5.「神様の仰せのままに」
「……で、いったいお前は何をしているんだ」
寝起きの頭を掻きつつ、俺は朝っぱらから盛大な音をたてて安眠を妨害するメカコに向かってそう言った。
「おや、これはおはようございます御主人様。……しかしいいですか、御主人様。その質問に回答する前に、一つだけ言っておくことがあります」
師匠の家の居間。
その真ん中で盛大な魔道具の山に埋もれて、メカコは言葉を続けた。
「健気にお掃除をするメイドロボ……それは、ベタ褒めムーブの対象ではありませんか?」
「……物を壊してなかったら考えてやろう」
「おっと、それは五分五分ですね。観測行為によって事象が確定します。つまりここにある物品を見ないことにすれば、それは永遠に謎のまま……」
「んなわけあるか」
俺は魔道具の山からメカコを掘り出して、その体に傷がついてないかを確認する。
「まったく……。魔道具はまだしも、お前自身に怪我はないだろうな」
「ええ、大丈夫ですとも。メカコはこう見えても頑丈なのです。おやおや? メカコがそんなに大事ですか?」
「当たり前だ」
俺は思わず溜め息をつきながら、床に散乱した魔道具や家具の状態を確認する。
「お前が壊れたら、俺が困る。魔道具が壊れるのも困るけどな」
「へぇ~。おやおや、メカコが一番大事と。ふぅーん」
メカコは何やら口元に手を当てて、ぴょこぴょことカカトを上げ下げしてその場で小さく跳ねていた。
……こいつ、さては調子に乗ってるな。
「……わかったら余計なことはせず、おとなしくしていてくれ」
「了解です、御主人様。メカコはこれまでもこれからも、余計なことなどまったくしませんとも」
「……うん、お前の言葉ほど信用できないものはないな。改めてそう思うよ」
俺は思わず眉をひそめつつ、物品の整理を始める。
なにやら拷問道具か処刑道具のようなものが壊れ、その破片が散乱していた。
だが幸い、値打ちのありそうな宝石やら魔道具の類は無傷のようだった。
「しばらくの生活の糧になるといいんだが……って」
俺は黄色の水晶玉を手に取って、首を傾げた。
「……どうやって換金したもんかな」
ここは山奥のど真ん中。
一度町に戻るにも、町まで歩けば三日もかかることだろう。
「そもそもあの村、人間の貨幣が使えるのか……?」
アルゴートの村はモンスターたちの隠れ里だ。
貨幣が、しかも人間のものが流通しているとも考えにくい。
そんなことを考える俺に、メカコは首を傾げた。
「御主人様は神様として認められているので、貢ぎ物が自然と大量に供給されるのでは?」
体ごと斜めに傾くメカコに、俺は首を振った。
「だからって好意に甘え続けるわけにもいかんだろう。善悪だとか何とかの以前に、そんな信頼関係は長続きしない」
そもそも供物なんてものは、本人が好きで渡すものでもある。
こちらから要求したら、それは強請りと大差ない。
俺の言葉にメカコは「うーん」と、悩むような素振りを見せ、口を開く。
「では供物の対価として、霊験あらたかなご利益を授けてあげましょう。そうすればギブアンドテイクの関係になります」
「ただのおっさんにご利益なんてあるかよ」
患部を撫でると病気が治る……だなんてこと、回復魔法の使い手でもなければありえないことだ。
しかしメカコは胸を張る。
「大丈夫です。不安を取り除くことが神の仕事であると、メカコのデータベースには記録されています。逆に言えば何もしなくとも、声をかけてるだけでオッケー」
「オッケーなわけあるか。それじゃただの詐欺師じゃないか」
「いいえ、違います。ハッピーを与えるんです。いっそのこと、幸福は市民の義務ということにしましょう。幸せが集まる永久機関の理想郷です」
「それは理想郷じゃなくて地獄と呼ぶんだ。覚えておけ」
俺はまたも溜め息を漏らしつつ、散乱した魔道具の片付けを終える。
「……それにな。”無償の好意”なんてものは、怖いもんなのさ」
「それは御主人様がひねくれているだけなのでは?」
「うるさい」
否定できないのが辛いところだ。
俺はそうしてメカコ相手に軽口を叩きつつ、村の様子を思い出す。
村の様子に、俺はどこか違和感を感じていた。
「神様、ね」
俺はメカコを眺める。
――幸い、こんな都合の良い研究資材が揃っているんだ。
この状況を維持するために、利用できるものはなんだって利用してやろう。
かといって、勝手気ままに振る舞って魔術師ギルドの二の舞になるのはごめんだ。
俺の存在価値を、村のモンスターたちに示してやらなければいけない。
そんなことを考えながら俺がメカコをまっすぐ見つめていると、彼女はその視線に気付いて両手の人差し指をこちらに向けた。
「……ははーん。メカコに見惚れてますね? 困っちゃうなー」
「全然違う」
俺はメカコの勘の悪さに呆れながら、村での身の振り方に思いを巡らせた。
☆
「お仕事……ですか?」
俺はメカコを連れて村へ戻り、リリアに相談を持ちかけてみた。
彼女は困惑するように俺の質問に答える。
「神様にお仕事をさせるなんて、とんでもありません。わたしたちとともに暮らし、導いてくれるだけで十分で――」
彼女の言葉に俺は慌てて手を振った。
「俺は神様じゃないって。ともかく、俺はこの村の為に協力したいんだ」
しかしリリアは俺のそんな言葉にも首を傾げる。
「みんなそれぞれお仕事をしてますし、わざわざ神様にやっていただくようなことはないかと」
「……そいつは、困ったな」
少し村を廻って調べてみたが、この村では予想通り人間の国で流通している通貨も使えないようだった。
「……でも、どうにも俺が遊んでていい状態には見えないんだよな」
俺は周りの景色を見渡す。
牧歌的な村の景色は、のどかなものだ。
ただそれが裕福なのかどうかという面で見てみると、決して余裕がある生活ではないだろう。
壊れかけでボロボロの家屋に、村を流れる川にかけられた腐りかけの丸太。
「この村、本当にやっていけてるのか?」
それが最初に俺の感じた違和感だ。
いくら俺を神と認識しているとはいえど、この村が見ず知らずの他人を一人養うことができるのか?
俺の言葉に、リリアは困ったような表情を浮かべた。
「……生活が厳しいのはたしかです。ギリギリ冬を越せるだけの食料は確保していますが」
彼女の言葉に俺は腕を組んで考える。
いくらこの村で俺を養ってくれると言っても、村自体が破綻しては養うどころではない。
俺がこのまま村のお世話になってしまうと、共倒れになる可能性すらある気がしてきた。
「……わかった。とりあえず仕事をもらうってのは諦めるよ」
リリアの言葉に俺が頷くと、彼女は笑顔を浮かべた。
しかしすぐに俺は言葉を続ける。
「ただし、条件がある」
俺の言葉に彼女は首を傾げた。
”神様”の言葉なら、まさか断りはしないだろう。
「今日一日、お前の仕事ぶりを見させて欲しい」
リリアは俺の言葉に困惑した表情を浮かべつつも、「神様の仰せのままに」と快く了承してくれた。
そうして俺はその日一日、彼女の後を着いて回ることになったのだが――。
「はい、じゃあみんな気をつけてくださいね!」
リリアはそう言って、テキパキと村民たちへと指示を出して送り出した。
水汲み、食料調達、薪集めと、意外にも彼女はモンスターたちを統制して分業をさせている。
中には特に指示も受けずに思い思いの作業に取り掛かる者もいるようだが、体調が悪かったりでもしない限りは好き勝手に遊ぶような者はいないようだった。
他種族でいろいろな年齢であろうモンスターを統制できているのは、彼女の人柄によるものだろう。
「立派なもんだ。……俺なんて必要なさそうだな」
「本当ですか? 神様にそう言われると、嬉しいですねー」
えへへ、とリリアはその顔に笑みを浮かべつつ、食料の収められた倉庫へと足を運んだ。
「えーと、今日の分は……」
そう言いながら彼女は倉庫の中の乾燥穀物や果物を小分けにし始める。
「配給方式なのか」
俺の質問に彼女は頷く。
「はい。冬になると食料を確保するのが難しくなるので、最低限の分を共用の倉庫に溜め込んで分配する形にしています」
失礼ながらモンスターは獲物を仕留めてその日暮らし……という生活を送っているかと思っていたので、素直に感心した。
メカコも物珍しさにその様子を観察している。
「ほほう、共同体としてはたしかに望ましい手法ですね。最低限のロスで済みます」
リリアは手を動かしながら、メカコの言葉に笑みを返す。
「マータル婆さまのアイデアです。この村は元々あった廃村の跡地を利用したものなので建物は古いものですが、わたしたちが移り住んでからまだ三年も経っていないんですよ。なのでそうやって切り詰めないと、冬を越せるだけの食料が確保できないんです」
「なるほどねぇ。あの婆さんも、たまには他人の役に立ってんだな」
俺の言葉にリリアはくすくすと笑う。
「マータル婆さまがいなければ、最初の冬も越せなかったとは思います。婆さまには感謝してもしきれません」
……もしかして、ボケちまってモンスターと人間の区別が着いてなかったことなんてないよな。
そんな失礼なことを思い浮かべつつ、俺は考えを巡らせる。
しかし若い奴らが多いと思ったが、三年か。
どこかから追われてこんな山奥に来たんだろうか。
そう考えれば、人と魔族の国境線に位置するようなこんな辺境に暮らしているのも頷ける。
彼女の言葉に納得しつつ、俺はリリアの仕事を眺めていた。
「……さて、これで終わりです!」
太陽が真上に昇るぐらいの時間までかけて、リリアは村の一日分の配給準備を終えた。
メカコはちょくちょく手伝ってはいたが、俺は一切手伝わない。
この村の状況を正確に把握するためだ。
そして彼女は、自宅へと戻った。
朝から何も食べていないし、そろそろ昼時ではある。
俺が若干の空腹を感じていると、彼女は自身の家の裏手に回って斧を取り出した。
切断された生木を取り出して、それを斧で叩き割る。
パキン。
「……薪割り」
彼女は汗を流しつつ、フラフラと斧を持ち上げながら木を細かく切り分けて薪を作っていった。
「……なあ、腹空いたりしないのか?」
尋ねる俺の言葉に、リリアはハッと気付きおずおずと口を開く。
「あの、すみません、気が付かなくて……。神様、お腹空いてます? それなら今お食事を……」
「いや違う! お前だお前! ……ああもう、見てられないな」
そう言って俺は彼女の持つ斧を半ば強引に奪い取る。
「あわわ、神様にそんな……」
「いいっていいって。それよりお前さんは休んどきな」
女子供にやらせる仕事でもないだろう。
彼女は申し訳なさそうにしつつも、笑顔を浮かべた。
「……ありがとうございます」
俺はリリアの言葉を背中に受けながら、彼女の代わりに薪割りを開始する。
そして十も割ったところで腰と肩が悲鳴を上げたので、メカコに変わってもらった。
……歳のせいではなく、日頃の運動不足のせいだと思いたい。