。

 夕焼けが終わり月が輝く頃、馬車はようやくとまりましたわ。

 暗闇の中私は馬車からおろされ、山小屋?のようなところで

 1人座っております。


 馬車の運転は手荒でしたが、私をおろして山小屋に監禁する時はそうでもありませんでしたわ。

 紳士でもありませんでしたけど。

 目以外は覆っておりましたので、どんな方かは解りませんでしたが、多分男性ですわ。


 政敵や商売敵からの誘拐は貴族につき物ですのに……

 油断しておりましたわ。

 私、これが初誘拐なんですもの。


 この場合、何故誘拐されたかなんて無駄疑問ですわね。

 考えたって、色々な事を隠されている私には解りませんもの。

 判断材料が足りなさすぎですわ。


 私を嫌っているあの人が、どうにかして私を助けようとは考えるはずがないですわね。

 お父様もお母様も、私はブルタン家の人間になったわけですから、表立っては動けないでしょう。

 エマは……どうにかして助けようとしてくれるでしょうけど、取れる手段が少ないですわね。


 それより、私は切羽詰まってますのよ。

 お腹がすいたというのもありますが、それはもうピークを通り越しました。


 入り口には鍵がかかっております。

 大きな窓はありません。

 小さな明かりとりの窓くらいですわね。

 そこからわずかな月明かりが、小屋の中を薄暗く照らします。


 私は、何かないかと小屋の中を探します。

 私を拐ったあの男がいつ来るかも解りませんし、来たとしても私の願いを叶えてくれるとは限りませんわ。


 瓶?布?

 切羽詰まってますけど嫌ですわ!

 恥ずかしいですしみっともないですし、してる途中に誰かが入ってきたらどうするんですの!


 ジタバタジタバタ!

 私は股に力を入れて耐えます。

 そう、私はおトイレに行きたいのです!!


 限界に近づいてるんですのよ!

 お店で飲んだハーブティーが!!

 山小屋の外におトイレはありませんの!?


 幸運?な事に手足を縛られたり、目隠しされたり猿ぐつわをされてはいません。

 私は、外へと繋がる扉をガチャガチャと回します。


 くぅっ!この!

 扉に足をかけてひっぱっても、蹴飛ばしてもびくともしません。

 小さな明かりとりの窓から出る事なんて無理ですわ。


 このままでは、乙女の!秘密の!花園が!!

 誘拐犯でも誰でもいいですから、誰か私におトイレを!!


 このまま漏らすよりはましかと、転がる瓶に視線がいきます……


 そんな時です。

 バーーーーーーンンン!!!!!


 凄まじい音をたてながら、扉があきました。

 ビクゥッ!

 何ですのー!!!?

 おトイレではない事は確かですわ!!

 おトイレが飛び込んできてくれる夢のような展開。

 でも、そんな危ないおトイレは嫌ですわ!


 モウモウとした土煙の中、私はおトイレへの期待と何が起こるか解らない怯えで震えていました。


「ゲッホゴホ! うぶぇ、マスクをすれば良かった」


 この……声。


 聞き覚えのある声。

 でも、そんな筈ありませんわ。

 何故、こんな所で私を嫌っている()()()の声が?


「イレーネ嬢! 無事ですか!? 返事をして下さい、イレーネ!」


 !!

 聞き間違いではありませんわ!


「……スさま。マルグス様ー!」


 私は力一杯叫びました。

 この声が、少しでもあの人に届くようにと…


「イレーネ!」


「マルグス様!」


 へたり込んでいる私を力一杯抱きしめます。

 私も出来うる限りの力で、あの人に抱きつきます。


 ああ、これは夢ですか?

 誘拐されたところに愛する人が助けに来てくれるだなんて。


「無事で良かった、イレーネ。なんともないとは思いましたが、自分の目で無事を確かめるまで、気が気じゃなかったです」


「私は無事ですわ、マルグス様。ケガも何もしていません」


 ああ、この抱きしめるお肉の感触がまた……至福の時ですわ。

 揉みしだきたい。


「斧の登場を待つまでもなく、ご自身の肉体で扉を打ち破るなど夫の鑑ですね。これまでの失態を埋めるまではいきませんが、中々の奮闘ぶりです。旦那様」


 ……この方はどなたでしょう?

 長身で細身の、若い執事の方。

 有能そうな感じですわね。


「ルーカス……妻との感動の再会を邪魔しないでくれないか」


「それは叶えられませんね。まだまだやらなくてはいけない事は山ほど残っているんです」


 ルーカスと呼ばれた執事の方とあの人がギャーギャー言い争っています。

 ルーカスと呼ばれたあの執事の方、どこかで見た事あるような……


 まあ、それはどうでもいいですわ。

 今の私の問題点は……

 うぅ、プルプルと足が震えてきましたわ。


「あの……」


「大体旦那様は~」


「そこまで~」


「あの……」


「だからこそ~」


「ルーカスは~」


 とまってくれない!

 二人とも私の話を聞いてくれませんわ!

 エマ!!こんな時のエマ!

 私のエマはどこに行ってしまったんですの!?


「奥様、ご無事ですか!?」


 そんな時に来てくれたのは私の救世主、エマ。

 こんなにも貴方を待ち望んでいた事はありませんわ!


「エマ……!」


「奥様……!」


「旦那様は~」


「ルーカスこそ~」


「エマ……!!」


 エマと私を阻むように、あの人とルーカスがずーっと言い争いをしていますわ。

 横にどけて!


 そんなに広くない山小屋ですもの。

 長身のルーカスとポヨンポヨンなあの人がいては、ドレスで幅をとっている私が歩けるスペースなんてないんですのよ!


「う、ぅぅぅ……」


 も、もう限界ですわ。



「おトイレに行かせてくださいませーーー!!!!!!!」




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