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私はカロリーナ。
この世界にはなくてはならない、とっても重要な人物なの。
わたしは100回以上、カロリーナとして生まれて、カロリーナとして死んでいる。
ちなみに、ヒロインではないわ。わたしの役どころは、悪役令嬢ってやつよ。
7歳でキアンと婚約、17歳まではラブラブ、18歳で学園に編入してきた先ほどの男爵家の庶子であるエリザにキアンを奪われて、嫉妬のあまりにやりすぎて婚約破棄、そして勘当と。
今はちょうどエリザが編入してきて半年くらいね。
これが大まかな流れなんだけど。
前回は失敗しちゃった。ベテランであるわたしがよ。
悪役令嬢なのに、キアンと思いが通じ合って、結婚して子供ができて、信じられないほど幸せな人生だった。キアンはずっと愛してくれていたし、わたしもずっと彼を愛していた。愛し合える人生ってこんなにも幸せなんだと初めて知った。
ついうっかりと階段から落ちて、子供が死んじゃうかもと思った時に初めてもう一度やり直したいと思ったけど。
意外なことに時間は戻らなかった。
正直、ちょっと、え???って思ったのよね。だって、わたしが強く願えばやり直しくらいするのかと思っていた。だって、何度も何度も悪役令嬢を繰り返しているわたしはこの世界にとって特別だと思っていたから。
でも違ったの。
どちらかというと世界の一部なの、わたしは。私の望みとかあんまり関係ないみたい。自分自身の思い上がりに恥ずかしくなったわ。
なんというのかしら……。
そう、突然バラの花束を捧げられながら告白されてどうしたらいいかわからない、と狼狽えていたら実は告白の相手はわたしの隣にいる人にだった、ような気まずさを想像して欲しいわ。
どう考えても当て馬でしょう?物語を盛り上げるためだけにいる存在なの。そんなちっぽけな存在の大それた願いなんて、無視されて当然だと思うわ。
……別にいいけど。
キアンが助けてくれたから。とってもかっこよかった。もう一度惚れ直してしまうくらい。
それでね、今回またカロリーナとしての人生を歩んでいる。多分、100回+アルファ+1回目の人生だ。ああ、一回リセットしてもいいかもしれない。悪役令嬢を初めて失敗したから。
新生悪役令嬢1回目とか、どうかしら?
今はそうね、キアンとはラブラブだけど、ほら見て。
ヒロインのエリザがあそこにいる。きょろきょろと誰かを探している。キアンを探しているのだろう。
毎度毎度、性懲りもなく挙動不審だ。誰とも話さず、物色してる様子は客引きにも見える。しかも、相変わらず野暮ったい。どうしたらあんなセンスのないドレスを着ようと思うのかが不思議だ。安いドレスでももっとセンスのいいものもあるはずなのに。古いドレスでもいくらでも輝けるものだ。
男の人にしたら、あの可哀想な感じがいいのかもしれない。庇護欲?というのがそそられて。ドレスも誂えないほどの可哀想さがウリなのかもしれない。
うーん、それでもダメだ。あのドレスを選ぶ感性が理解できない。多分評価は二極よね。可哀想と思うのか、あれはないと思うのか。
それとも、これからワインを掛けられるから適当で悪目立ちする安物を着ているのかしら?
ああそうだ。前回は披露できなかったけど、ワイン掛け、失敗しないようにしないといけない。わたしの磨かれた技を見せつけなければ。スナップを利かせて、そうね、胸のあたりにでも赤ワインをぶちまけようかしら。ドレスの裾なんて言う目立たないところではなくてね。
やる気に満ちているのが不思議?
今までの悲しさを払拭するほど前回が幸せすぎて、今回は気合を入れて悪役令嬢を全うしようと言う気持ちになっているの。だって、わたしの役割なのだから。前向きなのがわたしのいいところよ。
今夜のワイン掛けは新しく生まれ変わった悪役令嬢としての決意表明だわ。
「カロリーナ」
ワイングラスを持って、いざ出陣という時にキアンに声を掛けられた。勢いをそがれてしまう。
「キアン様」
「……様をつけるのは違和感があるな」
「ここは公けの場ですから」
なんだか前回もそうだったけど、いやにキアンが優しい。今回はエリザに接触する前にワイングラスを取り上げられた。ああう、わたしの武器が。
「あまり酒を飲むな。前のように酔いが回って倒れるぞ」
「そんなことありません」
「俺は抱いて帰れるから別にいいけどな。カロリーナは恥ずかしいんじゃないのか?」
「倒れないから大丈夫……」
そんな会話をしていると、驚いた場面を見てしまった。唖然として目を見開いてしまう。キアンもどうしたのかと視線をそちらへ向けた。
しんと静まり返る会場。
立ち尽くしているのはエリザと……もう一人の令嬢はワイングラスを翻した状態でいる。ぽたぽたとグラスに残った雫が垂れている。
「どうして……」
ただただ、その光景を見ていた。エリザのドレスにはワインのシミが広がっている。白ワインだったから色の薄いエリザのドレスには濡れているところが分かる程度だ。
怒りを込めて、ぎゅっと扇を握りしめた。
甘いわ。どうして使ったのが赤ワインじゃないの。
些細な失敗に思わず言葉が出そうになる。慌てて扇を広げて口元を隠した。余計なことを言いそうになるからだ。目は忙しく二人を観察する。
ショックに立ち尽くすエリザに憎々し気に睨む令嬢。
ああ、全然だダメだわ!
ワインは白だし、広がり方もいまいち。乾いてしまったら、近くに寄らない限りわからないわ。距離が近いとお酒臭いとは思うんだけど。
それから、立ち位置もそこではダメよ。見せつけるなら、もっと中央でやらないと。あんな端っこでやったって意味がない。ワイングラスだってすぐに上に向けないと。下に向け続けているから雫が落ちて、自分自身のドレスを汚している。
このワイン掛けは唯一の見せ場なのに。
腕の見せ所なのに。
こんな拙いものではダメ。やり直しさせたい。
ねえ、アドバイスをしてはいけないかしら?
え?
余計なお世話???
******
皆さん、わたしが悪役令嬢でしたの。
華麗なるワイン掛けは今のわたしには必要ない。
披露する場がなくなってしまって、少し寂しい気もする。
罵りパフォーマンスも血のにじむような努力の末に極めたのに残念。
今はもう元悪役令嬢。
どうやら世代交代したみたい。
まだまだ拙いけれども、どうか新しい悪役令嬢を見守っていてね。
この繰り返されている物語の世界には必要なエッセンスだから、徐々に洗練されていくはずだわ。それもまた楽しみの一つなの。
わたしも先輩として暖かく見守っていきたい。
彼女には私とは違った悪役令嬢へと成長してもらいたいわ。
ああ、ちなみに。
悪役令嬢としての人生は終わってしまったけれど、きっとこの物語は終わらない。
わたしはこれからキアンと一緒に幸せな物語を繰り返していく。
だから、また次の人生でお会いしましょう。
ごきげんよう。
Fin.
最後までお付き合いありがとうございました。
無事、カロリーナ、悪役令嬢卒業です。
余計な補足としては、カロリーナのいる世界は分岐型の物語です。だから選択が変わって、カロリーナは悪役令嬢にならなくなったんですね。
第三者的な視点を入れて、本だとかゲームだとか繰り返される物語の世界だと分かるようにした方がいいのかとも思いましたが、なんかいまいちでこんな形になりました。
話しの中で上手く伝わっていればいいのですが、ちょっと難しかったです。。。もう少し精進しないといけないですね。