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4.「俺は神様じゃない」

「ささ、どうぞどうぞ! こちらお召し上がりください!」


 その少女は俺の前に果物の乗った皿や酒の入った(さかづき)を差し出して、笑顔を浮かべた。

 俺は頬を引きつらせたまま、広場中央の祭壇に備え付けられた椅子に座る。


「あ、ありがとう……ございます……」


 俺は半ば押し切られる形で、少女から差し出された盃を受け取る。

 俺は神様なんかでもなければ、この村を救いに来たわけでもない。

 ただ偶然、村にやってきただけのはぐれ魔道士である。

 ……しかし。


「いやあ、それにしてもなかなか……珍しい村ですね」


 俺はそう言って、辺りを見回す。

 その集落の広場で、せわしなく村人たち――人ではないが――は食事の準備をしていた。


「天から神様がいらっしゃったー」

「これで我々の村も安泰だ!」


 見れば人間の姿に近い亜人種モンスターたちが、楽しげに会話している。

 ……そう、ここは間違いなくモンスターの村だった。

 俺が彼らの崇める”神”ではないと知られたら、ただの人間である俺はどんな扱いを受けるのだろうか……。

 そんなことを考える俺の前で、額から角を生やした少女がクスクスと笑った。


「驚かれましたか? この村ではさまざまな種族の者が集まり、暮らしているのです」


 少女の言葉に俺は静かに頷く。

 だいたいのモンスターたちは、同じ種族で寄り集まって暮らしている。

 異種族がともに暮らす魔物の国もあるが、そんなところではだいたい強弱の関係性による奴隷や家畜扱いの関係性がほとんどである。

 だから”ゴブリンの集落”だとか”魔王軍”なんてものはあったとしても、この村のように多種多様なモンスターたちが集まって暮らす村なんて、聞いたことがなかった。

 少女は言葉を続ける。


「共通点はみな平和を愛する者、ということだけです」

「平和、ねぇ……」


 たしかに村人たちの様子をみれば、そこには威嚇(いかく)や警戒などといった言葉は似合わない、和やかな雰囲気のモンスターたちばかりだった。

 下手をすれば、人間の町よりもこの村は平和なのかもしれない。

 都会の喧騒に思いを巡らせていると、角を生やした少女は俺に向かって頭を下げた。


「しかし平和を愛する者たちゆえに、我々は自身を守る力をほとんど持ちません……。――ですから! どうか神様! この村にご滞在し、わたしたちをお護りください!」


 少女は真剣な眼差しでそんなことを言った。

 それはつまり……。


「……用心棒?」

「そんな滅相もない! 神様は神様なのですから!」


 じっとこちらを見つめる少女。

 俺が人間だと理解しているのかはわからないが、とりあえず追い出されたりはしないようだ。


「……とはいえ、神様と言われてもな」


 俺は全知でも全能でもない。

 過ぎた評価は、いずれその身を滅ぼすことになるだろう。

 そんな俺の言葉に、角の少女は首を振った。


「大丈夫です! 自信を持ってください! あなたは神様ですから!」

「むしろあんたはどうしてそんなに自信を持てるんだよ」


 ――こんなくたびれたただのおっさんに。

 そんな俺の言葉に、彼女は胸を張った。


「わたしには”予知夢”を見る力があるのです」

「予知夢……?」

「はい」


 眉をひそめる俺に、彼女は頷く。


「わたしの名前はリリア。”予知夢”の固有能力(ユニークスキル)を持つ、スーパーサキュバスなのです!」


 夢魔(サキュバス)

 男性を誘惑する夢を見せるという魔族の一種だ。

 なお、スーパーサキュバスなる種族は俺の知る限り存在しない。自称だろう。

 リリアと名乗った少女は何かを思い出すように、胸の前で手を組んだ。


「そう、あれはつい先日のこと。夢に出てきた”丸い人”は言ったのです。『天から神様ババババーン!』と……」

「やけにテンションが高い夢だな。っていうか”丸い人”って何? 神様?」


 俺の頭の中に、でっぷりと太ったギルドの副支部長の姿が思い浮かんだ。

 リリアは首を傾げる。


「マータル婆さまはアカシヤ……とかなんとかって難しいことを言ってました。ともかく、その丸い人の言うことは、現実に起こるそうなのです。婆さまが『危険だから封じておく』と言って以来、わたしは丸い人の夢は見てないんですけど……」


 師匠はほとんど嘘をつかない。

 あの人がそう言ったなら、真実その力は危険なものなのだろう。

 リリアは首を振って、俺を見つめる。


「なにはともあれ、つまり村の危機に空から降りてきたあなたこそが、神様なのです! 間違いありません!」


 リリアの言葉に、周囲のモンスターたちが同調するように歓声をあげた。

 ……参ったな、こりゃ。


「神様って言ったって、何すりゃいいのか……」


「それはもう、わたしたちを導いていただければ!」


 ”導く”って漠然とし過ぎてるだろ……!

 そう心の中で毒づく俺の耳元で、それまで村の様子を興味深そうに眺めていたメカコが囁いた。


「――チャンスですよ、御主人様」


 メカコは声を潜めて言葉を続ける。


「御主人様の求めていた物が一度に手に入りましたね。(めし)、酒、女」

「お前は俺を外道かダメ人間だとでも思ってるのか」


 俺はメカコの言葉に、溜め息を漏らす。

 ……だがしかし、メカコの言うことも一理はある。

 村から支援を受けられれば、師匠の工房でも研究がしやすくなるだろう。

 代わりに何か村の仕事でも手伝えば、双方に利益のある関係を構築できるかもしれない。

 俺は、リリアをまっすぐに見つめた。


「……俺は神様じゃない」


 俺の言葉に、彼女はその表情を曇らせる。


「――でも」


 俺はリリアや周囲のモンスターたちに視線を送った。


「居候としてなら、できるならこの村に住んでみたい。……それじゃダメかな」


 モンスターたちがそれぞれ顔を見合わせ、頷く。

 リリアも笑顔を浮かべた。


「はい、もちろん! 歓迎します、神様!」


「……できれば”神様”は、やめて欲しいんだけど」


 そんな俺の願いも虚しく、村人たちは「神様に乾杯ー!」と祝杯を掲げるのだった。



  ☆



「お疲れ様です、おじさん。みんな半信半疑だった予知のお話が現実になって、嬉しいんですよ」

「……そんなもんかね」


 師匠の家までの帰り道を少女に案内されつつ、俺とメカコは森の中を歩いていた。

 以前と同じように少女は道を先導しつつ、言葉を続ける。


「おじさんのことを神様だって信じたいんです。みんな、ここでの生活が不安だから」

「……そうは言っても、俺はただのおっさんだ」


 俺の言葉に少女は笑みを浮かべる。


「でもきちんと、村を救ったじゃないですか。オークの盗賊たちは、ボク一人じゃあどうしようもできなかった」


 彼女は逃げ出そうとしたオークに立ち塞がり、それを打ち倒した。

 どうやらずっと村の者たちを助けに入るタイミングを伺っていたらしい。

 俺は彼女の言葉に、頭を掻く。


「……あれもほとんどメカコがやってくれただけさ」


 そんな言葉に、横を歩いていたメカコはギュイッと首を曲げて俺の方へと向けた。


「今のは褒められ案件ですか? メカコは褒められたんですね?」

「……ああ、そうだ。助かったよメカコ」

「やったー。褒められたー」


 俺の横で手を上げるメカコに、少女はクスクスと笑った。


「可愛い子ですね。その子は? 来たときは連れてなかったですよね」


 俺は彼女の言葉に頷く。


「師匠の家で眠ってたんだ。ゴーレムだよ」

「へえ、ゴーレム……。初めて見ました」


 どうやら彼女もメカコのことは見たことがないらしい。

 ふと、先日彼女と話した会話の内容を思い出す。


「そういえばキミ――ええと」

「クルムです」

「――クルム。キミは、師匠に修行を付けられたんだっけか」


 俺の言葉に彼女は小さく頷く。


「……はい。と言っても、ボクは何にも才能がなくて。ただ武器の扱い方を教わってたっていうだけなんですけど」

「なるほど……。たしかに良い剣筋だった」


 彼女は今、腰に差した木剣の他に、背中にも弓矢(ショートボウ)を背負っている。

 ――師匠は戦士や狩人じゃなくて魔術師だったはずだが、細かいことは気にしないでおこう。

 あの人はなんでもありだ。俺のときも基礎体力を付けさせられたし。

 ……ちなみに俺は、生粋の魔術師であり魔術師以外の何かであるつもりはない。


 横目で「褒められたー」と繰り返し言い続けるメカコを見ながら、続けてクルムに尋ねる。


「キミはこの村で暮らしているそうだけど、モンスターなのかい?」


 外見で言えば、彼女は人間に見えるが……。


「……ボクは」


 しかし彼女はそう言って、言葉を詰まらせた。

 俺はその様子に、慌てて手を振る。


「ああ、もし失礼なことを聞いてしまったようならすまん。俺は見ての通り、人間だ。モンスターと接したことなんてないし、その文化もわからない。だからキミが(あいだ)に入ってくれたら……なんて考えただけさ」


 彼女は比較的、話が通じそうに見えたというのもある。

 だからもし彼女が人間なら、仲立ちをしてもらおうと思ったのだった。


 そんな俺の言葉に彼女は足を止めると、振り返り数歩こちらに近付いてくる。


「……ボク、人間じゃないですよ」


 そう言って彼女は前髪をかき上げる。

 その額には、皮膚に覆われた小さな突起が見えた。


(つの)……」


 俺の言葉に彼女は笑うと、また山道を先導し始める。


「……村のみんなと仲良くなりたいなら、リリア姉さんを頼った方がいいかな。あの人は特別だから」

「姉さん……?」


 俺の言葉にクルムは首だけ振り返る。


「血は繋がってないけどね」


 彼女の言葉に、俺は思わず首を傾げた。


「……あの子の方がキミより年下に見えたけどな。キミの方が落ち着いてるし」

「あはは。姉さん、ああ見えてボクより少しだけ年上」


 吸血鬼(ヴァンパイア)なんかは不老不死だし、エルフやドワーフなどの長命種も見た目からは年齢がわかりにくいものだ。

 夢魔(サキュバス)にもそんなところがあるのかもしれない。


「でもきっと、おじさんならみんなと上手くやれるよ。マータル婆さまも上手くやってたんだし」

「あの人は存在自体が化物だったからなぁ」


 俺の言葉にクルムは吹き出すと、その笑顔をこちらに向けた。


「……なんにせよ、これからよろしくね。おじさん」


 彼女はそう言って足を止めて、俺に向かって手を差し出す。


「ようこそ、アルゴートの村へ」


「……ああ。しばらく世話になるよ」


 俺は少女の手を握った。

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