僕と彼女の混浴大作戦 - 01
「オ、オマエ、その身体は……!」
驚いたバルデスくんは、僕の身体を指さした。
その声が少し震えているのは、きっと動揺を隠せない証拠。
「ま、まさか……オマエも女になったのか!?」
「はい、僕も女の子になれるんです」
真っ赤な顔をしたバルデスくんは、じっと僕の身体を見つめてくる。
全ての服を脱ぎ捨てた僕は、生まれたままの姿だ。細身で日焼けのない白い裸身。元々男の子らしくなくて、小柄でおうとつが少なくて……だからちょっと恥ずかしい。
「僕は……僕の神羅儀を、ちゃんと知りたかったんです」
過去に前例のない、誰も知らない謎多き神羅儀。その使用は禁止されていたけれど、使いこなせるようになりたかった僕は、毎日の鍛錬を怠らなかった。
すると――どうすればこの力を使いこなすことができるのか。他の流派の神羅儀と同様、教えられずして自然と神権機能が脳内に浮かんだのだ。
「再び神羅儀を発動させて、左胸に『右手』を当てれば戻れます」
僕の神羅儀宿る『悪魔の左手』に対し、発動後に『右手』を使えば元に戻る。つまり僕は、僕の神羅儀で自由に、人の性別を変更させることができる。
「それってもしかして……!」
「はい、もしかしたらバルデスくんを男の子に戻せるかも知れません」
「なっ、なんでもっと早く言わねぇんだよ!」
「この神権機能に気付いたのは、今回の遠征中のことでしたので」
バルデスくんと僕は、真剣な表情でじっと見つめあう。
神羅儀の神権機能とは、自らの神権水準が上がれば、自然と身につく能力である。恐らくは、一年間の鍛錬と今回の遠征による旅の中で、僕の神権水準のステージがひとつ上昇したのではないか。
その仕組みを知るバルデスくんは、それ以上に僕のことを責めはしなかった。
「機会を見つけてお話ししようと思いましたが、今日になってしまいました」
「それをちゃんと教えてくれたのは、オマエの善意だな……」
僕の言い分をちゃんと理解して、バルデスくんは深い溜息を突いた。
多分……昔だったら、こんなにすんなりと納得してくれなかったはずだ。二人で一緒に過ごした一年間が、僕たちの距離を縮めてくれたのだろう。
「それに、バルデスくんの信奉するバッソ神は……」
「うっ……ううっ!」
僕がそう云うとバルデスくんが唸った。その行為の意味に気付いたからだ。
何故ならば、バルデスくんの神羅儀・剛神来殻の戦神・バッソは、教義として他人に左胸を触らせることを是としない。
戦神の領域である戦場で、相手に心臓のある左胸を突かれることは、死を意味するからだ。だから戦神・バッソの信奉者が、左胸を触らせることができる者は――
「信愛する親族、もしくは婚姻を結んだ者のみ……ですよね?」
「そ……そうだ、うん」
この戒律を破れば、神罰により神羅儀の剥奪もあり得ると云われている。
だから僕も、右手で左胸を触らせてください――とは、云い辛かった。そんなことを唐突に云い出せば、バルデスくんも戸惑ったに違いない。
それにバルデスくんを男の子へ戻すためとはいえ、まるで愛の告白のようだし。
「と、とにかく……しばらく考えさせてくれ」
バルデスくんの胸を触ってしまったら、もうどこへも戻れなくなりそうな、漠然とした不安。今の僕ら二人の形が、壊れてしまいそうでちょっと怖い。
それはバルデスくんも同じようで、表情の中に躊躇いが垣間見えた。
「ではとりあえず、今日のところはお風呂へ入りませんか?」
「お、おう。い、今は、女同士だしな。え、遠慮する必要は、ないんだよな?」
何故かおどおどとした疑問形で、バルデスくんが僕に訊ねる。
「バルデスくんさえ許してくれれば、僕は構いませんよ」
「そ、そうだよな、オ、オレたちっ、女同士だもんなっ!」
意を決したようにそう云うと、えいやとばかりに服を脱いだ。
威勢よく服を脱いだバルデスくんだけれど、こそこそと小さなタオルで身体を隠す。身体の全てを曝け出すのは、まだ少し恥ずかしそうだった。
「こ、こっち、見ないでくれよ……」
自信なさげに告げるバルデスくんは、裏腹に凄くグラマラスな身体つきをしている。小さなタオルでは隠し切れないほど大きな胸は、はち切れんばかりに溢れ出そうだ。
大きくて形のいいお尻は、筋肉質だけれどむっちりとして小さく震えていた。
僕の細くておうとつが少ない身体の、どこもかしこも未成熟な様子とは全くの正反対で、真逆の性格であることを、まるで身体で表現しているみたいだ。
「オマエは、その……平気なのか?」
「はい、平気です。バルデスくんですから」
「……あっ!」
僕は手を伸ばすと、途惑う彼女の手を取った。
そのままそっと手を繋いで、浴室へと誘う。
「う、ううっ……」
身体を隠しているとはいえ、バルデスくんはとても恥ずかしそうだ。
けれど嫌がる素振りは見せず、僕の後へ素直についてきた。きっと諦めがついたのだろう。もしくは――女の子の姿になった僕を、認めてくれたのだろうか。
「オレ、女の子とお風呂に入るの、初めてなんだよ」
「バルデスくんだって、女の子じゃないですか」
浴室に二人、手を繋いだまま。穏やかに笑って僕は答える。
僕がバルデスくんの手を引いて先導するなんて、初めてのことだった。
「そうは云ってもよ、オレは去年まで男だったんだぜ……誰かさんの所為で、オレは女にされちまったけどな!」
そう口を尖らせるバルデスくんは、恨めしそうにいつもの台詞を云う。
けどそういうことを云ってると、また酒場の時みたいに勘違いされちゃうよ?
「女になってから、誰にも裸を見せたことなかったんだぜ」
「では、それも僕が初めてなんですね」
「そ、そうだよ……」
「僕はバルデスくんの初めてを、いっぱい貰ってしまいました」
「ばっ、ばっかやろぅ!」
そんな会話を弾ませながら、洗い場で身体を流す。
するとバルデスくんの気持ちも、少しずつ解れてきたようだ。
「くあぁ、生っきかえるぜぇぇーっ!」
身体を洗って湯船に浸かったバルデスくんは、気持ち良さげに伸びをした。
元々は男の子だったせいか、ちょっとおじさんみたいな台詞だ。けれど今日ばかりは、僕もその意見に同意だった。長かった遠征の疲れが、徐々に洗い流されてゆく。
女の子同士で入った初めてのお風呂。二人の間の緊張感もようやく解れ、徐々にのんびりとした時間が流れ始めた――その時だった。
「……! 誰か来る!」
野生の勘鋭く、バルデスくんが静かに叫ぶ。
「ヤバい、俺の後ろへ隠れろタクミ!」
バルデスくんの入浴時間に、僕が一緒に居るのはマズいことだ。
僕は慌てて湯船の給湯口裏へ身を潜めると、それをバルデスくんが背中で隠した。
「おや、こんな時間に入浴とは珍しい」
湯煙の向こうから現れたのは、瀟洒な金髪を持つ偉丈夫。
一糸纏わぬ姿で僕らの前へ立ち、低く整った声を掛けてきた。
「ふぎゃーっ、オ、オマエは……!」
そう――僕の幼馴染で、女から男に変わったマルスさんだった。