12 愛は戦い、お肉はプヨプヨ
「えーと……あの……それはオルトマンの……」
「もしかして、お母様が原因ですか?」
「ええ……まあ……」
お母様……!
またしてもですか!
古き良きを大切にするお母様は、卒業後すぐの結婚にこだわったそうです。
昔の貴族の子女は、卒業後又は在学途中での結婚が多かったそうですから。
「本当は奥様が学校に通う事も、オルトマンの奥様は大反対だったんですよ。オルトマンの旦那様の説得でなんとか納得したものの、在学途中での婚姻にもこだわっておられましたから。何度も何度もお見合い話を持ってきていたんです。その度にオルトマンの旦那様が必死に止めていたんですよ」
エマが内情を暴露してくれました。
……そうだったのですか。
お父様、多大なるご迷惑をおかけしました。
そして私の学園生活を守っていただき、誠にありがとうございます。
「奥様、結婚が早まったのはブルタンの事情もありましたから、落ち込むことはございませんよ」
え?
「ちょ! ルーカス何を!」
何故、あの人が慌てるのですか?
私はあの人を問い詰めます。
「いえ、あの……本当は、卒業後1年たってからという話だったんです。それまでゆっくりとお互いの恋心を育て交流してはという事で。ですが、私が早めにイレーネ嬢と結婚したいと我儘を言ったんです……」
え?
「会う度会う度にイレーネ嬢に惹かれていきまして……こんなに素敵な女性なら、他の男性も好きになってしまう。そうなっては困ると思いまして……私は女性に好かれる容姿をしていませんから……」
あの人が真っ赤な顔で、自分のお肉をモニュモニュと揉んでおります。
可愛い、可愛いですわ!!
というか、今、私は愛を告白されましたか?
ひ、惹かれてしまったとか、素敵とか言ってましたわよ?
……!!!!!??
どうしましょうどうしましょう!!
気づいた瞬間、私も真っ赤ですわ。
顔が火照ってます。
自分の両頬を手のひらで包みながら、チラリとあの人を見ます。
め、目が!目があってしまいましたわ!
私は恥ずかしさのあまり、慌てて目をそらします。
これは、チャンス!チャンスですわ!
私も愛を伝えるのです!
ああ、でも、どうやって伝えればいいのですか?
私が逡巡している間に、あの人が口をひらきます。
「私の我が儘で、イレーネ嬢の時間を奪ってしまって申し訳ありません。本来なら貴方には、もっと多くの自由な時間があったのに」
「そ、そんな事ありませんわ!!」
あら、何て伝えるか決まってませんのに、口をひらいてしまいましたわ。
でも、あの人の悲しそうな顔を見ていられませんでしたのよ。
「わ、私は結婚が早くて嫌だなんて思っていませんわ! 会う度に惹かれていったのは、私だって同じなんですのよ!」
「え?」
あの人が驚いて顔をあげます。
は、恥ずかしいですわ……
でも、ここが正念場なのです!
私は自分を奮い立たせます。
「優しいところに惹かれていきましたわ。でも、学生時代ずっと失礼な態度をとってしまって、ずっと謝罪できなくて……伝えられなくて……会いに来てくれる頻度も少なくなって……ずっと……ずっと嫌われていると思っていましたの」
「そ、そんな事ありません!!」
あの人が勢いよく身を乗り出します。
思いっきり手をついたテーブルはガタガタと揺れ、こぼれるところだったコーヒーカップは、見事ルーカスがおさえました。
「私がイレーネ嬢を嫌う事なんてあるはずがありません! 私は生涯、イレーネ嬢一筋です!!」
まあ、なんて嬉しい言葉なのでしょう。
……でも、それならば、聞いておかなくてはならない事があります。
「サリーナ様とは、どういうご関係ですか?」
「サリーナとの関係? どういうと言われても、パティシエと担当者というビジネパートナーですが。」
キョトンとしています。
もしかして、これも勘違いなのでしょうか?
生涯一筋と言ってくれたあの人を、これからも疑ってすごしたくはありません。
「私、見ましたわ。貴方がサリーナ様の髪に優しく触れ、何か小箱をプレゼントする所を。……貴方とサリーナ様は、愛人関係にあるのではないんですか!?」
「愛人関係!? 私とサリーナが!!? ないないない! ないですよ! どうしてそんな誤解が!!?」
「キレイな小箱を渡して、髪にまで触れていましたわ! 愛人なら愛人と仰ってください! 私、覚悟はできていますわ!!」
「だから、違うんです!!」
「旦那様も奥様も、一度落ち着いてください。」
噛み合ってるよう噛み合っていないような会話を繰り返している私達に、ルーカスからストップがかかりました。
「奥様、それはいつの事だか覚えていますか?」
「えーと……結婚前の秋の事ですわね。」
便箋を買いに行った日ですから……
「正確には、10月8日午後13時26分です」
分単位の詳しい情報を、どうもありがとう。エマ。
「ふむ、10月8日ですか」
ルーカスが、手持ちの手帳をパラパラと確認します。
あの人は思い出そうとしているのか、何か必死に考え込んでいますわ。
「えーと……ああ、旦那様。あの日です。サリーナのプロポーズの日ですよ」
「サリーナのプロポーズ……ああ、あの日か!」
「プロポーズ!? 私もプロポーズなんてしてもらっていないのに、サリーナ様にはプロポーズをなさったのですか!?」
「だから違います!! あれは、サリーナの逆プロポーズで!」
「サリーナ様がマルグス様に逆プロポーズ!? いい度胸ですわ! サリーナ様に、私のマルグス様への愛を証明してきます!!」
「旦那様、少し落ち着いてください」
「奥様もですよ」
腕捲りをして、いざ出陣!と立ち上がりかけた所で、
ストップがかかりました。
あの人をルーカスが、私をエマがおさえています。
すっと差し出された、少し温くなったコーヒーを口に含みます。
……落ち着いたら、何だかすごい事を口走ったような気がしますわ。
勢いってすごいですわね。
「お二人に任せると痴話喧嘩で進まないので、私がご説明させていただきます」
失礼な、ルーカス。
痴話喧嘩なんかじゃありませんわ。
愛を勝ち取る為の、勝負ですわ!
「まず、サリーナは旦那様の愛人なんかではございません。サリーナは他に愛している人がおります。旦那様がサリーナに渡していた小箱は、サリーナに頼まれて調達したメロウライトの婚約指輪です」
メロウライト?
確か、赤やピンク色をした石ですわね。
宝石というほどには輝いていないですが、その色から愛の石と呼ばれ、庶民の間では恋人に贈る装飾品の石として大人気です。
大人気過ぎて製造が追い付かず、品薄と聞いたことがありますわ。
「ええ、サリーナはかねてから想い続けている男性に、メロウライトの婚約指輪を贈って逆プロポーズをしたのです」
まあ!なんて情熱的なんでしょう。
一般的には、プロポーズや告白は男性からの方が多いですわね。
やはり、殿方からの愛の告白を皆夢みるのでしょう。
ですが……
「その男性はどうしてサリーナ様に自分から告白しないのですか? サリーナ様は逆プロポーズをするほど、その方の事を想っていますのに」
「サリーナの想い人は、妻に先立たれた寡男です。職場の先輩パティシエで、男手一つで残された娘さんを育てています」
ブゥッ!!
や、寡男!?しかも子持ち!?
え、サリーナ様は私といくつも変わらないくらい若いですわよ?
お相手はいくつなんですの!?
「今年36歳。娘さんは10歳になります。サリーナは22歳ですから、14歳差です。娘さんを交えての交流を続けていたのですが、年が離れている事と子どもがいるので、告白はせずにお友達関係だったのです」
まあ、確かにそこそこの年齢差ですわね。
ですが、サリーナ様が22歳ならそろそろいきおくれですわ。
年頃の女性とお友達関係で、責任を取らないなんて不誠実ですわ。
「相手が躊躇しているのは、身分も関係しているんですよ」
身分?
どちらも平民ではありませんの?
「勘当されていますが、サリーナは地方の男爵家の娘です」
男爵令嬢!?しかも勘当!?
……そう言われれば、初めてお会いした時、とても優雅で気品のある佇まいでしたわ。
私、嫉妬しましたもの。
「王都に出てきた時に食べたブルタンのスイーツに感動し、パティシエになろうと決めたのですが、家は大反対。婚約させられる前に、と家を出奔。ブルタンスイーツ店の扉を叩いた。という流れです」
情熱的ですわ、サリーナ様。
「ちなみに、その時食べて感動したケーキのデザインをしたのが、今回サリーナが逆プロポーズをした相手です」
「何ですって!?」
何ですの、そのまるで物語みたいなエピソードは。
とてもロマンチックですわ。
「それで、サリーナ様の逆プロポーズは成功したんですの?」
私は前のめりになり、興味津々です。
だって、女の子ですもの。
恋物語は大好物なのですわ。
「まだ、途中ですね」
「途中?」
「サリーナは逆プロポーズした時に、『返事はまだ聞かない。自分が作成した『イレーネ』を見てから返事を聞かせてほしい』と伝えたんです。その後商品化の話が出ましたので、サリーナ的には一世一大の大仕事がまだ終わってないのです」
「それでは『イレーネ』の完成披露後に返事をお聞きになるのですね」
それは大変ですね!
早く完成させなくては!
そう考えると……私はサリーナ様に申し訳ないですわ……
サリーナ様の人生の一大事でしたのに。
サリーナ様を疑って、嫉妬して、酷い態度をとってしまったのではないでしょうか……
許されるのなら、サリーナ様が一段落した時に謝罪をしたいですわ。
その事をあの人に伝えると……
「構わないと思いますが、サリーナは全然気にしてないと思いますよ。今度、私の方から伝えておきます」
「お願いします」
……む、後1つ解決してませんわ。
「忘れてましたわ。サリーナ様の髪に触れていたのは何故ですの」
「それは、サリーナの髪に葉っぱがくっついていたからです。ですが、年頃の女性の髪に触れたのは失礼でしたね。誤解をさせてすみませんでした」
あの人が頭をさげたので、慌ててとめます。
「い、いいんですのよ。私も、その場で聞けば良かったですわね。そうすれば、こんなすれ違いもありませんでしたのに」
「ですが、これですれ違いや勘違いもなくなりました。夫婦として再スタートできます」
何てお優しい言葉なのでしょう。
「マルグス様……」
「イレーネ……」
テーブルを挟んで見つめあいます。
ああ、なんて幸せなのでしょう。
「はい、そこでストップですよ」
パンパンとルーカスが手を打ち鳴らし、甘い空気はとたんに消えてなくなってしまいました。
「ルーカス、邪魔しないでくれないか」
そうですわ。せっかくのいい雰囲気でしたのに。
「そういうイチャイチャとした空気は、お二人の時にやってください。一段落したのなら、お二人はまずお休みください。もう夜が明けますよ」
あら、本当ですわ。
外がもう明るくなってきております。
「もうこんな時間ですか。それではイレーネ嬢。話の続きは、また起きた時に」
「はい」
私は、にっこり笑って返事をいたしました。