作者の仕事の愚痴をとある冒険者ギルドの受付嬢に代弁させてみた。
その日、私は仕事が早くに終わり閉店作業もスムーズに進行しており久しぶりに早めに帰れることにウキウキとしながら電気を消しカーテンを閉めた。
ここは冒険者ギルド。とある子爵領の大きな町、王都のような都会よりは全然小さいが、各地にある村よりはよほど大きい、そんなちょっと説明しがたい微妙な規模の町にある冒険者ギルドの支部だ。私はそこで受付嬢をしている。
受付嬢の仕事は、新規冒険者の登録やクエストの受注、素材の買取のようなカウンター業務はもちろんだけど、そのほかにもギルド内の清掃やその日の報告物のまとめ、お金に差異がないか確認するなど、冒険者たちの目に見えないところで色々な仕事をしているのだ。
まぁ、おおっぴらに言うものではないけれど、最近はそんなこともわからないで「受付嬢はカウンターに座ってればいいから楽な仕事だよなぁ!」なんて目の前で言われることもありちょっとイラっとすることもあった。お前らが汚したトイレの掃除してるのも私らなんだぞと、反論したくなったけどグッとこらえて我慢した。
冒険者ギルドは夜の7時には閉まる。酒場と併設してるなんて、王都のようなよっぽど都会じゃなければありえない。ましてや、うちのギルドは6人しかいなく、うち1人はギルドマスターで裏で書類と戯れてる。受付嬢は4人いるけれど、だいたい1人か2人はシフトで休みだから2人か3人でカウンターを回している。結構ハードワークである。
7時で閉まると表にも書いてあるにも関わらず、閉店5分前に駆け込みで手続きをしに来る冒険者の多いこと。せっかく閉店でまとめていた書類がこれでやり直しになってしまった。マジでキレそう。以前は8時閉店にしていたが、7〜8時に人が全然やって来なく、ギルマスの英断により7時閉店になったが7時閉店にした途端にこれである。駆け込み冒険者のせいで閉店時間が1時間縮まったのに帰る時間は変わらなかった。
ここまでで随分愚痴っぽくなってしまったけれど、本題はこれじゃないのだ。
今日は駆け込み冒険者も来なく、閉店時にまとめる書類もスムーズに終わり、清掃と戸締り確認などやり残しがないかチェックして帰ろうかと思っていた時にそれは起きた。
その時私は明かりを消し、カーテンも閉めきったギルドのロビーにいた。ロウソクの火は消してしまったので、誰がどうみても営業中だとは思わないだろう。私だって思わない。
そして、カウンターの裏の部屋、職員専用の部屋でギルマスが書類と戯れ、先輩受付嬢が本日の報告書をまとめているはずの部屋から、その声は聞こえてきた。
「すいませーん! まだやってますか!?」
このギルドの建物の出入り口は2つ。
1つは正面にある出入り口。冒険者やギルドに用がある人はこの出入り口を通って、私たち受付嬢に用件を告げる。
もう1つは職員用出入り口だ。これは正面出入り口が内側から鍵をかけるため帰る職員はこの出入り口を通って帰宅する。つまりギルド職員以外は使わない出入り口だ。建物の裏手にあるので大きな道にも面していない。普通であればここから入って来る人は職員を除いてはいないはずだ。
聞こえてきた声に慌てて職員部屋に向かってみると、職員用出入り口に若い冒険者が立っていた。いや、立っていただけじゃなくて、中にずんずんと入り込もうとしてきた。
私は非常に慌てた。なぜなら、この部屋には職員以外は見てはいけない機密書類が大量にあるからだ。
ギルドに登録している冒険者の情報や、クエストの依頼者の個人情報。プライバシーに関わることが山のように積んである。
これをこの歳若い冒険者に見られてしまったとしよう。例えばそれが病気の奥さんのために薬の材料を取ってきてほしいなんていう依頼を出してきた人の情報が書いていたとしよう。この時点で私のクビが飛ぶわけである。
いや、私のクビだけで済めば全然いい方だろう。甘く見積もってもギルマスは資格剥奪だしここの職員は全員職を失い、他の職にもつけなくなるだろう。冒険者ギルドに、そんな情報管理が甘いやつは必要ない。そして、情報管理が甘いやつはどこに行っても使えないとレッテルが貼られてしまうのだ。ギルドはもちろん、商会や貴族の使用人なんか絶対に不可能だ。だって、秘密機密を守れないのだから。
はっきり言って私は悪くない。ギルマスも、先輩受付嬢も悪くない。悪いのはどう考えても職員用出入り口から入ってきたこの冒険者だ。確かに裏の扉に『関係者以外立ち入り禁止』といった張り紙は張っていなかった。
しかし! しかしである!
表から見て明らかに閉まっているギルドの裏口から入ってきて「やってますか」ってこいつの頭一体どうなってんの!? 頭おかしいとしか思えないんだけど!?
そしてこいつのせいでろくな仕事に就けなくなるとか絶対嫌なんですけど!
「何か御用でしょうか」
私はいたって冷静に努めながら冒険者の行く手をふさいだ。角度的にかなりギリギリだけど、書類の詳細までは見えていないはずだ。
「いやぁ、クエストの報告、今日までだったんだけど忘れてて……完了報告したいんだけどダメかな?」
ダメに決まってんだろぶぁぁぁぁぁぁぁぁか!!!
お前の怠慢だろうが! なんでこっちが割食わなきゃいけねぇの!? なんなの!? バカなの!?
私は判断を仰ぐようにギルマスを見た。ギルマスは疲れたような顔を見せてコクリと頷いた。
「かしこまりました。受け付けさせて頂きますので表から入っていただけますでしょうか」
「お、ラッキー! 今行くわ!」
マジで殺してぇ。
手持ちのロウソクだけの薄暗いカウンターで私はその完了報告を受付した。先輩受付嬢が作っていた閉店報告が全部潰れた。依頼完了の報酬を渡したので金庫のお金もズレて数え直しだ。
帰る直前だったからとギルマスと先輩は帰っていいと言ってくれたけど、そんな雰囲気じゃなかったので泣く泣く閉店報告を手伝った。
まじふぁっきゅーだった。