12.「ありがとうございます、神様」
「メカコォ……キィーック!」
ドゴォ、と鈍い音を立てて、ドラゴンの頬が蹴り飛ばされた。
メカコが炎の合間を駆け抜けて跳んだ後、その顔に一撃を入れたのだった。
しかしドラゴンはそれにひるまず、メカコを噛み砕こうと口を開く。
「――ていっ!」
メカコは蹴りの遠心力を利用して、空中でそのまま回転しドラゴンの牙へと二撃目の蹴りを加えた。
ドラゴンの牙を足場にして、真横へとメカコは跳ね飛ぶ。
「忌々しいっ!」
ドラゴンはそれに合わせて翼をはためかせた。
空中を滑空するメカコを翼が打ち落とし、メカコは背中から地面に落ちる。
「……むむ。損傷率7%。殲滅対象の損害は不明」
地面に叩きつけられたメカコを、ドラゴンが見下ろした。
「今のは少ーしだけ……痛かったぞ!」
その口の中に炎が宿る。
メカコは慌てて起き上がるが、タイミングが遅れた。
だが――。
「――ブフォッ!」
ドラゴンは咳き込むようにして、炎を明後日の方向に吹いた。
その首に、一本の”薪”が突き刺さった為だ。
「……おお、当たるもんだなぁ」
「こ、こんな使い方して大丈夫なんですか?」
俺の言葉に、リリアは困惑するような声を上げる。
俺たちの前には、以前作った薪割り機があった。
それはリリアの魔力を込めることで、当初の機能から逸脱した投石機になる。
「なぁに、壊れたらまた作ればいいさ」
30メートルも離れれば命中精度は落ちるが、相手のブレスが届く距離ではない。
相手の図体が大きいのでそうそう外れるもんでもないだろう。
「この……!」
ドラゴンはこちらを向く。
その視線には明確な敵意。
だが――。
「メカコパーンチッ!」
「ぐっ!」
その隙を突いて、メカコの右フックがドラゴンの鼻先を弾いた。
メカコが戦線を維持する限り、固定砲台となっているこちらにドラゴンの攻撃が届くことはない。
ドラゴンはメカコへと意識を戻す。
「ブート・オン!」
リリアの声が響き、ドラゴンの腹部にはまたしても薪が撃ち込まれた。
薪は薪でしかないので竜の鱗を貫くほどではない。
しかしそれでも、衝撃事態は内部へと伝わっているはずだ。
その証拠に鬱陶しそうにこちらを見ている。
「……フン!」
ドラゴンがメカコに牽制の炎を次々と放ち、距離を取らせる。
――予想通り。
おそらくドラゴンは――。
「こんな児戯に付き合ってられんわ!」
ドラゴンはそう言うと、翼を広げた。
固定砲台があるなら、その射程範囲の外へと逃げればいい。
子供だってそれぐらいわかる。
だからこそ。
「――なっ!?」
飛び上がろうとするドラゴンの左翼が傾げた。
そこに絡みつくのは無数の糸。
「ぬおおお……!」
バランスを崩し、飛び残ったドラゴンは地面へとその身を倒した。
「――やっ、やったッス……! ひぇっ! こっち見た!」
ドラゴンの足元で声をあげたのは、アラクネのマリノハだ。
打ち合わせ通りに行動してくれたマリノハは、ドラゴンの視線におびえて全力で逃げ出す。
「――よし今だ、ブチ! リリア!」
「オッケー! ブチさん頑張るぞー!」
ブチはそう言うと、背中にリリアを乗せて駆け出す。
そしてそれと同時に、目過去の後ろで待機していたクルムがドラゴンに向かって走り出した。
「うあああああ!」
恐怖を打ち払うように叫びつつ、機工剣を持った彼女は、突っ伏したドラゴンの背中を駆け登る。
普段から山を駆け巡っている彼女にとって、それは障害物にすらならないだろう。
「クルムさん! 三歩向こうの、欠けた鱗です! そこだけ体温が少し低い……!」
クルムと一緒にドラゴンに近付いていたナナナが声を上げた。
クルムは三歩大股で跳ねると、機工剣を振りかぶる。
「てやあああ!」
クルムは叫びながら剣を振り下ろした。
機工剣は竜の鱗を破り、その首筋に突き立つ。
「――いったぁぁぁ!!」
ドラゴンは叫んで、その身をビクビクと跳ねさせた。
クルムがその勢いでその背中から跳ね飛ばされ、それをメカコが空中で受け止める。
「ぐ、ぐぐぐ……! 何が……! 何を……!? 我が最強の鱗が……!? チクって、チクって……!」
ドラゴンが混乱している間に、ブチがその背中の荷物を届け終える。
「ええと……」
リリアがドラゴンの背中に降り立ち、機工剣へと手を触れた。
「コントロール・オン……!」
リリアに教えた呪文を唱える。
するとドラゴンの背中から蒸気が上がった。
「熱っ! 熱つつつつ!」
どうやら炎を吐くドラゴンとはいえど、その鱗の内側まで熱に耐えられるわけではないらしい。
リリアはその手に力を込めつつ、ドラゴンへと語りかける。
「……これが最後の交渉になります」
リリアの魔力は膨大だ。
薪割り機をカタパルトにしてしまうぐらい。
それは人間の魔力量とは桁が違う。
「動けば内側から焼き焦がします。関係ないことを答えても焼きます。発言にはご注意ください」
全て事前に教えていた交渉術だ。
……うん、あくまでも交渉だ。
恐喝でも恫喝でもない。
だいたい、喧嘩は舐められたら負けなのだ。
それは人間同士だって、魔物が相手だって同じことだろう。
「……私たちに干渉しないこと。そしてすぐさま立ち去ること。二度と村に近付かないこと。それが守れるなら、許しましょう。それができないなら、この場で焼き殺します」
……ハッタリだ。
いくら機工剣が蒸気を精製するとはいえ、機工魔術はその媒体たる魔具が破損すれば効果を発揮しなくなる。
よって剣が溶融するほどの出力を出すことはできないし、その限界まで出力を上げたところでドラゴンの首の中まで焼けるかどうかわからない。
いや、おそらくはそれでドラゴンを殺し切るようなことは無理だろう。
だがこの場合、機工魔術というマイナーな魔術ということが役に立つ。
いくらドラゴンとはいえ、機工魔術の詳しいことまで知ってはいないはずだ。
つまり人でたとえるなら、未知の武器を首筋に押し付けられているに近い。
「――わかった」
しばし悩んだ後、ドラゴンはそう答えた。
俺は胸を撫で下ろす。
どうやら、俺たちに手を出すのは得策ではないと納得してくれたらしい。
「だ、だが! 少し待って欲しい! 話を聞いてくれ!」
ドラゴンはそう言って、両手を投げ出して腹ばいになった。
……おそらくは降伏のポーズなのだろう。
そんな体勢で、ドラゴンは言葉を続けた。
「お前たちに従うことにする! 逆らわないし、謝る! だから……その……」
ドラゴンは悲痛な面持ちで、空に向かって吠えた。
「――この村に置いてくれっ! 一人の冬はもう嫌だぁー!」
そう言うと、ドラゴンは子供のように大粒の涙をこぼしだす。
……ええとこれは。
「……どうしましょう」
リリアは俺に向かって、そう尋ねた。
……俺に聞かれても。
「……まあ、話ぐらいは聞いてやってもいいんじゃないか」
俺の言葉にリリアは頷くと、剣を抜く。
やや肉をえぐるその行為にドラゴンは呻き声を上げつつも、剣が抜かれてもおとなしく体を伏せ続けるのだった。
☆
冬が来て雪が降り山を覆い隠す。
そんな中で食料のやりくりをしつつ、内職に精を出す日が続いた。
「――飽きたー」
「うんうん、飽きたなー」
ラミアのナナナが暖炉を前にして、角を生やした少女とちくちく裁縫をしていた。
ナナナも後輩が出来たことで仕事を教えるようになったためか、内職をそつなくこなすようになっていた。
「お前らなんでうちにいるんだ」
そもそもここは師匠の家なので俺が言うのもおかしな話ではあるが、それでも言わずにはいられまい。
彼女たちにも普通に住む家がある。
「何を言う。我々にとって冬の寒さとは耐え難いものだ。よって隙間風一つないこの家を我々の住居とするべきなのは、お前の義務であるぞ」
そう言ったのは角の少女だ。
「……お前な。外に放り出すぞ」
「やめるのだ。本当にやめるがいい。我々は体温を調節するのは得意ではない。放り出されては死んでしまう。こうして体は小さくしたのだから、態度ぐらい大きくても大目に見ろ」
「自分で言うことじゃないだろ」
人化の術を使ったドラゴン――リャンと名乗った少女は、そう言った。
ドラゴンにしては体が小さい……つまりは彼女は子供のドラゴンだったわけだ。
しかし聞けば彼女も行くところがなく彷徨っていたようで、この山に住む「魔物の里」の噂を聞いてやってきたらしい。
……ようはつまり、彼女は仲間に入れて欲しかっただけらしい。
最初からそう言えば良かったのだが、コミュニケーション能力に難があるようだ。
ドラゴンは生後すぐに独り立ちさせられる、孤高の種族だからな……。
彼らは食料の関係で、縄張りを同じくする群れを作りたがらない。
彼女も小さな姿になるのは本当は嫌らしい。
俺は溜め息をつきつつ、二人の様子を見ながら溜め息を吐いた。
「……まあいい。そろそろ晩飯作りにリリアのとこに行くぞ」
俺の言葉に二人は作業中の布を放り出し、身支度を始める。
冬の間はリリアの家に集まり、一度に食事を作ってみんなで食べるのが習慣となっていた。
そうすることで食料の消費を効率的に行う為だ。
俺は振り返り工房の奥へと声をかける。
「メカコ、お前は行くか?」
「――ええ、当然ですとも。見せてやりますよ、新造の追加機工、調理デストロイヤーを」
メカコはそう答えて、武術のようなポーズを取ってみせた。
「そんな機能は付けてないが。というかデストロイヤーってお前。いったい何を破壊するんだ」
「料理という概念です。メカコは魔導ゴーレムではありますが、学習し成長するのだという事実をご主人様にも教えてさしあげましょう」
……成長する魔導ゴーレム、ねぇ。
本当だとしたら凄いことではある。
だが今までのメカコの解析で、そんな機能が発見されてはいなかった。
あくまでもメカコは機工魔術の組み合わせによる回路であって、人造人間のようなものではない。
「……まあ、期待しているよ」
「おや、珍しく素直。ご主人様にもデレ期到来です。今夜はお赤飯ですね」
よくわからないメカコの言葉を背中に受けつつ、俺はコートを羽織って外へと出た。
外は雪が降り、寒かった。
☆
「うーん、これは……」
「……特徴的な味だね」
食卓についたリリアとクルムがメカコの作ったスープの味を批評する中、俺は首を振った。
「不味い。エグいし味も無いし食えたもんじゃない。メカコにははっきり言わなくちゃ、わからないぞ」
俺の言葉にメカコは腕を組み、眉をひそめた。
「なるほど、やはり味見のできないメカコでは不利な戦いでしたか。それではご主人様、摂食機能の増設をお願いいたします」
「んなことが出来たら苦労はしない」
そう言って俺はスープの出来損ないを口に流し込む。
メカコの分析は進んでいるが、まだまだ全体の分量から見ればわずかなものだ。
さすがに全く新しい機能を追加するほどの技術は習得できていなかった。
「まあこれはこれで」
「あはははは! まっずいなー!」
横ではマリノハとブチがメカコの作った残骸を苦もなく食べていた。
幸いにも、食材が無駄になったりすることはないらしい。
メカコはその様子を見て頷きつつ、口を開いた。
「しかし手応えは感じました。次回はきっと、全てを打ち倒す最強の料理ができることでしょう」
「まず前提が間違ってるからな。料理は武器じゃない」
「えっ」
メカコの反応にリリアはクスクスと笑う。
メカコの奇抜な反応も、今では慣れたものだった。
この村に来て数ヶ月。
俺たちは、彼女たちに少しは馴染めたのだろうか。
「……もう少ししたら春かな」
俺の言葉にリリアは頷く。
「……はい。春になったら何をしましょう」
「農耕だな。きっと秋と言わず、夏には腹いっぱい飯が食えるはずさ」
農具用の機工魔具は既にいくつか組み立てていた。
計算通りならそんじょそこらの畑よりも、遥かに高い効率で作物を育てることができるはずだ。
できれば出来た作物を売ったりできればいいんだが。
まあ、そこについてはおいおい考えよう。
「……春が楽しみだな」
……当初はメカコの解析が終わるまで居座れたらいいな、ぐらいの気持ちではあった。
でももう少しぐらい、この村にいるのもいいかもしれない。
俺のそんな言葉に、リリアは頷く。
「ありがとうございます、神様」
――俺は神様なんかじゃない。
でも。
「こちらこそ、信じてくれてありがとう。みんな」
この村での生活は、まるで師匠と旅をしていたときのように楽しかった。
長らくの研究生活で忘れていた感情だ。
――魔術協会に認められなくても、機工魔術でこの村のみんなの役に立てるならそれでいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は雪解けの季節へと思いを馳せるのだった。
 




