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 わたしは今、悪役令嬢としての人生がダメになりかけている。


 その事実を突きつけられ、愕然とした。

 100回以上+アルファの繰り返し人生の中で初めて、初めてわたしの存在意義が否定されつつある。

 気持ちを奮い立たせようと、ぎゅっと両手を握った。それでも手が震える。


「カロリーナ、ほら、食べて?」


 そう差し出されたフォークには大好きなケーキ。


 食べたい。

 この学園のサロンに提供される菓子はどれもこれも絶品で、このケーキは期間限定だ。

 しかも大好きなイチゴとチョコレート。つるんとしたチョコのコーティングとスポンジの間に見える赤いイチゴがわたしに食べて欲しいと訴えている。


 その誘惑にぷるぷると体を震わせて我慢する。


 だってここでぱくついたら、悪役令嬢としてどうなの!全然、存在感がないじゃない。

 高笑いしたって、意地の悪い笑みを浮かべたって、きっとどこか生温い視線しか向けられない。欲しいのはそんな視線じゃない。もっと憎悪と嫌悪に満ちた悪役令嬢として相応しい絶対零度の眼差しだ。その視線を貰ってこそ、悪役令嬢としての格が上がるのだ。


「そんな涙目で我慢しても、キアンは君がそれを食べるまで開放しないと思うが」


 ゆったりとお茶の香りを楽しみながら、そう冷静に指摘するのは幼馴染の王子マクシミリアンだ。呆れたように見守ってくれるのは同じく幼馴染のダニエル。


 思わずきっと二人を睨みつけた。


 4人仲良く実は幼馴染である。高位貴族にはありがちなご学友というやつだ。わたしがそこに入っているのは、ひとえに幼い時からキアンの婚約者だから。

 いつもなら卒業まで3か月となった時期は幼馴染といえども険悪になっていたはずなのだが、何故かこうして穏やかな空気の中、サロンでお茶をしている。


「わたしは我慢などしていません!ただ、ただ……屈辱に震えているだけです!」

「屈辱、ね」


 マクシミリアンが思わず笑った。ダニエルも笑いを堪えている。


「ほら、カロリーナ。我慢しているからそう怒りっぽくなるんだ」

「すでに膝の上に乗せられているんだ。ケーキを食べさせてもらったくらいでは噂にもならないさ」


 マクシミリアンの最もな意見に、わたしは涙が溢れそうだった。


 悪役令嬢を全うしようと、あれこれ考えてみたものの。


 キアンと一線を越えてからというものの、彼は全くと言っていいほどわたしを側から離さない。今なんて、ほとんど侯爵家で毎日帰るのだ。仲良く二人して。だから、離れている時間なんてほんの僅か。

 

 階段落ちしかないと覚悟を決めたのに、すでに覚悟してから3か月。

 今のままでは実現不可能だ。何とか、キアンとの距離を持たないと。それに、勘当後の生活設計もまだ手を付けていない。親子で優しい時間を過ごせる環境を整えないといけないのに!


 焦りと不安でどうにかなりそうだった。


「うぇ……」


 本当に泣きたくなってきた。そんなわたしを優しい目で見つめていたキアンが突然視線を逸らした。空気が冷たい刺すようなものに変わって驚いてキアンが向いた方向へと顔を向けた。


「キアン様」


 にこやかに現れたのはヒロイン、エリザ。


 思わず、ぎゅっとキアンの腕を掴んだ。キアンが宥めるようにぽんぽんとわたしの腕を優しく叩く。


「何か用かな?デイビス男爵令嬢?」


 反応したのはダニエルだ。ダニエルは無作法によく距離を縮めようとしている彼女にかなり警戒していた。彼女が声を掛けるのは大抵キアンであったが、その瞳はキアンだけでなくマクシミリアンやダニエルにも熱く向けられている。それに気が付いたダニエルは、さりげなく間に入ることが多かった。


 こうして客観的にみると、彼女がいかに非常識かわかる。普通に考えて、誰とも親しくないのに声を掛けてくるなどあり得ないでしょう?突撃なんて、品がない。


 思わず色々言いたくなるが、ここは黙っておく。高笑いしていいのは、膝に乗っていない時だ。キアンの膝に乗せられて、ケーキを口に運んでくれているような状況ではできない。悪役令嬢としての矜持が……それを許さない。


「皆さん、仲がいいようなので、わたしもご一緒したくて」


 やだ、本気で言っているの?この幼馴染集団に一人体当たりしてきた勇気は称賛するけど、入れるわけないじゃない。いや、ヒロインだから入れるのか?入れたいのか?


 一人混乱していると、マクシミリアンがため息をついた。思わずというよりは呆れたため息だ。


「この二人は見ての通り仲の良い婚約者同士だ。そして私たちは幼馴染でもある」

「ええ、知っております」

「ふうん。知っていてそれを言ってくるんだ。申し訳ないが、誤解を生むような行動はとれないんだ。残念だが、仲良くするつもりはない」


 訴えかけるように両手を胸の前で組み、上目遣いで潤んだ瞳でマクシミリアンを見つめていた。だが、彼は笑みを浮かべながらも拒絶する。仕方がなく、エリザはダニエルの方へと顔を向けた。ダニエルも肩をすくめた。


「俺にも婚約者がいる。彼女に誤解されたくないからね」


 そうだろうな。ダニエルの婚約者は3つ年下で、今は15歳。とてつもなく可愛い子なのだ。ダニエルの好みにど真ん中の。何かあったら拉致監禁ぐらいしそうなくらい、溺愛している。

 そう考えると、エリザは誰の好みでもない。キアンでさえ、多分、この物語のような世界でなければ愛さなかっただろう。ちょっとは可愛いとは思うが貴族令嬢としてはいたって普通だし、媚びを売っているのが丸わかりだ。その上、頭もあまり良くない。


 あれ?

 そう思うと何故、キアンは毎回、彼女に惹かれてしまったのかな?


 え?

 わたしがあまりにもひどすぎた?

 えええ、そうなの???



 一人混乱しながら考えていると、ぐいっと口の中にケーキが突っ込まれた。無意識にもぐもぐと食べてしまう。


「キアン……!」

「美味しい?カロリーナ、好きだろう?」

「う、ん。好き」


 ケーキを飲み込むと、思わず頷いてしまった。だって美味しいんだもの!好きだろうと聞かれて、否定なんてできない。


「チョコが付いている」

「え?どこ?」


 キアンはわたしの顔を見つめ、ふっと色っぽく笑った。思わずじっと見とれてしまう。なんて奇麗な顔なんだろう。こんな風にほほ笑まれたら、何でもないふりが難しくなる。

 急に子供のような粗相に、恥ずかしくなった。慌てて、口に手を当てようとした。その手をキアンが握りしめ、そっと顔を寄せた。


「とれたよ」


 放心した。


 今、何をしたの?


「キアン、ここは学園のサロンだ。少し、控えろ」


 マクシミリアンの呆れたような声。ダニエルはくくくと笑っている。


「いいじゃないか。婚約者の唇についたチョコを舐めるくらい。普通だろう?」


 普通じゃないから。公共の場でそんなことをして許されるはずがない。すでに何をしても生温い眼差しに変わっているけど、そういう問題じゃない。


 ちゅっ。


 さらに唇にキスされた。


「おいおい。いい加減にしておけよ」


 遠くにマクシミリアンの声が聞こえる。


「カロリーナ、放心している」

「本当だ。ああ可愛い」


 ダニエルとキアンの声もする。ダニエルは心配そうな、キアンの声は艶やかな色めいた声だ。

 




 ごめんなさい、ごめんなさい、わたしにはもう無理。

 愛情たっぷりに接してくるキアンがいるのに、どうやったら悪役令嬢が継続できるかなんてわからない……!

 ああ、胃が痛いわ。



 このまま意識飛ばしていいかな?




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