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13 お肉との仲直り

 


 お昼過ぎに私が目覚めた時、あの人はすでに仕事に行ってしまっていました。


「どうして起こしてくれなかったんですの……」


 エマに恨み言を言います。


「旦那様が寝かせておくようにと仰ったんですよ。昨夜は遅かったですし、奥様は誘拐までされてるんですから」


 ……そう言えばそうでしたわね。

 色々な事がありすぎで、誘拐の事はすっかり頭からとんでいましたわ。


「夕飯には間に合うように帰宅するとの事でしたから。仲違いもなくなったんですから、明日辺りには初夜もあるんじゃないですか?」


「そうなんですの? でも、急すぎませんか?」


 心の準備ができていないのですが。


「急すぎませんよ。旦那様は、結婚してからきっとずーーーっと我慢なさっていたでしょうから。年頃の殿方の性欲を侮ってはいけませんよ、奥様。奥様だって、仲直りしたんですから、旦那様のお肉を揉みしだきたいとお思いでしょう?旦那様だって、愛する方と1つになりたいと思いますよ」


 そうなんですのね。

 確かに、私もお肉を思う存分もみもみしたいですわ。

 優しいあの人の事ですもの。

 頼めばきっと、揉ませてくれますわ。


 というか、何でエマにお肉大好きという事がバレてるんですの!

 本当に鋭いんだから!


 ふう、ゆっくりしていられませんわ。

 そうと決まれば……!!


「エマ! 準備を!! 徹底的に磨きあげますわ!」


「それはなりません」


「何故ですの!?」


 私の決意と気合いが宙ぶらりんですわ!


「昼食を取り身支度をして、まだ決まっていないアクセサリー類を決める為に出掛けなければいきません」


「……『イレーネ』はまだまだ完成しないのでしょう?」


「しないからこそ、今のうちに準備するのです」


 私はまた何時間拘束されて、着せ替え人形にならなくてはいけないんですの!?


「これも奥様のやるべきお仕事です。さ、準備して行きますよ」


「嫌ですわーーー!!!!!」


 私の抵抗も虚しく、無駄に握力と腕力の強いエマによって私は引きずられていきました。




「あぁ……」


 着せ替え人形になった私は、すでに帰りの馬車の中でグッタリですわ。

 あの人との仲直り、サリーナ様の一大事という事を経た今、前よりは『イレーネ』完成披露への緊張はありません。

 むしろ、若干待ち遠しいです。

 それでも、何時間もの着せ替え人形は疲れるのです。


 あの人の帰りをキレイに着替えて出迎えたかったのに、すでに外は真っ暗。

 帰宅したら、すぐに夕飯になる時間帯ですわ。


 せめて、髪を整え直す時間くらいはあるかしら?

 私だって恋する乙女です。

 好きな方には、キレイな自分を見ていただきたいですわ。


 そんな願いもむなしく、私は既に帰宅していたあの人に、若干ボサボサな自分を見られる事になったのですわ。


「お帰りなさい、イレーネ嬢」


「ボサボサな私を見ないでくださいませー!!」




「どんなイレーネ嬢も、私はとてもキレイだと思いますよ」


「その言葉で、少しは救われますわ……」


 ボサボサな髪を整え直し、着替えてから、あの人と二人で夕飯を取っております。

 結婚してから初めての二人での夕飯ですのよ。

 あの人が無能当主からの嫌がらせ等で時間をとられていましたから、全然帰宅できていませんでしたの。


 シェフもその事を意識したのか、いつもより少しだけ豪華なメニューですわ。

 飾られている花も、いつもより少しだけ多いですわね。

 ありがとうございます、皆さん。

 後で、お礼を言いに行きましょう。


「そうだ、頼まれていたサリーナへの謝罪の件なのですが。とてつもなく戸惑っていましたが、『イレーネ』完成後でよければいいそうですよ」


「ありがとうございます。私は謝罪をする側なんですもの。サリーナ様の都合に合わせますわ」


 ああ、なんて夫婦らしき会話なんでしょう。

 本当に、愛するあの人と夫婦になれたんですのね……


 ……いえ!まだ真なる夫婦ではありませんわ!!

 だ、だって……ゴニョゴニョをまだしていませんもの。

 自分から誘うというのも……はしたなすぎですわ。

 私にはまだできません!


 1人であたふたしていたら、あの人が心配そうに声をかけてきました。


「イレーネ嬢? どうしましたか? 体調が悪いのですか?」


「な、なななな何でもありませんわ!!」


「そうですか?何かあったら、すぐに言ってくださいね」


「もも、もちろんですわ」


 あ、そうですわ。

 孤児院にへの奉仕活動に行きたいことを伝えなくては。


「孤児院にですか? それはもちろん構いませんよ。ですが、気を付けてくださいね。無能当主は捕まって裁判の準備中で牢に捕まってますが、何もないとは言えませんから」


 もちろんですわ。


「イレーネ嬢は、子どもが好きなのですか? 式が終わった後、庭から覗いていた子どもたちを笑顔で見ていましたよね」


 ……なんか、バレていましたわ。


「子どもたちを幸せそうに見るあの笑顔に、私は見とれていたんですよ」


 照れながら笑うあの人に、私も見とれます。

 は、恥ずかしいですわ。

 見られていたなんて。

 でも……


「そうですわね。子どもたちの笑顔を見ていると、とても幸せな気分になれますわ……できれば、子どもは大勢ほしいですわね」


「ブッホ!!!」


 あら?どうしたのかしら?

 あの人がすごい勢いでむせて、ルーカスに背中をさすられてますわ。

 背後から、エマの呆れたようなため息も聞こえます。


「奥様、子どものおねだりは二人っきりの時にしてください。流石にはしたないですよ。まだ年若いメイド達に、下話を聞かせてはいけません」


「!!!!?????」


 慌てて周囲を見渡せば、皆赤面したり苦笑したり……

 あああぁぁぁあああ!!!!


「ち、違いますの! 私はおねだりしたつもりではなく! 希望や理想を話しただけですの! 違いますの!」


「旦那様、良かったですね。ちゃんと男を見せるんですよ」


 ルーカスが、あの人をさすりながら励まします。


「いいですか、皆さん。夜に旦那様と奥様の部屋に近づいてはいけませんよ」


「かしこまりました、メイド長さま」


 いつも真顔な白髪混じりのメイド長が、若干微笑みながら年若いメイド達に言い聞かせます。

 シェフ達も調理場から顔を出して、ニコニコ顔でうんうんと頷いております。


「だから、違うんですのーーー!」




「……」


 食後、「後は、夫婦でどうぞごゆっくり」とルーカスとエマによって、私とあの人は私の部屋に放り込まれましたわ。

 どうしていいかわからず、二人ともそわそわもじもじしております。


 椅子に座って、テーブルを挟みながら向かい合っています。

 そわそわもじもじしながら、互いに時折チラッとし、目があった瞬間、互いに全力で顔を背けて、そわそわもじもじです。


 かれこれ、すでに30分はこの状態ですわ。

 どうしましょう。


「あ、あああああの、イレーネ嬢!」


「は、はい! 何でしょうか、マルグス様!」


 ひっくり返ったような声なあの人。

 私も緊張&ビックリしすぎで、変な声になってしまいました。

 ですが、そんな事を気にしている余裕はございません!


「あ、あの。せっかく二人で同じ部屋にいるんですから……一緒にソファーに座りませんか?」


 そうですわね。

 何故私達は、ソファーがあるというのに、わざわざ向かい合って一人がけの椅子に座っているのでしょう。


 二人でソファーに移動します。


 ……ああ、隣に感じるあの人の温もりが、心地いいですわ。


「あの、イレーネ嬢」


「はい、マルグス様」


 あら、真剣なお顔。


「改めて、謝罪させてください。私の不手際で、貴方にとても辛い思いをさせた事を。そして私を見捨てずに、夫婦でいてくれる事に感謝を。あ、ああああ愛して…………す……」


 最期が聞こえなかったですけど、とても嬉しいですわ。


 あの人の手を取り、両手で包み込みます。


「感謝と謝罪を伝えるのは私の方ですわ……学生時代から酷い態度をとっていた事を、ずっと謝りたかったんですの。それに、お仕事や無能当主への対応でお忙しかったのに、サリーナ様との浮気を疑ってしまいましたわ。私も、いっぱいいっぱい、愛しておりますの……」


「イレーネ嬢……」


 やっと、やっと謝罪できましたわ。

 これできっと、仲良し夫婦になれますわ。


 ギュッと抱き締めてくれる、あの人の胸や腕のプニプニ感。

 ああ、とても気持ちいいですわ。


 ……あら?私、何かを忘れているような気がしますの。

 なんだったかしら?とても重要な事を……


 !!!!????!!!!


「あああああぁぁ!!!!」


 突如大きな声を出した私に、あの人がビクゥッ!とびくつきます。


「ど、どうしたんですか? イレーネ嬢?」


「忘れてましたの! 忘れてましたのよ!!」


「な、何が?」


「鍵! かけて、捨ててしまいましたの!! マルグス様から頂いた大切な物を! 箱にいれて、鍵をかけて、庭の池に捨ててしまったんですのよ!!」


 そうです。

 初夜が失敗に終わったあの日、私は初夜を放棄するほど嫌われていたという事に絶望し、あの人からいただいた大切な物を全て箱にいれ、鍵をかけて、その鍵を捨ててしまったのです。

 ご丁寧に、池に。


 あああああぁぁ!!!!

 仲良し夫婦になるというのに、捨てたままではいけませんわ!

 救出しなくては!


「マルグス様! 私、ちょっと池に行ってまいりますわ!」


「いけません、イレーネ嬢! もう夜なんです! 外は寒いんですよ!」


 駆け出そうとした私を、あの人が必死に止めます。


「止めないでくださいませ! マルグス様! あの箱には、私の大切な物が入っているのです! そのままになんてしておけませんわ!」


「行く必要はないんですよ! これ! これを見てください!!」


 そう言って、あの人が差し出したのは1つの鍵。

 これは……あの箱の鍵?


「どうして、マルグス様が……?」


「初夜が失敗した日、手紙をくれましたよね。その時に、エマに手紙と一緒に渡されたんです」


『これは傷ついた奥様の心です。奥様は、貴方との大切な思い出を全て閉まって、鍵をかけて目の見えないところに隠し、鍵を池に捨てました。この鍵は、私が奥様に隠れて拾ってきたものです。とても嫌で仕方がありませんが、この鍵は貴方に渡しておきます。渡すタイミングは貴方に任せます』


 エマ……あなたは、本当になんて……


「エマは、本当にイレーネ嬢が大切なんですね」


「ええ。大切な……大切な人ですわ」


「私の最大のライバルはエマですね。そうそう、他にも色々な事を教えてくれたんですよ」


「?」


『奥様は、貴方から来た手紙を何度も読み返してはニヤニヤし、初めて貰った花束をポプリにして、香りがなくなってからもずーーーーっと持ち歩いて、貴方の事を思い出しては、何かを妄想してはジタバタしてるんです! それだけ貴方を愛した奥様を傷つけた事を、海よりも深く反省してください!!』


 エーーマーー!!!!

 そこまで、バラさなくてもいいですわ!!!



 そこから、私達は二人で箱を開けました。


 あの人とやり取りした手紙。

 贈り物。

 婚約指輪。

 あの人から初めて贈られた花束で作ったポプリや押し花。


 一つ一つを手に取って、思い出話をします。


「……あの、イレーネ嬢これは?」


 そう言ってあの人が手に取ったのは……


「キャアーーーーー!!!!」


 私はその布を急いで取り返して隠します。

 そう、私が初夜の為に用意して着ていたネグリジェですわ。

 フリルやリボンで可愛らしい、けれども子どもっぽすぎないお気に入りのものです。


 あの人も何かを察したのか、真っ赤な顔でポリポリと顔をかいております。


「えーと……」


「何も言わないでくださいませ!!」


 そう、感想を聞くのは今ではありません!!


「後ろを向いていてくださいな」


 私は、ネグリジェをベッドの掛布の下に念入りに隠します。

 見てもらうのは、今ではないのです。


 私に背中を向けて立っているあの人のところに戻り、キュッと軽く上着をつかみます。

 恥ずかしいですが……女は度胸なのです!


 自分の意見をハッキリと伝える女性の方が、今はモテモテと聞きましたわ!


「あ、あの……明日の夜のマルグス様の時間を、私にいただけませんか? あれは初夜の為に用意したものなので、ちゃんとマルグス様に見ていただきたいのですわ……」


 今でもいいのでしょうが、初めての事なんですもの。

 変なところばっかり見せているのです。

 キチンと準備して、キレイな姿も見てもらいたいのです。


「マ、マルグス様!?」


 ヘニョヘニョと座り込んでしまいました。

 両手で顔を覆っていますが、隠しきれていませんわ。

 耳も頬も真っ赤です。

 真っ赤な時と通常時では、プニプニ具合は違うのでしょうか?

 今度、試してみたいと思います。


 何かを決心したかのように顔をあげたあの人が、私の両手をギュッと握りしめます。


「解りました。私も男です、覚悟を決めます。明日は、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。マルグス様」




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