学生寮での同居生活 - 02
バルデスくん専用の入浴時間が終わらぬ内に、浴場へ続く渡り廊下を急ぐ。
先行して前を行く僕の後ろから、追いかけるバルデスくんが声を掛けた。
「お、おい、タクミ! どどど、どうする気なんだ、なぁ!」
それにしても会話を交わす時はいつも堂々たる態度の彼女が、珍しく慌てているようだ。どうするつもりかロクに説明もしていないのだから、仕方のないことかも知れない。
少しでも時間の惜しい僕は、足を止めることなく振り返って答える。
「詳しくは後でお話ししますから、まずは浴場へ向いましょう」
「ま、まずは向かうって、そうは云ってもよぅ……」
バルデスくんは少し上気させた顔で、不安そうにもごもごと口籠った。
珍しい――女の子になってからのバルデスくんは、暴力や傍若無人さが失せた代わりに、いつも堂々と胸を張り、毅然とした態度を見せるようになっていたのに。
思えばこうして、僕の方がバルデスくんの先を歩き、彼女が後から付いてくるなんてことも、今までになかったことだ。いつだってバルデスくんが先を歩き、僕はその後を着いて行く。それが幼い頃から二人の常だった。
だから彼女のこんな様子を見るのも、なんだかちょっと新鮮な気がする。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?」
「べっ、べべ、別に、怖気付いてねーし!」
何も僕はそんなこと云っていないのだけど……
どうしてバルデスくんは、そんなに気にしているのだろう?
そうこうしている内に、学院の敷地で一番奥、山の辺にある大浴場へ到着した。
案の定、女子の入浴時間終了を示す札が掛かっていた。そこで僕は、バルデスくん専用の入浴中を示す札を掛ける。
そして辺りに誰もいないことを確認しつつ、急いで脱衣場へと滑り込む。
「さ、これでもう大丈夫です」
「なっ!? 何が大丈夫なんだよぅ?!」
茹で上がった蟹のように真っ赤なバルデスくんの顔面には、大粒の汗が浮かんでいる。もじもじと忙しなく指を動かして、ちょっと落ち着きを失っているようだった。
壁に背を付けるほど後ずさりしてまで、追い詰められなくてもいいと思うんだけど。
「ど、どうするんだ?」
「それでは……」
僕が上着を脱ぐと、バルデスくんは音が鳴るくらいゴクリと唾を飲み込んだ。
どこかそわそわと目は泳いでいて、額からダラダラと汗が流れている。こんなに落ち着きのないバルデスくんを見るのは、学院に入学してから初めてかも知れない。
にっこりと微笑みかけると僕は、彼女を落ち着かせるように優しく云った。
「それでは、一緒にお風呂へ入りましょう」
「ファーッ!?」
バルデスくんはまるでヤカンが吹き上がったような、素っ頓狂な声を上げた。
「ままま、待て! ちょっと、待て!」
「はい、どうしたんですか?」
「たったたた、確かに俺はもともと男だし、オレとオマエは幼馴染だ。そうだ幼馴染だ。そして男のアレは、見慣れているはずだ。はずだぜ? ……け、けどよぉ!」
真っ赤になったバルデスくんの、おめめがぐるんぐるんと回ってる。
「け、けど、この一年間、全く目にしていなかっただけで、段々ボンヤリしてきちまって、どんな形してたのか、もう輪郭くらいしか思い出せなくなっちまってるんだよぉぉっ!」
バルデスくんから今まで聞いたこともない、とてつもない告白をされてしまった。急に女性の身体になってしまうと、そんな風になるものなのだろうか。
「だいたいさ、そんな自分のモンなんか、じっくり見たりするか?!」
しどろもどろを通り越して、告白を通り越して、力説になった。
「十五歳ン時に失ったけどさ、もしもアレが無くなっちゃうなんて知ってたら、もっとじっくり観察してたかも知んねぇーけどよぅ……って、なに云ってんだよ、オレ!!」
バルデスくんは、遂にひとりツッコミを始めてしまった。
こうなると、ごめんなさい。ちょっと面白い。
「でも大丈夫、安心してください」
「なぁーっ! だ、か、ら、何を安心するんだよぅ!?」
泣き出しそうな顔のバルデスくんを余所に、僕は左手に意識を集中する。
「ひとつだけ、いい方法がありますから」
僕が思い付いた、バルデスくんと一緒に入浴できるただひとつの方法――
「イークァ・ソ・クァフェル……」
神の名と共に呪文を唱え『神羅儀』の起動を開始する。
甘く切なく、官能的に。甘い吐息を零すように。
我が神に自らの肢体を供物として捧げるように。
左手に『呪式紋』が浮かび上がり、鈍い小さな極光光を放つ。
そしてその左手を、僕は自らの胸に当てた。
「……んっ」
僕の身体が、びくんと小さく跳ね上がった。
そして胸元と下腹のあたりが、熱と不思議な違和感を帯びてゆく。
それは、僕の『神羅儀』が発動した、その兆候。
「さ、準備は整いました」
「待って、タクミ……オレの心の準備が……っ!」
すっかりパニックに陥っていたバルデスくんは、どうやら僕の神羅儀が発動している状態を、見ているようで見ていなかったようだ。
「あとは、バルデスくんが許してくれるだけ……ですよ」
「ふ、ふへぇ……なに、なにを……っ??」
ずるずると腰が抜けた様になって、へたり込んでしまったバルデスくんを余所に僕は、遠慮なく目の前でするすると服を脱ぎ捨てていく。
そして僕は――最後に一枚だけ身に付けていた下着を降ろした。
「うわちょ、やめ……あ、あれっ?! なっ、ないっ!?」
指の隙間から薄目を開けて見ていたバルデスくんが、声を上げて驚いた。
僕の身体には、男の子にあるはずの最も特徴的なシンボルが、ない。
そう、僕の身体は女の子の身体そのものへと、すっかり変化していた。