3.「もしかして、神様ですか?」
「インフラの整備が必要だな」
師匠の家で携帯食料と水筒の水で腹を満たした後、わずかな仮眠を済ませた俺は、家の中の物品を漁りつつそう呟いた。
床に寝転がりながら本を読んでいたメカコは、俺の顔を見上げて口を開く。
「ははーん。人間をさらってきて、それを材料にした魔力炉を作るんですね?」
「しないしないしない! 何その発想、怖っ……!」
メカコの突然の猟奇的な提案に、俺は思わず全力で首を振る。
こいつやっぱり目覚めさせてはいけないものだったのでは……?
そんな思いを頭の中に駆け巡らせつつ、俺はメカコに説明を試みる。
「この家には金になる魔道具がそこら中に転がっている。これらを売ればしばらくの研究費や生活費は調達できる」
辺りを見回す。
置いてある魔導書や魔道具の用途はわからないが、捨て値で売ってもそこそこの値段になることだろう。
「――でも、俺にはお前を研究するための魔術工房がない。そしてこの家は、そんな理想の研究施設でもあるんだ」
ここには地脈を利用した半自動的な魔術結界が張り巡らされており、生半可な魔術では侵入することすら難しいだろう。
そして防備の他にも魔術研究に必要なのが、『魔術が暴走したとき』の対処だ。
この家の中でなら、たとえどんな魔術が暴走したところで人里に影響を及ぼすことはない。
最悪のパターンを想定したとしても、来る時に少女に聞いた隠れ里と一緒にこの山が消えるぐらいで収まることだろう。
ちなみに伝説の魔術師がやたらと深いダンジョンの奥底に工房を構えているのは、そういう理由があってのことである。
「だけどこの家で暮らそうとした場合、俺が生きるために必要なものが揃ってない。こんな山奥じゃあ食料も水も調達できないし、一人で暮らすための生活の基盤がないんだ」
そんな俺の言葉を聞いて、メカコは両手の人差し指を俺に向ける。
「なるほど。てっきり御主人様はここを拠点に世界征服を目指すのかと」
「いったい何を聞いてたら俺が世界征服を目指していると思えるんだよ」
俺は頭を抱えつつ溜め息を漏らす。
「……いいか。よく聞けメカコ。お前は魔導ゴーレムとして、人に危害を加えるのは無しだ。お前はそれを了承できるか?」
内心恐る恐る俺が尋ねると、メカコは大きく頷いた。
「ええ、当然ですとも。メカコが誰かに迷惑をかけるようなぽんこつに見えますか?」
「……ノーコメントで」
俺はそれだけ言うと、来た時に身に着けていた薄手の外套を羽織る。
それを見て、メカコは起き上がった。
「おっと、お出かけですか? こんなに可愛いメカコを置いてどこへ行こうというのです。まさか他の女のところに?」
「お前は俺の恋人か何かにでもなったつもりか」
俺は護身用のための機工剣を、鞘ごとホルダーベルトで背負いながらメカコを見下ろした。
「ここに来る道中で、女の子と出会ったんだ。彼女にもう一度会いに行って、近くの村に入れるか交渉してみる。師匠は隠れ里との交流もあったみたいだから、絶対によそ者を受け入れないってわけじゃないはずだ」
見れば、俺の話にメカコはじっとその瞳をこちらに向けていた。
「……お前も着いてくるか?」
そんな俺の言葉に、メカコは両頬を指で押して口角をつり上げた。
「ええ。たとえ山の中、海の中。メカコは面白そうなところであればどこへでもお供しますとも。危険を感じた場合はいち早く離脱しますので、ご安心ください」
「……まあ壊れるよりはマシだからな。俺じゃあ復元できないし」
こいつゴーレムのくせに好奇心旺盛な奴だな……と思いながら、俺はメカコを連れて家を出た。
☆
「おや御主人様。身投げですか? たしかにそのような外見では、世を儚んで自ら命を絶つこともやむなしですが」
「やむなしじゃねぇよ。そこまで外見にコンプレックスは無い。というかそもそも身投げでもない。お前にはこの井戸が何に見えてるんだ」
俺が庭にあった屋根のない古井戸を覗き込んでいると、メカコはそんな言葉を発した。
魔術の研究には、何かと水が入用である。
普通であればすぐ近くに水源があると思い、その井戸を確認したのだが――。
「……ダメだな。枯れてやがる」
俺はロープに繋がった水桶を引っ張り上げて、そう判断した。フタが閉まっていたその井戸の中の水は、長らく人の手入れがされなかったのだろうか、既に枯れ果てているようだ。
師匠ほどの大魔術師であれば水を精製することも容易だろうし、この井戸は使っていなかったのだろう。
「とりあえず、まずはあの子を探してみるか」
昨日案内してくれた子なら、話が通じそうな気がする。
少なくともメカコよりは会話が成立しそうだった。
そんなことを思う寝不足の頭と目に、夕暮れの日差しが染みる。
「……メカコ。相手はよそ者を警戒している。だから決して刺激をせずに――」
俺がそうしてメカコに忠告をしながら振り返ると。
「――ほいさっ」
メカコはその身を翻して古井戸の中へと消えていった。
「……は?」
一瞬、俺の思考が停止する。
「……おいおいおいおい!」
そしてメカコが井戸に飛び込んだという事実を認識し、井戸の縁に手をかけ中を覗き込んだ。
「何やってんだ……!」
こんなことして、機工魔術が刻まれた大事な体に傷が付いたら……!
そんな心配をする俺の耳に、中からメカコの声が届いた。
「メカコぉぉおお――」
それは少しだけ抑揚のついた声で。
「――キィーック!」
バシュン、と何かが吹き飛ぶような音が聞こえたあと、まるで流星でも落ちたかのような激しい衝撃が地面を襲った。
「なっ……!?」
続く地鳴りに思わず俺は膝を着く。
またも井戸の底から、声が聞こえた。
「御主人様ぁー」
俺は慌てて、再び井戸の中を覗き込んだ。
「メカコ、大丈――」
「――ゲットぉ!」
「へ? ……うぉぉおおおああああ!?」
突然の浮遊感。
俺は井戸からせり上がってきたメカコに胸ぐらを捕まれ、そのまま彼女とともに空へと押し飛ばされた。
見れば井戸からは、まるで間欠泉のように水が噴き出している。
「なんじゃこりゃぁあー!」
水の勢いでメカコとともに宙へと放り出された俺は、そう叫んだ。
メカコは空中で、俺の体をグイッとその体の方へと引き寄せる。
「地下水脈を観測したので、衝撃を与えて岩盤を割ってみました。どうですか、水道ですよ。メカコのこと、褒めてくださーい」
「うおあああああああ!!!」
メカコの言葉に取り合う余裕もなく、俺は空を飛翔しながら叫び声をあげた。
☆
それは山奥の隠れ里。
「オラァ! これで全員か~?」
その村の中心となっている広場。
そこには縄で縛られたさまざまな格好をした者たちが転がされ、それを取り囲む屈強なモンスターの集団がいた。
総勢八体にもなるのは、豚のような半獣人のモンスター”オーク”の集団であった。
それらは各々がその手に曲刀を携えている。
「おいおい、食い物はこれだけかよ! まだ隠してんじゃねぇのかぁ!?」
「おかしら! こっちにもありましたぜ!」
オークたちのリーダー格であろう一際体が大きい者の言葉に、別のオークが革袋を掲げる。
その様子を見て、縛られたまま地面に転がっている髪の長い少女が声をあげた。
「それは……! それを奪われては、わたしたちは冬を越せなくなります……!」
しかしそんな少女の言葉にオークは鼻で笑うと、彼女の腹を蹴り飛ばした。
「祭りなんてやってる余裕があるんだから、少しぐらい俺たちに分けてくれたってもいいじゃねぇかよぉ~!」
「ぐっ……!」
周囲のオークたちはその言葉に呼応するように、下卑た笑い声をあげた。
そんなオークの足元で、蹴られた少女は何かをつぶやき続ける。
「……ああん? 何ぶつくさ言ってんだ、ガキ! 魔法か何か、変なこと企んでるんじゃねぇだろうな!?」
リーダー格のオークがその少女の胸ぐらをつかむ。
外見十四、十五歳ぐらいの白の貫頭衣に身を包んだ少女は、男を見下すような視線を送りつつ口を開いた。
「――神よ、彼らに天罰をお与えください……!」
どこか荘厳な雰囲気を持つその少女の挑発的な言葉に、またもオークたちは笑い声をあげる。
「……ヒャッハハ! 言うに事欠いて天罰かよ!」
オークは少女を地面に投げ捨てると、その両手を大仰に広げた。
「この世にはなぁ! 神も天使もいねぇんだよ! もしいるってんなら、今すぐ天罰でも何でも――」
「――ぁぁぁあああああ!!!」
「……あん?」
そのオークが空を見上げた瞬間。
上空から飛来した男の叫び声とともに、巨大な轟音が辺りに鳴り響いた。
☆
「おかしらー!?」
「なんだ!? おかしら大丈夫ですかい!? いったい何が起こった!?」
メカコの着地の衝撃とともに、俺たちの周囲に土煙が舞った。
どうやら人のいる場所に墜落したらしく、あたりではざわざわと声がしている。
「げほ、げほっ……! クソ……おいメカコ! ちょっと話がある!」
「ええ、思う存分メカコを褒めてください。御主人様への衝撃もすべてメカコが吸収しましたし、この着地のポーズの美しさは誰が見ても10点満点ですよ」
メカコとそんなやりとりをしているうちに土埃が収まって、周囲の状況が目に入ってくる。
「……は?」
それは異様な光景だった。
どうやら集落のど真ん中のようだ。
祭典か何かなのであろう、その広場の中央には木々で組まれた仮設の祭壇のような台が鎮座している。
昨日、道を案内してくれた少女が「村は祭りで忙しい」だと言っていたから、ここがその村で、飾られた様々な道具は祭りを執り行うための儀式道具なのだろう。
しかし、そんなことはさておき。
「えーと、これは……」
周囲には縄で縛られた、仮装した村人と思われる人々が転がされていた。
それぞれ葉っぱや仮面、ペイントなどにより着飾っており、未開の部族のようにも見える。
そしてさらにそれを取り囲んでいるのは、総勢七体ほどの凶悪な面構えをした半人半豚の獣人モンスター。
そのオークたちはこちらを見て、口々に声をあげた。
「おかしら!」
「ああ! おかしらが下敷きに!」
「なにもんだ、てめぇら!」
オークたちの声に足元をみれば、メカコの足の下に、一匹のオークが倒れていた。
オークの豚面は見分けられないが、意識を失っているそれが『おかしら』なのだろう。
――そういえば、最近この辺りにモンスターが出るとか御者の兄ちゃんが言ってたか。
俺はなんとなく状況を把握して、周囲のオークたちを見回しながら護身用に持ってきた背中の重い剣を引き抜く。
「村を襲ったオークの群れ、ってところかね……」
俺の一番近くにいたオークが、腰に差していた剣を引き抜いた。
「なんだてめぇ! やろうってのか!」
しかし俺はオークが言うが早いか、有無を言わさず瞬時にそいつとの距離を詰めて斬りかかった。
――喧嘩なんてのは、先に殴りかかって黙らせた方が強いんだ。
それは歩くトラブルメーカーである師匠の後をついて10年も旅をしていれば、嫌ってほどに身に染み付いてしまった真実だ。
「ちぃっ!」
オークは俺の剣をなんなく受け止める。
――あっ。やべぇ。めっちゃなまってる。七匹のオーク相手とか、これ勝てねぇわ。
考えてみればそりゃそうだ。
15年も研究室に引きこもってれば筋力は衰えるし、喧嘩の勘所なんて忘却の彼方である。
……とはいえ。
「――魔導式起動!」
瞬間、相手と切り結んでいた俺の持つ機工剣から、白い蒸気が上がった。
「なんだぁ!?」
その蒸気は対峙するオークの周囲に吹き上がり、その視界を奪う。
――俺は剣士じゃなくて、機工魔術の専門家なんだ。
切り結んでいるオークの剣を押し退け、すかさず大きく遠心力を付けて横薙ぎの一撃を叩き込む。
「そーらよっ!」
「ぐぇっ!」
オークは峰打ちの一撃を腹に受けて、呻きながらその場に倒れた。
それを見た周囲の別のオークたちが、次々に剣を抜いて俺を取り囲む。
「こいつ……! 見た目よりできるぞ!」
「しがない見た目のおっさんで悪かったな」
俺はそう言って周りを見回す。
二匹地面に転がっており、今の状況は一対六。
こいつはどうにも分が悪い。
そんなことを考えている俺の横で、メカコが口を開いた。
「おおっとこれは暴徒に囲まれてしまいました。こんなことが起こるからこそ反逆者は粛清するべき、と時の為政者は言うのです」
「そいつはいったいどんな暴君だ」
俺の言葉を無視して、メカコは話を続ける。
「それはさておき、御主人様。さきほどの命令は『人に危害を加えない』でしたね。目の前の獣人は、果たして人に含まれるのでしょうか?」
「……ああ? 人であろうがオークであろうが、誰かに迷惑かけるやつは殴って黙らせるのが善良な市民の義務なんだよ。師匠が言ってた」
「おや、それはなかなかクレイジーな義務ですね。ですがわかりやすい。メカコ、そういうの好きですよ」
メカコはそんな風に言って、オークたちを見据えた。
「というわけで、命令の更新を確認しました。――彼らを鎮圧対象に設定します。作戦目標、暴徒の鎮圧」
メカコはその体を低く構える。
「状況を開始します」
瞬間、メカコの体が跳ねた。
一息で手近なオークに近付くと、その胸ぐらをつかんで別のオークへと投げ付ける。
「うぎょぉお!?」
オークは声をあげながら、その巨体の重さを感じさせないほどの速度で宙を舞う。
そしてメカコは自身の体がその巨体の死角になるよう、投げられたオークの影を縫うように駆け抜けた。
別のオークの元まで近付いたメカコは、オークが対応する間もなくその鳩尾目掛けて拳を放つ。
「ぐへぇっ!」
投げたオーク、投げられたオーク、そしてそれを目眩ましにして懐に入り込まれたオーク。
その三匹のオークの、悲鳴が重なった。
「対象沈黙。残数三。鎮圧を続行します」
一瞬で半数を打ち倒し、メカコは残りのオークに視線を向ける。
「な、なんだありゃあ!?」
そう叫ぶオーク目掛けてメカコは一気に近付き、その剣を素手で叩き折ったかと思えば瞬時に腕を取って地面へと叩き付ける。
力任せに叩きつけられたオークは、そのまま気を失った。
「……おいおい、マジかよ」
……あいつ、あんな戦闘力の高い魔導ゴーレムだったのか。
思わず感心してしまう俺をよそに、残りのオークが悲鳴に近い声をあげて俺たちに背中を向けた。
「な、なんだあいつ! 逃げろ!」
二匹のオークたちは我先にと逃げ出し始める。
しかし、そこに立ち塞がる影が一つ。
その姿に俺は見覚えがあった。
「――あれは、昨日の……?」
そこにいたのは、俺を師匠の家まで案内してくれた少女だった。
彼女はその手に持った木刀をオークに向けて構えると、掛け声とともにそれを振るう。
「――たぁぁっ!」
その一閃は逃げ出そうとしていた片方のオークの頭を殴り飛ばし、一撃で昏倒させる。
そしてもう一方のオークはそれに怯んで足を止めて――。
「――ぶぇへっ!」
最後の一匹は後ろから追いついたメカコが蹴り飛ばして、地面へと倒れ込ませた。
メカコは周囲の様子をもう一度見回して、ドヤ顔を浮かべ口を開く。
「状況終了。パーフェクトです、御主人様」
俺はそんな短時間での出来事の連続に、思わず呆然と口を開けてしまっていた。
「……ええと」
俺は周囲に縛られている村人たちを見回す。
「……お怪我は、ありませんか?」
俺の言葉に、周りの村人と思わしき者たちは頷いた。
そしてそんな中、何やら祭りの儀礼服のようなものに身を包んだ髪の長い少女が、俺の足元で声をあげる。
「――ああ! もしやあなた様は、いえ、あなた様こそが!」
その少女は縛られたまま俺を見上げると、その瞳を輝かせた。
「我々を救うために降臨なされた、神様なんですね!?」
彼女はそんな言葉とともに俺を見上げる。
「へ? いや、俺は――」
俺は言いかけ、彼女の額にある角に気付く。
改めてその顔をよく見れば、彼女の額には直接皮膚から生えた角が存在していた。
もちろんそんな身体的特徴は、人間には存在しない。
――この子、魔族か……!?
「おお、神様だって!?」
「空から降ってきた! 神様ー!」
周りの村人たちも、彼女と同じように喜びの声をあげながらこちらに顔を向ける。
その格好から仮装と思っていた彼らの姿をよく見ると、仮面の下から覗かせるその姿は、亜人種や獣人種などの多種多様なモンスターたちのものだった。
「ありがたやありがたや……」
「神様! 我々をお導きください!」
――もしかして、この村は……!
俺は頭の中を混乱に支配されながらも、なんとか絞り出すように一言だけ声を漏らす。
「……いいえ、人違いです」
メカコがのびたオークたちをひとまとめにして積み上げる横で、俺はモンスターたちの神様コールを受けながら頬をひきつらせるのだった。