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1.「キミ、クビね」

「は……?」


 思わず俺は聞き返した。


「……だからねぇ。申し訳ないんだけどね、もう予算を回せないんだよね」


 でっぷりと太った魔術師ギルドの副支部長は、応接室に喚び出した俺に向かってそう言った。


「いやあさ、キミのえーと……魔道具研究?」

「機工魔術理論です」

「うん、まあなんでもいいんだけど……その研究ね。ちょっとうちとしては、研究する価値を見いだせないっていうか……」


 歯切れ悪そうに言う副支部長に、俺は慌てて弁明する。


「い、いやいや! ちょっと待ってください! ようやく研究も軌道に乗り始めたところで、この前ようやく開発できた機工魔具(メカニカルマギ)も――」

「ああ、あのオモチャね。うん、でもあんなの魔術師に必要ないでしょ。普通の兵士なんかが使うにしたって、付与魔術(エンチャント)をした武器の方が使い勝手がいいし……」


 副支部長はたくわえたヒゲを撫で付けながら、溜息をつく。


「それにね、ほら。この前、王家のいざこざで一悶着あったでしょ。次の王様、ミスティカ教に大変執心してらっしゃって、自然や魔術を贔屓(ひいき)してくれるのよね。だからキミの研究はちょっと、うちのギルドにはふさわしくなくなっちゃったのよ」


 たしかに副支部長の言うように、少し前に王都の方では政権の入れ替わりがあった。

 それによって国教とされたミスティカ教は、古くからある神秘主義を基礎として形成された宗教だ。

 一部の信仰者たちからは、機工魔術は『自然や魔術の理に反する』として毛嫌いされていた。


「で、でもだからってそんな急に……」

「とにかく、もう決まったことだから。キミの意見は聞いてないの。明日までにキミの研究室、綺麗さっぱり片付けてね」

「そ……!」


 ――そんなこと受け入れられるかぁぁー!

 俺は副デブ長を殴り飛ばし、その胸ぐらをつかんで再び頬を殴り、左右の頬を往復するように殴り続ける!

 打つべし! 打つべし!

 うおおお、俺が何年修行と研究をしてきたと思ってんじゃー! このクソデブがー!

 周囲からは歓声が上がり、俺を褒め称える!

 『初代チャピオンはジル! ジル・ライアーだー!』というコロシアムの勝利を告げるアナウンスとともに拍手が俺を包み込んで――。


「――おい、ジルくん! 聞いてるのか、おい!」


 俺は副支部長の言葉に妄想から我に帰り、慌てて引きつった笑みを顔に貼り付けた。


「……そ、そうですよねぇ。今まで、ありがとうございました……」


 無理やり絞り出した俺の言葉に、副支部長は満足したのか小さく頷いた。


「うむ……。支度金は後で渡す。マータル先生によろしく頼むよ」


 師匠の名を出され、俺は引き下がった。

 実際に殴っていようものなら衛兵に引き渡されて牢獄行きだ。

 師匠にも話が伝われば、半殺し、いや半分といわず九割ぐらいは殺されるかもしれない。

 そう考えれば、副支部長を殴るのは我慢して良かった。

 そのおかげで手切れ金……じゃなくて、支度金ももらえることだし、何とかしばらく食い繋ぐこともできるだろう。

 俺はよく耐えた。頑張ったんだ。

 そう心に言い聞かせる。

 ……ああ、それにしたってどうしたもんか。

 この(とし)で新たな職というのも……。

 憂鬱(ゆううつ)な気持ちで研究室へと向かう俺の耳には、副支部長の言った師匠の名前が残っていた。


「師匠……かぁ」



  ☆



「思えばこの二十五年間、なんの結果も残せなかったなぁ……」


 俺は背中に研究資料と一本の剣を背負って、貨物馬車の荷台に揺られていた。

 師匠に十一歳のときに拾われてからの十年間は、旅をしながらずっと修行の日々だった。


「――ああ。あの旅の間は楽しかったか」


 師匠は俺を雑用のようにしか扱っていなかったが、それでも旅の合間に強引に魔術を教えてもらった。

 その結果、魔術を使えるようになったことは嬉しかった。

 その後、師匠が姿を消して十五年。

 俺はなんとか街の魔術師ギルドに取り入って、機工魔術の研究を始めた。

 機工魔術は、俺が師匠から教えてもらった魔術の中で唯一得意な分野だったからだ。

 しかし十五年間、魔術師ギルドで研究したものの、さしたる成果は出ず――。


「完成したのが剣一本じゃあなあ……」


 たしかにギルドを追い出される名目としては十分かもしれない。

 政情だのいろいろな不運が重なってしまったこともあるだろう。

 しかし、それでも――。


「まだ、可能性は……価値はあるのに……」


 機工魔術にも。

 ――そして、俺にも。


「……はあ」


 俺は重い重い溜息をつく。

 すると馬車が止まって、御者(ぎょしゃ)に声をかけられた。


「おい、おっさん。着いたぜ」


 二十歳にも満たないであろう青年の御者に促され、俺は馬車を降りる。


「本当にこんなとこでいいのか?」

「ああ」


 そこは周囲には何もない、山道の入り口だった。


「人の趣味をとやかく言うつもりはねぇが、気をつけなよ。ここから先は魔物の領域だ。油断してると食われちまうぞ」

「忠告ありがとう。肝に命じておくよ」


 俺がそう言って後払い分の運賃を手渡すと、青年は何も言わずに馬の手綱を握る。

 ここから先は歩きだ。


「……ったく、こんな辺鄙(へんぴ)な場所に住みやがって」


 魔術師ギルドの伝手(つて)と情報網を駆使して師匠の行方を調べたところ、どうやらアルゴー山の奥に住んでいるらしいとの噂を聞いた。

 なぜそんな場所に一人住んでいるのかはわからないが、ふもとの人里にもちょくちょく姿を見せているらしい。


「はぁー……行くかね」


 山道の中を歩くだなんて何年ぶりだろうか。

 しかしそれでも、俺は行かなくてはいけない。

 師匠は性格に難はあったが、その腕は本物だった。

 それゆえに魔術業界には多くの影響力を持つ。


「頑張れ、俺……」


 そんな師匠のコネと人脈を期待して、俺は枯葉が敷かれた森の中を踏みしめて歩きだすのだった。



  ☆



「――止まれ!」


 枯葉が舞う森の中を歩き続ける俺に、突然声がかけられる。

 その声は、女性と思われるものだった。


「貴様、何者だ! 我々の村に――」


「――助かったぁぁああ!」


 俺は声がかけられた茂みの方に駆け寄り、五体投地とばかりに地面へとひれ伏せた。


「……ええっと」


 俺の見せたいきなりの土下座に、声の主は茂みの影から姿を見せる。

 それは一人の少女だった。

 16、17ぐらいの外見に、まだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。

 短めに切られた髪と動きやすそうな服装からは、どことなく健康的な美しさといった印象を受ける。

 そんな少女はその顔に困惑したような表情を浮かべながら、俺を見下ろした。


「あの……どうしましたか」


 最初の高圧的な態度と打って変わって、少女は礼儀正しかった。

 俺は彼女に向けて口を開く。


「どうも! こうも! 道も何もあったもんじゃない! 死ぬかと思った……!」


 そう。

 この山道、入り組み過ぎており俺は迷っていた。

 師匠はもういい年だ。

 老人の足でちょくちょく里まで降りてくるという話だったので、てっきり大した道のりではないと思っていたのだ。

 その場に座り込む俺を、少女は気の毒そうな表情を浮かべて見つめた。


「そ、それはお疲れ様です。しかしここから先を通すわけには……」


 何やら門番のようなことを言う彼女に、俺は首を振る。


「村だかなんだか知らないが、用があるのは俺の師匠にだけなんだ。この先を進むのがダメっていうなら、連れてきてくれないか」


 少女の口ぶりからして、この先に隠れ里か何かがあるのだろう。

 しかしそんなことは俺にはどうでもいい。

 重要なのは師匠に口利きをしてもらうことだけだ。

 俺の言葉に、少女は首を傾げた。


「師匠……? ……もしかして、マータル(ばあ)さま?」

「ああ! そうだ! あのババ――師匠がこの山に住んでるって聞いてきたんだ」


 大魔導師マータル。

 魔術師であれば一度は聞いたことがあるであろう、教本にも乗るような魔法使いだ。

 とはいえ、その実態はただの偏屈な婆さんなんだけれども。

 俺の言葉に、彼女は困ったように眉をひそめた。


「マータル婆さま、つい先日に亡くなりましたけど……」


「……へ?」


 彼女の言葉に、俺は唖然としてそう聞き返した。


「お酒を飲んでぽっくりと。遺体はすでに村の墓地に埋葬しました」

「……マジかよ」


 なんてことだ。

 殺しても死なない婆さんだと思ってたのに、大魔導師といえど寿命には勝てなかったってことか……。

 俺は思わず頭を抱えた。


「参ったな……」


 師匠を頼りにこんな山奥までやってきたのだ。

 このままじゃあ、本格的に行く宛てがなくなってしまう。

 悩む俺の様子を見て、目の前の少女は訝しげな顔をした。


「おじさん、マータル婆さまの知り合いなんですか?」

「え? ああ。昔ちょっと、あの人に魔術を教わってたんだ」


 俺の言葉に少女は「ふーん」と少し考えたあと、森の奥を指差した。


「……案内しましょうか。婆さまの家」

「へ? ……たしかに形見の一つでももらえれば嬉しいが」


 あの婆さんなら、売れば一財産になるような魔道具ぐらい持っててもおかしくない。

 俺はそんな薄汚れた発想を、頭の中で企てる。

 生きるためなのでしょうがないんだ、許してくれ。


「……でも、俺がその村とやらに入ってもいいのか?」


 さっきこの子は、「ここは通さない」とか言ってた気がする。

 首を傾げる俺に、少女は頷いた。


「婆さまの家は村から離れたところにあるんで。それに村のみんなは今、お祭りの準備で忙しいし、案内できるのはボクぐらいなんです。婆さまには村のみんな恩義がありますし、その知り合いというなら無碍(むげ)に扱うわけにもいきません」


 なるほど。

 ここに来て師匠の知名度が役に立ったらしい。

 何やら彼女たちには隠れ住むための理由があるようだし、それには触れないでおこう。

 とにかく、師匠の魔道具が漁れるようであれば文句はない。


「……わかった。案内してくれるならありがたい。面倒事は起こさないし、あんたたちには関わらない」

「うん、了解です」


 少女は俺の言葉に頷くと、背中を見せて先導するように歩き出す。


「あと婆さまの家の物は、好きに持って帰っていいと思う」

「へ? そりゃ都合が良いが、いったいどうして」


 勝手に持っていこうとしている俺が言うのもなんだが、あの婆さんのことだから素人目に見ても高価そうな物品はいくつか持っていることだろう。

 後ろをついていく俺の質問に、彼女は首だけ少し振り返りながら答える。


「そもそも婆さまの家、トラップが仕掛けられてあるから誰も入れないんだ。入ろうとした村の者が膝に矢を受けて以来、誰も近寄らなくて」

「死んだ後まで周りに迷惑かけてんのか……」


 溜息をつく俺に、少女は笑う。


「呪いの品でも放置されてたら困るし。だから遠慮せず持って行っちゃってください。……生きて帰れたら、だけど」

「いや本当、あの婆さんだとその言葉がシャレにならないんだよな」


 俺の腹には、十六歳のときに槍で空けられた穴の傷跡が残っている。

 あのときは流石に死ぬかと思った。

 そんな心温まる故人との記憶を思い返していると、少女はクスクスと笑った。


「ボクも婆さまにはいっぱいしごかれたなぁ」

「へえ。修行でもつけてもらったのか? もしかすると、お前さんは俺の後輩になるのかな」


 そんな共通の知人の会話をしながら、俺たちは山の奥へと歩いていく。

 思い出を語る少女の表情には、懐かしさと寂しさの影が混じっているように見えた。



  ☆



「解除、と……」


 俺は少女と別れたあと、(つた)に覆われた山奥の小さな家に足を踏み入れた。

 慎重に入り口にかけられた罠魔法(トラップ)を解除しつつ、少しずつ中へ進む。


「罠が念入り過ぎるだろ、あの婆さん。一個師団でも壊滅させる気かよ」


 その幾重にも張り巡らされた罠は、一流の遺跡荒らし(トレジャーハンター)だろうが容易に解くことはできなかっただろう。

 俺だって師匠の癖が分かっていなかったら、既に頭の1つや2つ吹き飛んでてもおかしくない。

 俺は一時間以上かけて二枚目の軋む扉を空けて、ようやくリビングと思わしき部屋へとたどり着いた。


「……といっても、中へ入ったところで安心できるわけでもないんだが」


 いったいどこに罠があるのか、わかったもんじゃあない。

 俺は警戒しつつも、探索を開始した。


「ジャムに漬物に……幸い腐った物とかはほとんど無さそうだが」


 そこは質素な生活空間だった。

 更にいくつかの扉を空けて部屋を探索する。

 部屋の数からして、外から見た家の大きさと広さが合わない。


「認識阻害の魔法か、異空間に繋げられているのか……あの婆さん、人格はともかく腕だけは一流だからな」


 そんなことを言っていると、開けた空間に出た。


「……ここが工房か」


 そこではぼんやりと魔力の光が灯り、数多の魔道具が散乱していた。

 なんだかオモチャ箱の中みたいでワクワクする。

 それはまるで少年の頃のような気持ちを、俺に思い出させてくれた。


「捨て値で売っても数年は遊んで暮らせそうだな……」


 しかし大人になった俺は、ついそんな風にも考えてしまう。

 まったく汚れちまったもんだ。


「……まあ下手に触ったらその瞬間に呪われそうだけどな」


 師匠はあまりそういうトラップを好まなかったが、物品自体が呪われている可能性もあった。

 俺のような半人前が軽い気持ちで扱っていいものではないだろう。


 ドクロのマークが書かれた薬瓶や、ガラス瓶に入れられたよくわからない目玉を横目に、俺は奥へと歩みを進めた。

 そんな雑多な物が溢れる中、壁にもたれかかるようにしてそれ(・・)はあった。


「なっ……!」


 思わず声が出て足を止める。

 そこにあったのは――。


「死体……?」


 それは工房の最奥で、壁に背中を預け項垂(うなだ)れている少女の体だった。

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