11.「だけどドラゴン相手じゃな」
俺が村にやってきて一ヶ月ほどの月日が流れた。
木々の葉は日々落ちていき、空気はどんどん冷え込む。
そんな中、冬に備えてもう少し食料の備蓄を増やしておきたいと、俺はクルムとメカコを連れて山の中を歩いていた。
クルムは一番前を歩きながら、こちらを振り返りつつ笑う。
「ブチたちは今頃リリア姉さんに、こってり絞られてる頃かな」
「……冬の間は外で活動しにくいからな。今のうちに冬にやることを仕込んでおかないといけない」
俺はクルムの後をのんびり歩きつつ、そう答えた。
三人娘は狩りが得意……とは言われていたが、裏を返せば彼女たちは狩りぐらいしかやる仕事が無かったとも言える。
不器用だったりサボり癖があったりと、彼女たちに合う適材適所を考えた結果、狩猟ぐらいしか満足にこなせそうになかったというのが正しいところらしい。
「まあ実際に冬になってからでもいいんだが、ナナナは冬眠しちまうしな」
ラミアの生態として、彼女は冬期になるとほぼ眠ってしまうようだ。しかしそれでも24時間寝続けているというわけでもなく、二、三日に一回ほど目を覚ますらしい。
そんなときに行うような工作……農具や縄、糸紡ぎなどを三人協力して行えるよう、事前に計画を立てさせておこうという目論見でもあった。
「今年は寒くなりそうだね。……ボクはそれでも外の方が好きだけど」
クルムはそう言って、髪を風になびかせながら空を見つめる。
「……また風邪ひくんじゃないぞ」
俺の言葉に、クルムははにかんだ。
三人娘に内職させたのはいいが、クルム一人で狩りをさせて何かあっても困る。
そこで俺は研究の気晴らしがてら彼女についてきているのだった。
彼女は目を俺から目をそらしつつ、口を開いた。
「あーそういえば、メカコちゃんの調査研究っていうのはどうなったんですか?」
彼女の言葉に、今度は俺が言葉を濁す。
「うん、まあ、順調だよ、順調」
そう言った俺に続いて、当のメカコが口を開く。
「御主人様はこう見えて、とても素晴らしい技術力をお持ちですよ。メカコの身体の一部をまさぐっては元に戻し、そして頭を抱える……その一連の作業は寸分たがわぬ精度で毎日のように繰り返されています。これには単純作業が得意なメカコもびっくり」
「いやいや、きちんと進んでるから! 少しずつだけど、確実に……!」
俺は慌てて言い訳をした。
実際に、牛歩ながらもメカコの解析は進んでいるのだ。
ただし新しいルーンワードが出てきては、その度に解析がストップするのも事実である。
ルーン文字の組合せによって何が起きているかを確認するには、実際にルーンを刻んで試してみなくてはわからない。
しかしこの機工魔具というやつは、実際に作ったところでわかりやすく動作してくれるとは限らないのだ。
たとえば魔力をチャージするだけの機工魔具を作っても、見た目には何が起こっているのかわからない。
数々の魔力的検証を後からすることで、初めてその機能を把握することができる。
「……俺の腕が悪いわけじゃない。そういうもんなんだよ、機工魔術の研究ってやつは」
「ええ、そうですとも。メカコは御主人様を立てるプロフェッショナルですからね。そういうことにしておきましょう。きっと御主人様はやるやつですよ。そのうち」
「持ち上げるなら、せめて最後まできっちり持ち上げろ」
俺とメカコのやりとりに、クルムはクスクスと笑いながら歩みを進める。
そして唐突に、その足を止めた。
「……あれ?」
クルムはその視線に何かを見つけたのか、空の一点を凝視している。
それにつられて、俺も空の向こうへと視線を向けた。
「なんだろう、あれ……」
クルムがつぶやく。
空を飛びこちらに向かって来ているのは、鳥……ではない。
その特徴的なシルエットに、俺は見覚えがあった。
「――隠れろ!」
俺は短くそう言って、クルムとメカコを抱き寄せる。
そのまま木の陰に隠れるようにして、その姿を覗き込んだ。
それはドンドンと近づいてきて、その大きさがはっきりとわかってくる。
俺は小声でその名を口にした。
「……ドラゴン」
それは体長5メートルを越えるような紺色のドラゴンだ。
ドラゴンとしては小型だが、それでも魔獣としては十分に凶悪な大きさと言えるだろう。
そのドラゴンは巨大な翼をはためかせて、山頂の方からこちらに向かって空を飛んできていた。
クルムとメカコを抱きかかえる俺を、影が包んだ。
俺の腕の中で、クルムが呟く。
「あっちは村の方角……! ――おじさん、戻ろう!」
「……知り合いってわけじゃなさそうだな」
俺の言葉にクルムは頷き、一緒に駆け出した。
☆
「音を立てるな。……さすがにあの図体で足元の音まで聞こえるとは思わんが」
ドラゴンは村の中心に降り立っていた。
俺は茂みに潜んで遠くからそれを覗きつつ、手でジェスチャーして後ろのクルムたちへと伏せるよう指示を出す。
クルムはそれに従い身をかがめたが、メカコは俺の手の動きを見てスクワットをし始めた。
違う、そうじゃない。
「――私たちの里に何用です!」
メカコに追加の指示を出す暇もなく、中央広場ではリリアがドラゴンに向かって声を張り上げた。
住人たちは逃げ出す者もいれば、遠巻きに身を隠しつつ覗き込んでいる者もいる。
そんな村の中心に居座る巨大なドラゴンは、リリアの言葉にその瞳をギョロリと彼女に向けた。
そしてドラゴンはリリアをしばらく睨みつけた後、その尾を高く掲げる。
次の瞬間、広場に植えられていた若木がなぎ倒された。
まるで鞭のようにしなやかに尻尾を振るい、ドラゴンはその大きな顎を開く。
「……口に気をつけるがいい、夢魔風情が」
ドラゴンはリリアを見下ろして、そう声を発した。
リリアは口を力強く結び、ドラゴンを睨みつける。
……威勢がいいのは結構だが、時と場合を考えてくれ。
俺は内心ハラハラしながら、どうしたものかと様子を伺う。
ドラゴンはこちらに気がつく様子もなく、リリアに向かって口を開いた。
「この村を我が拠点としてやろう。我に従うならよし、従わぬというなら――」
ドラゴンはリリアに向かって大きく口を開き、吠えた。
耳をつんざくような轟音が辺りに響き、周囲の村の魔物たちが我先にと逃げ出す。
「――全て残らず、喰らい尽くしてくれよう!」
ドラゴンのわかりやすい威圧に、しかしそれでもリリアはひるまない。
彼女は正面にドラゴンを見据えたまま、声高らかに言った。
「この地は私たちの安息の地。……お引き取りください!」
彼女の言葉に、ドラゴンは不機嫌そうにその眼を細めた。
小刻みに震えながらも虚勢を張るリリアに、俺は内心頭を抱える。
適当にあしらってから考えればいいものを、これだから純真な奴は。
ドラゴンは牙を露わにして、リリアに向かって唸る。
「抵抗するというなら、お前から八つ裂きにしてやろうか!」
ドラゴンが前足を振り上げる。
「――待てええ!」
声を上げたのは、いつの間にか茂み出ていたクルムだった。
「リリア姉さんから離れろ! ボクが……ボクが相手だ!」
「――クルム! 逃げなさい!」
リリアの声を無視して、クルムは手に持った木刀を構えて駆け出す。
ドラゴンはその声に反応して、クルムへと鬱陶しそうな視線を送った。
――おいおい待て待て!
「メカコ! あいつを死なせるな!」
俺の言葉に反応して、瞬時にメカコが茂みから飛び出た。
「了解しました。保護対象、ハーフゴブリンの少女クルム」
クルムの後を追うように、メカコは駆ける。
「――状況を開始します」
ドラゴンは二人の姿を確認するとそちらへと向き直り、リリアに向けていた前足をクルムに振り下ろす。
クルムは大きく飛んでその足を避ける。
そして今度は地についたドラゴンの前足を踏み台に、その体を駆け上がった。
――なんだあいつ、すげーな。
クルムの身体能力は人間よりもゴブリンよりも高い。
さすがのドラゴンもそれには驚いたのか、目を見開いて身を捩った。
だがクルムはそれに振り落とされることもなく、その首を駆け上がると手に持った木剣をドラゴンの眉間へと振り下ろす!
大きな破砕音があたりに響いた。
「くっ……!」
クルムが叩きつけた木剣は、その中腹から粉々に砕ける。
ドラゴンは不快そうに息を漏らすと、その鼻先を振るった。
「――この、雑魚がぁっ……!」
ドラゴンの顔に体を突き飛ばされ、クルムは宙を舞う。
そして彼女の体が地面に叩きつけられる瞬間、メカコが駆けつけてキャッチした。
「セーフ。バッターアウト、チェンジです。――ここはメカコに任せて、お下がり下さい」
よくわからない言葉を放ちつつ、クルムをその場に降ろしてメカコが前へと出た。
ドラゴンはその顔を歪ませて、大きく息を吐く。
「次から次へと……余程この村の者たちは命が惜しくないらしい」
ドラゴンはそう言って、口の端から少しばかり炎を漏らした。
「――逆らうというなら燃やし尽くしてくれよう!」
ドラゴンは口から火炎のブレスを放つ。
それはまるで水鉄砲でも放つかのように、勢いよくメカコに向かって撃たれた。
メカコはそれを難なく避けるが、次いで二段、三段とブレスが放たれる。
「暴徒の情報を更新中――。なるほど、分が悪い。いかにメカコとはいえども、炎は苦手です」
メカコの身体は金属や希少金属の他に、樹脂なども使われて作られている。
構造上、高温に晒されればその機能を維持することはできない。
メカコは次々と襲い来る炎を避けつつ、距離を取って武術のような構えを取った。
ドラゴンと視線が交じり合う。
メカコとドラゴンの戦いを観戦しつつ、俺は茂みの中で考えを巡らせていた。
「――さて、どうしたものか」
メカコ、リリア、クルムがドラゴンを囲み、俺はまだ気付かれていない。
一番現実的な手段としては、尻尾を巻いて逃げることだろうか。
ただし、たとえ逃げることができたとしても、この村が焦土と化しては冬を前にした住人たちが満足に生きていくことはできないだろう。
「……しかし戦うと言っても」
ドラゴンは全身を竜の鱗に覆われている。
さすがのメカコといえど、熊相手のように一撃というわけにはいかないだろう。
それどころか通用するかもわからない。
残る手段は――。
俺は背負った機工剣に手をかける。
機工剣、スチームブリンガー。
剣先から蒸気を発生させる『水』と『熱』の機工魔術を盛り込んだ、霧の剣だ。
鉱物の強度を高めるルーンも彫り込んでいる為に、硬度で言えばそこらの剣より断然高い。
「――だけどドラゴン相手じゃな」
俺は自慢じゃないが喧嘩に自信はある。
だがそれはチンピラ相手に鍛えた人間用の戦闘術だ。
師匠について旅はしていたものの、俺は勇者でもなければ冒険者でもない。
モンスター相手に喧嘩殺法がどれだけ通じるのかはわからない。
俺がそうして悩んでいると、背後から茂みをかき分ける物音がした。
俺が驚き振り返ると、そこにあったのは見知った顔だった。
「あの……あの」
恐る恐るといった様子で顔を青褪めさせていたのは――。
「――ナナナ。無事だったか」
茂みから顔を出したのはラミアのナナナだ。
外から俺の姿に気付いたらしい。
彼女は頷くと、声を震わせる。
「みんな無事だよ。リリアさんが引きつけてくれたから……!」
泣きそうな顔をしながら、彼女は言葉を続ける。
「でもこのままじゃ村が……! 神様、どうしよう……!」
「落ち着け。大丈夫だ」
そうだ、大丈夫。
俺は彼女にだけではなく、自分にも言い聞かせるように答える。
「お前たちには、俺がついてる」
こいつらに神様と言わせているんだ。
それだけの働きはしてやろうじゃないか。
……それに。
「それに俺には、お前たちがいる」
俺の言葉に、ナナナは首を傾げる。
「手を貸してくれ、ナナナ」
俺の言葉に、ナナナは不思議そうな表情を浮かべつつもコクコクと頷いてくれた。




