僕と彼女の混浴大作戦 - 02
「なっ、なんでオマエが入ってくるんだよ!」
タオルで胸を隠しながら、バルデスくんが声を荒らげる。
「札ぁッ! オレの入浴札が掛かってただろぉ!」
浴場へ入る前に、バルデスくん専用の入浴中を示す札を掛けている。
これで他の者は入ってこられない――ハズだった。
「ふむ……そうか。君の入浴札に気付かなかったのは申し訳ない」
口元に手を当てて思案する仕草。落ち着いた声のトーン。
堂々としたマルスさんは、まるで慌てる様子なく云ってのけた。
「いつもこの時間は、私の入浴時間だからね」
今のマルスさんは男子だから、今日の入浴は夕食前の前半だったはずだ。けれど最近は理由あって、全体の入浴時間の最後に入ることとしているのだそうだ。
そう云われてみれば、今まで僕はマルスさんと浴場で噛み合うことがなかった。たまたまかも知れないけれど、そういう理由だったに違いない。
「なにせ私との入浴を、男性諸君が拒むのさ」
僕はこっそりと、バルデスくんの肩越しに彼の姿を確かめてみた。
瀟洒な金の髪に、彫像のように美しい顔立ち。細身だけど隆々とした逞しい肉体。とても可憐な美少女だったマリアさんとは思えない。
女から男へ変わったこの一年間で、自らの身体をかなり鍛え上げたに違いなかった。
「何故だろうね。男子たちはみんな恥ずかしがって、前を隠してしまう」
「ちょ……! 逆にオマエは、ま、前をちったぁ隠せよ!」
落ち着いた物腰も去ることながら、その態度も堂々たるものだ。僕らの前でも一糸纏わず。自らの肉体を誇示するように、男性のシンボルも隠すことなく曝け出していた。
だからもしかしたら――彼と一緒に入浴すれば、男性は自信を喪失してしまうのかも。
「男とは不思議なものだな。比べても仕方がないもので競い合う」
「小せぇよりも、大っきい方が、なんか……強そうだろ!」
「くだらないね……女は男にサイズなど求めてはいない。違うかい?」
バルデスくんが「うっ」と唸ったまま沈黙した。よく分からないけれど、どうやら言い負かされてしまったようだ。何か思い当たることでもあったのだろうか。
女の子の身になった今、何か心境の変化があるのかも知れない。
「それに君は元々男で、私は女だ……今さら遠慮も無かろう」
「バッ、バッカヤロウ!」
悪びれる様子のないマルスさんに、バルデスくんが怒鳴る。
「か、身体が違えば、心も……ち、違うだろぉ……」
怒鳴った時の声と打って変わって、もごもごと口籠ってしまった。そうして胸元を気にしてもじもじと隠すバルデスくんは、心から恥ずかしそうだ。
「ふふっ、よもや君からそんな言葉が聞けるとはね」
「うっ、ウルセェッ!」
眉毛をハの字にしたバルデスくんは、怒っているのか困っているのか。今日は一日ずっとこんな調子だから、今夜は疲れてぐっすり眠れてしまうんじゃないかな。
「それにしても、いい女になったものだな」
「な、なんだよ、急に……」
「おかげでどれ、見給え。私のここも正直だよ」
バルデスくんの裸を見たせいで、マルスさんのシンボルが立派なことになっていた。
優雅に寛いでいたはずのそれが、生理現象でいつの間にか凶悪なサイズへと変化して、誇らしげに反り勃ってしまったのだ。
「ひいっ!?」
涙目になったバルデスくんが、珍しく怯えた声を上げる。
「ふむ……流石に慣れてきたが、実に面白い」
「こ、こっちは、面白きゃねぇぇぇーっ!!」
悲鳴を上げたバルデスくんに、無自覚なマルスさんは愉快そうに笑う。
「ハハハ! 元々男だったのだから、見慣れたものであろうに」
「そんなもん見ねぇし、慣れてねぇし、忘れちまったし!!」
そういえば、バルデスくんはそんなことを云ってたっけ。長らく目にしていなかったせいで、どんな形をしていたのか、段々ボンヤリして輪郭くらいしか思い出せないって。
もしかしたらそれがあった頃のことも、もう思い出しにくくなっているのかも知れない。
「まぁ、誰も入ってくることはあるまい。ゆっくりと浸かっていき給え」
マルスさんはそう云うと、身を翻して洗い場へと去っていった。
僕らに遠慮することなく、湯船の湯を桶ですくって身体を流す。一通りそうして髪を掻き上げると、彼の金髪を反射した水滴がキラキラと舞い散った。
マルスさんの堂々たる態度を見るに、引け目など感じる様子は一切なさそうだ。
「クッ……くふぅっ……」
漏れ聞こえてきたバルデスくんの表情を覗いてみると、涙目に真っ赤な顔でプルプルと震えていた。感情までは分からないけれど、恥辱に耐えているのだろうか。
「さて……バルデスくん、どうしましょう」
「ど、どうするって言われてもよぅ……」
小声でバルデスくんに訊ねてみると、すっかり困惑した声が返ってきた。彼女にも妙案はなさそうだ。さて……この場をどう切り抜ければよいものか。
「このままだと茹でダコになっちまう……」
顔を半分まで湯船に浸けたバルデスくんが、こぽこぽとあぶくを立てて愚痴る。
そんな彼女を余所に僕は、そっとマルスさんの様子を窺ってみた。濡れた金色の髪が、陶磁のように白い頬へ掛かり、得も云われぬ色気を醸し出していた。
まだ若く中性的な曲線を描いた顔の輪郭とは対照的に、筋骨逞しく変化した肉体は、溜息が出るくらい素敵で、格好良くて、見惚れそうになるほどだ。
ああそうか。そう感じてしまうのは、今の僕が女の子だから――だろうか。
「よし、今のうちに風呂場を出ちまおう」
「どうするんですか?」
「強行突破だ……オレの後ろに隠れてろ」
意を決したように、バルデスくんが決断を下した。
ここは数百人規模で入浴可能な大浴場だ。広大な湯船を有しているから、お湯の中に身を浸したまま、出入り口近くまで移動することができそうだ。
そこから先はマルスさんの目を盗んで、脱衣場まで一気に駆け抜けるしかない。
「おい、マリア! オレはもう風呂を出るから、こっちを見るんじゃねぇぞ!」
「ああ、分かっているよ、バルデス」
マルスさんは、こちらを一切振り向くことなく云った。
「ところで……君の後ろに隠れているのは、いったい誰だい?」
あ、やっぱり――
鋭いマルスさんのことだ。僕が隠れていることにすっかり気付いていた。




