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4 恋するケーキはお肉味

 


 パーティー会場の控え室でお化粧などの身だしなみを整え直してから、会場に移動しました。

 整えてくれたのはもちろん、エマですわ。


 先ほどの謎の男性の事は、聞いてもはぐらかされてしまいましたわ。

「お嬢様が知らなくてもいい事です」


 ですって。

 エマが無事だったのは嬉しい事ですけど、はぐらかされたのは何か微妙な気分です。

 あの人には知らされているんでしょうし。


「お嬢様? 何をボーッとなされているんですか? あ、もうお嬢様ではありませんね。ご結婚おめでとうございます、奥様」


 奥様……奥様。

 奥さま。お・く・さ・ま。

 とてもいい響きですわね。

 思わず、ニンマリしてしまいますわ。


「お・く・さ・ま?」


 ヒイッ!

 ボーッとしてごめんなさい!

 すぐに準備致しますわ!


 気を引き締めて、自身の控え室であの人を待ちます。

 コンコン、とノックの音。

 時間ですわね、いざ出陣ですわ!



「本当に素敵なお式で」「ドレスもとても素敵でしたわ」


 私は今、披露宴パーティーの会場で、夫となったあの人と一緒に、来てくださったお客様に挨拶中ですわ。

 これも、ブルタン侯爵家の一員となった私の大切な役目です。


 天気が悪ければ屋内の会場も考えていましたが、今日は快晴。

 屋外でのガーデンパーティーです。


 会場を彩る花はオルトマン家が用意いたしました。

 フルーツも全て、オルトマン産ですわ。

 オルトマン家のフルーツは王室御用達ですから、味にも品質にも間違いなしですわ。


 フルーツ以外の軽食や飲料等は全てブルタン家です。

 テーブルや椅子もですね。

 私も、お義母様であるブルタン夫人と一緒に選びましたわ。


 ブルタンには長男であるお義兄様と次男であるあの人しかいませんから、「女の子が欲しかったの」と、お義母様には良くしていただきましたわ。


 挨拶をし談笑をし、流石に少し疲れてきた時にそれは登場しました。

 そう、ウエディングケーキです。


 あの人が紹介をし、パティシエであるサリーナ様も登場してケーキの説明をしています。

 皆さん、ケーキを見て感嘆の言葉をもらしていますわ。


 とてもキレイですのよ。

 ケーキの上にのっている飴細工で作られた花もとても精緻で。

 あの人に促され、一緒にウエディングケーキに入刀します。


 切り分けられたケーキを一口。

 ……さすが、ブルタンですわ。

 オレンジのリキュールでしょうか?

 柑橘系の香りと味、洋酒の風味が口の中に広がります。

 甘すぎない、仄かな甘味と酸味。

 悔しいですが、とても美味しいです。


 子どもたちには、別のケーキが振る舞われています。

 カスタードを詰めたシュークリームを積み上げた、クロカンブッシュです。

 飴がけされ、周囲をイチゴなどのベリー系で飾り付けられています。


 作成したのがサリーナ様でなければ、私も素直に喜べましたのに……


 私の感傷はさておき、披露宴パーティーは盛況に終わり、夜のパーティーも無事に終わりました。

 私は新居となる屋敷に帰宅しました。


 新居はブルタン家の持ち物の1つである屋敷です。

 ブルタン家当主であるお義父様が住んでいる、ブルタン本家よりは小さめですが、充分すぎるほどの大きさがあるお屋敷です。


 私は自室で、1人紅茶を飲んでいます。

 あの人はお仕事が忙しいみたいで、書斎で仕事を続けていますわ。


 先ほどのあの人との会話を思い返し、1人唇を噛みます。



「イレーネ嬢、今日はお疲れさまでした」


「いいえ、あなたこそお疲れでしょう。私より多くの人をお相手していましたのに」


「これが私の役目ですから。こんな体型ですが、意外と体力はあるんですよ」


 自身のお腹を叩き、お肉がポヨンと揺れます。

 ?何だかお腹に違和感が。


「もう結婚したのですから、イレーネ嬢はおやめください。もうお嬢様ではありません。イレーネとお呼びください」


「……」


「どうかなさいましたか?」


 あの人が固まってしまいましたわ。

 ピクリとも動きません。


「いえ……あの……呼びづらいというか、照れくさいというか……」


 キューーーン!!

 キュン死にですわ!

 お顔を真っ赤にしながら、照れくさそうに微笑むあの人。

 キュン死に一直線です!

 可愛すぎますわ!!!

 名前を呼ぶのが、恥ずかしいというのは私にも解ります。

 私も、未だあの人の名前を呼べていませんもの。


「わかりました。呼びやすいようにお呼びください」


「ありがとうございます。あの……それで、イレーネ嬢も私の名前を……」


「……善処いたしますわ」


 1人の時にも恥ずかしくて呼べないのに、あの人の前であの人の名前を呼ぶなんて無理無理ですわ!

 この数ヵ月、人知れず練習はしてきたのですが……

 マ……マ…………~~無理ですわ!

 まだまだ練習が足りないみたいです。


 ここまでは、ほのぼのとした新婚夫婦みたいな雰囲気だったんですわ。

 私も幸せと愛情を感じていました。


「そうだ、ウエディングケーキはどうでしたか?」


 ピシリ、と私の心が音をたてます。


「時間と熱意をかけただけあって、とても良いものに仕上がったと思うのですが」


「ええ、とても美味しくてキレイでしたわ」


「良かった。お客様からの反応も良くて、商品化を希望されているんです」


 確かに、あれが店頭にいつもあれば嬉しいですわね。


「イレーネ嬢さえ良ければ、商品化に向けて動こうと思うんですが、どうですか?」


「? 何故私が?」


「だって、あれはウエディングケーキじゃないですか。貴女へのプレゼントですから貴女のものですよ。いくら評判が良くても、イレーネ嬢の許可なしに販売はできません」


 そうだったのですね。

 ウエディングケーキが私へのプレゼントという認識はありませんでしたわ。


「どうぞ販売してください。あんなに美味しいケーキなんですもの。皆さんに知っていただきたいですわ」


 これは本心です。

 私もブルタンのスイーツは好きですもの。

 独り占めするより、皆で味わいたいですわ。


「ですが、あの花の飴細工も作るのですか?」


 ウエディングケーキの上にのせられていた、精緻な飴細工。

 あれを何個も作るのは無理ではないでしょうか?


「流石に無理ですね。ですが、何かしらで花は作りたいと思っているんです。あの花がなくては、イレーネ嬢をイメージしたケーキではなくなってしまいますから」


 私をイメージした花だったのですね。

 確か、薔薇だと思いましたが。

 ふむふむ、私のイメージは薔薇なのですね。

 今度、薔薇をイメージしたアクセサリーやドレスを選んでみようかしら。


「イレーネ嬢に似合う花は何かって、サリーナと考えたんですよ」


「…………」


「花を何で作るかは、サリーナと要相談ですね。試作品が完成したら、イレーネ嬢にもお見せしますから」



 その後の会話は、あまり耳に入ってきませんでしたわ。


 サリーナ様の影が見える度、名前が聞こえる度に、私の心は大きくきしんで音をたてます。

 少しずつ少しずつ、暗くて重たいものがたまっていくのです。


 私はプルプルと頭を振り、嫌な考えや気持ちを追い出します。


 目を向けるは、あの人の部屋。


 妻である私とあの人の部屋は、内扉で繋がっています。

 廊下に出る扉の他に、あの人の部屋へ繋がる扉があるのです。


 まだ鍵はかかったままですわ。

 結婚当日の夜ですが、まあ……いわゆる初夜はまだまだですの。

 皆様へのお披露目が終わってからですから、1週間後ですわね。

 初夜の時に、初めてあの内扉の鍵が外され、私達は夫婦になるのですわ。


 その後は、基本鍵は開けっ放しですわね。

 閉めたかったら閉めててもいいんですけど。


 ……まあ、私はずっと開けたままでも構いませんわ。

 断る理由もありませんもの。

 ……顔が熱いですわ。


 明日も早いですし、休みましょう。

 チリンチリンと呼び鈴を鳴らし、エマを呼びます。


「お待たせしました、奥様」


「そろそろ休みます。支度をお願いね」


「かしこまりました。それにしても、恥ずかしがりやの奥様が、よくケーキの販売を許可しましたね」


「? どういう事? 何故、私が恥ずかしがるの?」


 ただ、販売するだけではないの?


「何故って。あれは奥様をイメージしたケーキですし、名前もイレーネですから。奥様の名前とイメージが、王都中に広まりますよ」


「!!!!!!!? 待って! ケーキの名前がイレーネってどういう事ですの!?」


「聞いてなかったんですか? さっき、旦那様が話していたじゃないですか」


 ……サリーナ様ショックで、聞いていても頭に届いていませんでしたわ。

 それにしても、ケーキの名前がイレーネ。

 ……知っていたら、反対しましたのに!


「今からでも反対を!!」


「するんですか? 旦那様があんなに喜んで楽しみにしていたのに」


 ……できませんわ。

 あの人を悲しませるなんて。


 私は、王都中に自分の名前が広まる羞恥に耐えながら、眠りにつきました。




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