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10.「俺はただのおっさんだよ」

「目が覚めたか」


 ベッドに寝かせていたクルムが唸り声とともに起き上がったので、俺は声をかけた。

 彼女は頭を抱えつつ、辺りを見回す。


「……ここは」

「師匠の家だ。勝手に傷は見たぞ。折れてはないようだが安静にしとけ」


 そこは師匠の家の寝室だ。

 刺繍や手製の巾着袋に混じって、人骨の標本だとかフルプレートの鎧が飾られている。

 そんな悪趣味な部屋に転がっていた医療魔術に関する本を読み流しながら、俺はソファーに座っていた。


「ボクは熊と戦って……。そうだ、おじさん。あの熊は?」

「今頃、鍋の材料さ。あれぐらいなら一瞬で片付けられる」


 そう言って本のページをめくる俺に、クルムは驚きの表情を浮かべる。


「……凄いな。おじさん、やっぱり強いんだね」


 少女の言葉に、俺は口を閉じる。


 ……嘘は言ってない。

 クルムが食われる前に駆けつけたはいいが、俺に巨大熊なんて相手取れるわけがない。

 メカコがいなかったら、逃げられるかどうかすらも怪しいところだったろう。

 なおそのメカコによるパンチ一発で、熊さんはノックアウトしたもよう。

 ……早いとこあいつの機構を解析しなければ。

 俺がそんなことを頭の中で考えていると、クルムが頭を下げた。


「……ごめんなさい、迷惑をかけて」


 彼女は視線をベッドの上に向けている。

 俺は溜め息をつきつつ、手元の本を閉じた。


「まったくだ。酷い熱だったぞ。具合が悪いならおとなしく寝てろ」


 彼女の熱病に気付いたのは、ナナナだった。

 ラミアの瞳は温度を視認できる。

 よって彼女はいち早くクルムの異常に気付き、俺に教えてくれたのだった。


「風邪か? どうしてそんな体調で外を歩き回ってたんだ」


 師匠の張った魔術結界により、多少なりとも体は楽になっていることだろう。

 クルムは膝を抱えて、つぶやくように答えた。


「……獲物を持っていくと、みんな喜んでくれるから」


 俺はその言葉に肩をすくめてみせた。


「どうしてそんなに頑張るんだ。お前が狩りを休んだところで、すぐに村が滅ぶわけじゃないだろう」


 そこまで村の食糧事情が逼迫しているわけじゃあない。

 彼女は俺の言葉に、顔を伏せた。


「ボクが役に立たなくなったら……きっと、みんなはがっかりするんだ。だからボクは頑張らなくちゃ」


 彼女は自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 その様子は、以前のリリアの様子に似ていた。

 ……こいつ、このままだとまた倒れるな。

 俺はそう思い、考える。


「お前は……怖いのか」


 ぴくりと。

 彼女は反応してこちらを見た。


「失望されるのが怖いのか。村のみんなに褒められなくなるのが、そんなに怖いのか」


 俺の言葉に、彼女は瞳を閉じて頷いた。


「……怖い。怖いよ。優しくされたのなんて、初めてなんだ。みんなに必要ないと思われるのが、とっても怖い」


 その声は震えていた。

 リリアの話によれば、彼女はゴブリンたちの中で迫害されて育ったらしい。

 どういう経緯なのかは知らないが、リリアたちの存在が彼女を救ったのだろう。

 だからクルムは、初めて手に入れた自分の居場所が失われるのを、極端に恐れている。


「それじゃあお前は――自分を何だと思ってるんだ?」


 俺の質問の糸が理解できないのか、彼女は眉をひそめた。

 俺は言葉を続ける。


「お前はモンスターなのか、人間なのか。それともゴブリンか、村の狩人なのか」


「……ボクは」


 俺の言葉に彼女は考える。

 そしてゆっくりと言葉を紡いだ。


「……ボクは、混血だ。どっちつかずのハーフゴブリン。だからこの世界のどこにも居場所はなくて、唯一この村でしかボクは――」

「――違うだろ」


 俺は彼女の言葉を遮る。


「お前は混血(ハーフ)かもしれない。だけどそれはお前じゃない。それはたしかにお前のことを現す一面かもしれないが、それはお前のすべてじゃないんだ」


 眉をひそめる彼女に、俺は笑みを向ける。


「お前は、クルムだろ。ハーフだろうが狩人だろうが、それは一部の要素にしか過ぎない」


 俺は言葉を続ける。


「お前は狩りが得意で、村のために尽くす優等生だ。……でもたとえそうじゃなくったって、お前はお前なんだ。それを忘れるな」

「ボクは……ボク」

「そうだ。考えてもみろ」


 俺はソファーに深く腰掛ける。


「お前がもしも怠け者だったり、臆病だったり、狩りもできない、どうしようもないヤツだったとして……リリアたちはお前を見捨てたと思うか?」


 俺の言葉に、クルムは即座に首を振った。


「そんなことない。姉さんは……ちょっと抜けてて、お人好しで、騙されやすいけど――でも、とっても優しい人なんだ」


 彼女の言葉に俺は腕を組む。


「だろう? だったら、リリアを……村のみんなを信じてみろ」


「……信じる?」


 聞き返す彼女に俺は頷いた。


「ああ、そうだ。そもそもお前は村のみんなを、信じていないんだ。『期待したらいつか裏切られるかもしれない』『失望されたら見捨てられるかもしれない』……そんなふうに考えるから、『頑張り続けなくちゃいけない』と思い込んでいる」

「……ボクは……そんな……いやでも」


 クルムは俺の言葉を噛みしめるようにして、視線を伏せる。


「……きっと、そうなんだ。ボクは村の居場所を失うのが怖かった」

「そうだ。でもそれはお前の思い違いだ。お前が何もできなかったとしても、あいつらはお前を見捨てない。それは俺よりも、一緒に暮らしているお前の方がわかってるだろ」


 俺の言葉に彼女は頷く。

 俺はその様子を見て、もう一度笑った。


「よし、良い子だ。わかったら今日はもう寝ろ。回復したら、お前には村のためにやってもらうことがある。……寝てる暇なんてないぞ」


 俺がそう言うと、クルムはようやく笑ってまたベッドに横になり毛布をかぶる。


「……ありがとう。少し楽になった気がする。……さすが神様」


 そんな彼女の軽口に、俺は笑って返した。


「俺はただのおっさんだよ」


 そうして彼女を寝かしつけて、俺はメカコの解析のために工房へと戻るのだった。



  ☆



「ブチ! 獲物の視線から行先を予想して! 闇雲に走らない!」

「わかったー!」


「マリノハ! 罠は自然にあってもおかしくない位置に! カモフラージュするだけじゃなくて、設置場所も考えること!」

「は、はいッス!」


「ナナナ! ……冬眠はまだはやいよー!」

「はぁい~……」


 村の広場で、一晩寝て快復したクルムが元気に声を張り上げていた。

 三人娘を従えて、狩りへ出る準備をしているらしい。

 ――うんうん、よくやってる。


「ええと……あの子、どうかしたんでしょうか。いつもは村の外にいるのがほとんどだったのに……」


 そんな朝から元気なクルムを見て、リリアは目を丸くしていた。

 俺は笑って、リリアに答える。


「クルムには、チビどもに修行をつけてもらうことにした。この辺の地理含めて、狩りに関してはあいつに任せた方が早いからな。一週間もすれば、きっと今までより多くの獲物を仕留めて来てくるぞ」


 俺の言葉に、リリアはクルムに視線を送る。

 そして少しだけ微笑んだ。

 一夜明けたクルムは、どこか今までの一歩引いた様子がなくなっているようにも見える。

 リリアもクルムの態度に、思う所があったのだろう。


「――おや、またも御主人様大勝利ですか。順調に人身を掌握していますね。王として君臨する日も近そうです。さっそく祝杯をあげましょう」

「……お前は飲めないだろ」

「いえいえ、経口摂取機能は存在します。惜しむらくは、酩酊というバッドステータスが反映されることはないということでしょうか。メカコにかかれば純度100%のアルコールもただの水です」

「……それはなんというか、もったいないな」


 後ろからついてきたメカコとそんなやりとりをしつつ、その顔を見つめる。

 ……まだまだこいつには、未知の機能が盛り沢山だ。

 昨日熊を一撃で殴り倒したほどの出力を、どうやって生み出しているのやら。

 出力の源も、そしてその駆動方法もまだまだ解析が必要な事柄だった。

 ――だが、逆に言えばそれを解明できれば同じく応用もできるということ。


「……絶対にやってやる」


 メカコと同じ出力で動けるゴーレムを作るだけで、魔術業界をひっくり返すことができるだろう。

 量産までできれば、世界の地図を塗り替えることにだってなりかねない。

 俺はメカコの戦闘能力を見て、それを確信していた。

 ――解析した技術を持ち帰って見返してやるか……いやいや、それとも魔術師ギルドなんかで収まっている器じゃないか?

 王侯貴族や別の国、はたまた魔族……。

 売り込み先はいろいろあるだろう。

 そんなことを考える俺と視線が合い、メカコは眉をひそめた。


「……御主人様、熱烈な視線をありがとうございます。ははーん、さてはやはりメカコの魅力には敵わないということですね? いわゆる、ツンデレ」

「違う」


 俺はメカコの言葉を否定しつつも、メカコ量産化計画を脳内で展開しつつほくそ笑むのだった。

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