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 どうしよう。嬉しい。

 わたし、お腹に赤ちゃんがいるみたい。


 そっとお腹を触ってみる。まだまだ薄いお腹のまま。だけど、すでに月のものは予定が3回程すぎていた。


 あとは。


 キアンにバレない様にしておかないと。勘当された後に堕胎しろと言われても嫌だし、養子に出せと言われるのも嫌。できる限り隠そう。

 断罪のある卒業式まであと一か月だ。大丈夫。今だって隠せているんだもの。バレないわ。

 そうそう、キアンに貰った宝石や両親からのプレゼントの宝石も持ち出せるようにしておかないと。一つだけ子供に残してあとは全部、売り払うつもりだ。


 いつもは隣国に行って、楽しく暮らしているんだけど、今回は子供がいるから、もう一つ先の国まで行こうと思っている。国二つ分の距離があれば、キアンの血を継いだ子供がいるなどと噂にもならないはずだ。急いで移動しても1か月はかかるけど、妊婦ってどうなんだろう?これだけ人生を繰り返しているのに一度も子供を産んだことないから、わからない。


「カロリーナ」


 誰かがわたしを呼んでいる。


「カロリーナ」


 ぐっと肩を強請られてようやく考えるのを辞めた。


「キアン?」


 首を傾げて見せると、彼はため息をついた。そして、座っているわたしを立たせ、彼が座った後に膝に乗せられる。いや、今膝に乗りたいわけじゃないんだけど。


「話しかけても上の空だなんて、何を考えている?」

「あのね、もう少しで卒業じゃない?」

「ああそうだな」

「卒業してすぐに結婚するのよね?」


 キアンは驚いたように目を見開いた。

 あれ、やっぱり結婚しないのかな?婚約破棄になるんだから当然か。

 でもちょっと早いんじゃない?

 まだ膝に乗せたりしているから、嫌われていないわよね?


「ああ、そうか。まだ伝えていなかったか」


 キアンはふうっと大きく息を吐いた。そして優しくわたしのお腹に手を当てて撫でた。その手の動きにぎくりとする。


 キアンは気が付いている?


 優しく撫でるその手つきに、気が付かれているのでは、と身震いした。


「俺たちはすでに夫婦だ」

「はい?」


 衝撃的な情報に全く頭が受け付けない。キアンはふっと笑って、優しく頬にキスをする。


「カロリーナのお腹には俺の子がいる可能性があるからな。初めて抱いた次の日には書類を提出した」

「え、でも。わたし、サインは……」

「しているだろう?」


 眉を寄せて、米神を指で押した。ふと、夜会から戻ってきた夜に差し出された書類を思い出す。


「あれは学校行事の書類だったのでは?」

「違うな。あれが婚姻の書類だったんだ。だから、心おきなく抱いたんだ」


 嘘のような現実。


 え?

 わたし、悪役令嬢よね?婚約破棄されて、ばばーんとざまぁされて、伯爵家勘当されて、市井に身を移して……。


「結婚している?キアンと?」

「そうだ。マクシミリアンもダニエルも知っている」

「だって、キアン、わたしのこと愛してなんか……」


 ぽつりとつぶやいた言葉にしまったと後悔したのは遅かった。

 ぐっと顎を捕まれ無理に視線を合わせられる。怒りに満ちた目で見つめられて、息を飲んだ。


「どういうことだ?誰に吹き込まれた?」

「いや、そうじゃなくて……」


 いつもいつも、キアンはわたしを愛さないじゃない。

 いつだってわたしじゃない誰かを見つめているじゃない。


 今のキアンではないキアンの言葉を思い出す。


『お前は俺の大切なものを傷つけた』


 だから、わたしはいつだって悪役令嬢なのだ。18歳から先にはわたしの隣にはキアンは存在しない。

 だから、今回だって。

 今回だってそうなる。


「俺の愛はずっと伝えていたつもりだったけど、ちゃんと伝わっていなかったようだ」

「え?ううん、大丈夫、ちゃんと理解している」

「していないだろう?だから、俺から逃げることを考えている」


 まじまじと彼を見つめた。奇麗な蒼い瞳は逸らされることなくわたしを見つめている。


「そんなことは」


 不意に涙が零れた。


 何度も何度も何度も何度も、キアンは言うのだ。


『お前は俺の大切なものを傷つけた』


 この言葉を聞いて、婚約破棄を告げる言葉を聞いて、わたしを置いて去ってしまう。


 どれほどの思いでそれを見つめてきたのか。

 何度も繰り返してきた。

 だから、理解した。


 わたしは許されない。だって悪役令嬢だから。


 そんな理由がなければ、壊れちゃう。


 悪役令嬢だから、キアンの大切な者を傷つけたのでしょう?

 だから、わたしはキアンに愛されなかったのでしょう?


 ほら、罰を受けるのは当然なの。


「カロリーナ」


 遠くからキアンの声が聞こえる。意識が遠くなってきた。最近よく気を失う。

 ストレスかしら?

 それに何だか、記憶が曖昧になって、ふわふわしている。繰り返ししすぎた?


「カロリーナ」


 キアンの声、いつものような冷たい声じゃない。優しい、わたしを甘やかす声だ。


「愛している。忘れないで」


 誰を愛しているの?

 何を忘れないの?




 わたし、何か忘れているの?




******



 実際のところ難しい。


 クライマックス階段落ち。


 成功した実績のある階段でも、何が起こるかなんてわからないのだ。実績ある輝かしい階段を上り、ため息をついた。この階段は下に学生の入り口があるから、学園に来る人は必ず通ることになる。

 だからこそ、人の目のある所で落とすのであるが。

 きわめて黒に近いグレーな犯行に見せないと、それこそあっという間に犯罪者だ。犯罪者にはなるつもりはない。ただ、ちょっとした接触でよろめいて、落ちそうになったと言うのが望ましい。


「ふう」


 なんだか妊娠しているせいか、キアンが歩かせないようにしているせいか、階段を上るのが辛い。


 ゆったりとしたドレスは妊娠していることを隠しているが、すでに4か月目。

 コルセットはつけられないし、普段から接している人はわたしが妊娠していることに気が付いているだろう。


 キアンにも意識を失ったあと、バレていた。

 医者を呼んで診察すれば、ご懐妊、おめでとうございます、なんて挨拶されるんだから。あの時のキアンはとても嬉しそうだった。


 学園では誰も何も言わずに、生暖かい目で見られている。

 不思議と妊娠したら、胸もさらに大きくなった。これは誤算だ。童顔で胸が大きいって、キアンの趣味が疑われる。ダニエルなんて男の夢だねなんて訳の分からないことを言っているし。


 とにもかくにも、今日は珍しく一人で歩くことができている。ただキアンとの待ち合わせの場所へと移動しているだけなのだけど。


「本当にあなた、邪魔」

「はい?」


 邪魔と言われて、隅に寄った方がよかったかな、とぼんやりと思った。


「あ」


 階段落ちはとても難しい。今までの繰り返しの人生でも成功したのは数回。ほとんどが押すことができなかった。だって間違ったら落ちちゃうじゃない。それはダメなの。


 階段は一番上であること。

 下にはキアンがいること。

 そして、さらには上ってきたところへ降りて、たまたまぶつかってしまうという目撃者を作ること。

 よろめいて落ちそうになっても落ちてはダメ。



 階段は一番上だったわ。

 キアンは上った先にいるはず。

 ここは実績ある階段だから、都合の良い目撃者もいる。


 体が浮いた。思わず手を伸ばして、何かを掴もうとする。だけど、そこには何もなかった。





 助けて。この子が死んじゃう。

 愛した人に初めて愛してもらって、授かったわたしの宝物。



 お願い。

 わたしはどうだっていいの。

 この子だけは助けて。


 この子が助からないのなら、こんな世界いらない。


 お願い。

 もう一度、やり直させて。





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