14 待ち望んだ初夜、耳も頬もプヨプヨお肉
「それじゃあ、行ってきます。イレーネ嬢。なるべく早く帰ってきますので」
「お帰りをお待ちしていますわ、マルグス様」
早朝、ルーカスと共に仕事に出かけるあの人を見送りました。
初めてのお見送りですわ。
仲良し夫婦みたいでいいですわね。
これからも続ける事にいたしましょう。
「さあ! エマ! 準備の時間ですわ!!」
「かしこまりました、奥様」
今夜の初夜の為に、今日は準備で大忙しです。
まずは湯浴みをし、徹底的に磨きあげるのです!
「ですが、奥様。昨夜のうちに致したかと思っていましたよ。お話だけで終わるなんて。使用人一同、聞き耳たてたいのを必死に我慢していたというのに」
「何を聞こうとしているんですの!?」
「ルーカスさんなんて『あの小さかった坊っちゃんがとうとう大人の階段を』って、感動して号泣で大変だったんですから」
……そこまで感動するような事なのかしら。
少し気持ち悪いですわ。
「エマは? エマは泣きましたの?」
「泣きませんよ。泣くような事じゃないでしょう?奥様が幸せなんですから」
長年の付き合いがある私には、『奥様が幸せならそれでいいです。思うところはありますけど』
という、エマの本心?が聞こえてきました。
本当に、私は幸せ者ですね。
「ありがとう、エマ」
「急にどうしたんですか?」
「なんでもありませんわ。急に言いたくなったのです」
たくさんの、ありがとうがありますもの。
伝えきれませんわ。
「変な奥様ですね」
そう言いながら、エマは私の髪の毛を丁寧に洗ってくれました。
磨きあげた後は、時間をかけて丁寧に髪を乾かし、櫛を入れていきます。
私がエマに磨きあげられている間、屋敷のあちこちでは使用人の皆さんが、今夜の初夜の為に動いてくれていました。
厨房では、
「旦那様と奥様に、精がつく料理をお出しするんだ!」
「シェフ! デザートはどういたしましょうか!?」
「デザートも精力満タンだ!」
『イエッサー!』
私の部屋やリビングでは…
「ベッドメイクは完璧に仕上げるのです! シーツや掛布に、情欲を高める香を焚くのを忘れずに!」
「メイド長さま! お花はどういたしましょうか? 近頃、若者の間では、ベッドに薔薇の花びらを散らすのが流行っていますが。」
「……とりあえず、今日のところはやめておきましょう。そのかわり、玄関、リビング、旦那様と奥様の部屋に花を飾るのです!」
『イエッサー!』
重苦しい空気が立ち込めていた屋敷が、やっと明るくなったのです。
使用人の皆さんも嬉しかったのでしょう。
また暗雲たちこめる空気に戻してたまるか!働きにくい!と、全力をもって準備にあたってくれています。
使用人達でたてたという、『今度こそ初夜成功大作戦』
略称KSD。
発案&名付け親は、真面目なメイド長。
エマいわく、ノリノリだったと。
意外とオチャメな所もある可愛らしい方だったのですね。
もしかしたら、恋愛話で一緒に盛り上がれるかもしれませんわ。
こうして、私達は初夜の為に総動員で準備をしたのです。
「エマ、どうかしら?」
「完璧です、奥様」
初夜の為に用意したネグリジェに身を包み、裾をつまみながら、鏡で装いを確かめます。
既に、窓の外は夜。
あの人は帰宅しています。
出迎えた時のあの人の顔を思い出すと、とても嬉しいですわ。
あの人は照れながら、「どうしたのですか? いつもキレイですが、今日は一段とキレイですね」
そう、誉めてくださったのです。
朝からの苦労が報われるというものです。
シェフ達が腕を奮ってくれた夕飯も、メイド達が整えてくれた部屋も、全てが素晴らしいですわ。
とうとう……とうとうですわ!!
長い道のりでしたが、ようやく真の夫婦になれるのです!
ああああ、ドキドキが止まりません。
落ち着きなく、部屋をウロウロと歩き回っています。
「落ち着いてください、奥様。こちらを」
あら、これはなんですの?
エマが差し出したのは、カップに入った飲み物。
見た目は……紅茶ですわ。
「紅茶に少量のアルコールを混ぜたものです。女性は痛みを軽減する為にも、少量のアルコールを飲んでおいた方がいいとの事ですので」
え?そんなに痛いんですの?
……怖じ気づいてきましたわ。
……飲んでおきましょう。
ゴクゴクゴクと飲み干します。
「後、初夜に怖じ気づく女性の方も、お酒を飲んで挑むそうですよ。お酒の力で、恐怖心も薄まるそうです」
そうなんですの。
お酒ってすごいんですのね。
ふう、少し身体が火照ってきましたわ。
何だか、ポヤポヤパヤパヤしますわね。
「奥様? 大丈夫ですか?」
(※イレーネは酔っているので、キャラが変わっています)
エマの声が、少し遠く聞こえます。
聞こえたような聞こえなかったような。
「大丈夫。大丈夫ですのよ。私はいけます!」
何の根拠もない自信が込み上げてきますわ!
今の私は、ハイパーイレーネなのです!
「……少々心配ですが、そろそろ旦那様がお出でになる時間ですので、失礼しますね」
「了解ですわ! 私は、見事成し遂げて見せます! エマ! 見ていてちょうだいね!」
「いえ、見ませんよ」
そんな一言を残して、エマは部屋を出ていきました。
んもー、つれないんですから。
さ、部屋をうろつくのは淑女としてノーノーですわ。
私は、ベッドに座って大人しく待ちます。
足をブーラブーラ。
遅いですわー。
私のあの人はまだですのー?
もみもみしたいんですのよー。
コンコン。
来た!来ましたわ!
あの人の部屋に繋がる扉が開きました。
ナイトウェアに身を包んだあの人が、やってきましたわ。
「マルグス様!」
待ちきれなかった私は、あの人の腕の中に飛び込みました。
「い、イレーネ嬢!?」
「うふふ、待っていたんですのよー」
あの人の胸に、ゴロゴロと顔をこすりつけます。
うふふ、あの人だけの猫ちゃんになった気分ですわ。
「イレーネ嬢? どうしたんですか?」
その言葉に、私はムッとします。
「イレーネ嬢じゃありませんわ。マルグス様は、いつになったら私の事をちゃんと呼んでくれるんですの? ちゃんと呼んでくれないと、私はもう返事はしませんのよ。」
「酔っていますね……」
「酔ってなんていませんわ。私は今、何でもできるハイパーイレーネなのです」
抱き止められながら、えっへんと胸をはります。
「フフ、そうなんですか。ハイパーイレーネですか」
「むう、信じていませんわね」
「すみません。機嫌を直してください、イレーネ」
「名前を呼んでくれたから、許してあげますわ。それより、ほら見てください。マルグス様」
あの人の腕から離れ、クルクルと回ってみせます。
「これが、初夜の為にあつらえたネグリジェですのよ。どうですか? 似合っていますか?」
「ええ、とてもお似合いです。とてもキレイですよ」
「うふふ、嬉しいですわ」
また、あの人の腕の中に飛び込みます。
「うふふ。マルグス様の腕の中は、とても気持ちがいいですわ。お腹のお肉も腕のお肉もプニプニしてて、ずーーっと揉んでいたくなりますの」
プニプニプニプニ。
「私、マルグス様のお肉が大好きなんですのよ」
「え、えーと。そうなんですか?」
何だか、戸惑った声が聞こえますわ。
「むう、信じていませんわね。いいですわ。私がどれだけマルグス様のお肉を愛しているか、証明して見せますわ!」
「どうやってですか!? 疑ってないですから! 証明しなくていいですよ!」
「いいえ! これも愛の試練ですわ!! ……はにゃあ!」
……お姫様抱っこ!?
お姫様抱っこですわ!
あの人が、私をヒョイッと抱えあげました。
私は、あの人の首筋につかまります。
そのまま危なげなく私をベッドまで運び、横たえ、髪の毛を撫でてくれます。
「うふふ」
「どうしたんですか? イレーネ」
「私、白馬の王子様を夢見てきたんですの。今のお姫様抱っこ、お姫様みたいでとても嬉しかったですわ」
「……すみません、相手がこんなブタで」
あの人が、申し訳なさそうに瞳をふせます。
「どうして謝るんですの? 私は、マルグス様をこんなに愛していますのに。白馬はないですけど、マルグス様は私の王子様ですのよ」
「イレーネ……」
そのまま、どんどんあの人の顔が近づいてきます。
私は瞳を閉じ、ゆっくりと唇が重なります。
「んむっ……」
吐息が漏れ、愛しさと嬉しさで涙があふれます。
「マルグス様……もっと……してほしいですわ……」
「はい……イレーネ……愛しています。愛しています、イレーネ」
「私も……愛していますわ……」
チュンチュンと鳥達が朝を告げ、窓から入り込む光が眩しくて目を細めます。
視界に入るのは、あの人の姿。
「イレーネ……おはようございます」
「おはようございます、マルグス様」
チュッと寝転んだままおはようのキスをします。
「身体の調子はどうですか?」
「あちこちが痛くてだるくて、動けませんわ」
「す、すみません!」
こんなに、身体に負担がかかるものだとは思っていませんでしたわ。
失敗に終わった時は、情事を終えた後の女性がどうなるか解らなかったから、苦肉の策でベッドで休んでいましたけど、正解でしたわね。
ピンピンしてたら、逆に不自然でしたわ。
「自分も初めての経験で! 知識は入れておいたんですが、何分経験不足で!」
ペコペコと頭をさげる、マルグス様。
「経験豊富だったら逆に嫌ですわ。マルグス様は私のものなんですから。これから、二人で経験を積んでいけばいいことですわ」
「イレーネ、ありがとうございます」
私は寝転んだまま、マルグス様の耳たぶをプニプニと揉みます。
ああ、耳たぶも絶妙な……
「……えーと、イレーネ。聞きたい事があるんですけど」
「なんですか? マルグス様」
私は耳たぶをプニプニしながら、答えます。
「イレーネは、私の体型が嫌ではないんですか?」
「むしろ、大好きですわ。ずーっと揉んでいたいです」
「えぇ、そうだったんですか……私は今まで何の為に……」
目に見えて落ち込んでいますわね。
何があったんですの?
「イレーネは、オルトマンの庭で二人で転げ落ちた事を覚えていますか?」
とてつもなく。
私が、お肉に魅了された日ですもの。
「あの時、イレーネはずっと私のお腹を揉んでいましたよね」
ブッ!
「気づいていましたの!?」
「ええ、まあ……ずーーーっと揉んでいるので、声をかけるタイミングがなかなか……」
あああああぁぁ!!!!
バレていないと思っていましたのに!
いつから気づいていたんですの!
「まあ、大分最初から」
あああああぁぁ!!!!
「この肉が気に入らなくて、イラついて揉んでいると思ったんですよ。なので、少しでも痩せなくてはと、ダイエットを……」
だから、何か違和感を感じましたのね。
ダイエットをして、少し痩せた違和感だったんですわ。
でも……
「ダメですわ! ダイエットをするなんて、お肉がいなくなってしまうではありませんの!」
ああ、でも。
お肉がつきすぎると健康に良くないとも言われていますわ。
マルグス様には、健康に長生きしてほしいですわ。
でも、お肉がいなくなるのも嫌ですわ!
「ハハ。そんなに望まれているなんて、この肉も幸せ者ですね。あまり減らさないようにしつつ、健康でいますよ。イレーネと長生きしたいですからね」
「マルグス様……」
チュッと私の額にキスをしてから、マルグス様がベッドからはなれます。
「イレーネはまだ寝ていてください。下に行って、何か軽食をもらってきますよ」
……寂しいですわ。
「あの、マルグス様。今日はお仕事はお休みなのでしょう?」
「ええ、そうですが」
「……なら、もう少し側にいてくれませんか? 寂しいですわ……」
「!! イレーネ……あまり私を煽らないでください」
「??」
マルグス様がベッドに入り直し、私を抱き締めてくれます。
「可愛い妻のお願いです。もうしばらく、こうしていましょう」
「はい、マルグス様……」