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学生寮での同居生活 - 01

 あれからすっかり眠り込んでしまったバルデスくんが目を覚ましたのは、食堂での夕食時間が終わって暫くしてのことだった。


「ん……ふわぁって、あっ! いま何時だ、タクミ!」


 目が覚めてすぐさま飛び上がるように起き上がったバルデスくんに、僕は苦笑しながら机の上に置いてある時計の方をちょんちょんと指さした。

半魔素動力で動く螺子巻き式時計の針は、午後八時直前の時刻を指している。この時刻は、すでに食堂が利用できないことをハッキリと表していた。


「やっべ……食いっぱぐれた……」


 バルデスくんはそう呟くと、ガックリと頭を垂れて落胆してしまった。

 何しろ彼女の一日の楽しみのひとつは、食事の時間であると云っていい。女の子の身体になった今でも、彼女の運動量の多さに比例するようによく食べる。

 あまりにいい食べっぷりなので、見ていてつい惚れ惚れとしてしまうほどだ。

 特に肉類が大好きで、鳥モモ肉の山賊焼きに齧り付いている姿は、こちらまで食欲が湧いてきそうになるくらい。いつも美味しそうに、そして嬉しそうに食べている。


「ふ、ふえぇ……そう思うと、腹減ったなぁ……」


 そんな腹ペコなバルデスくんが、口をへの字に曲げてしょんぼりとしている姿は、見るに堪えないくらい可哀想だ。

 それでいて幼い子供のように見えて、ちょっと愛らしくもある。


「安心してください、バルデスくん」


 そう云って僕は、目に見えて肩を落とすバルデスくんに微笑みかけた。

 こんなこともあろうかと、机の上に用意しておいたものがある。被せておいた布巾を取れば、彼女のためにキープして置いた今日の夕食がそこにはあった。


「うわぁ、マジかよ!」


 すぐさま喜色満面の笑顔を見せて、バルデスくんは夕食に顔を近づける。そんなヨダレを垂らさんばかりの喜びようを見ていると、こっちまでつい嬉しくなってしまう。


「実は僕もまだなんです。一緒に食べましょう」

「タクミ、もしかしてオレを待っててくれたのか?」


 驚いた声を上げるバルデスくんに、僕はこくりと頷いた。


「一緒に食べるご飯の方が、きっと美味しいですよ」

「うっ……お、おう……」


 何故か頬を赤く染めてまで、バルデスくんは喜んでくれたようだ。


「覚めても美味しく頂けるおかずをチョイスしました」

「お、おう」

「それとご飯はおにぎりにして、中には鳥そぼろを入れてあります」

「オマエ……いい嫁さんになるよ、きっと」


 何ということでしょうか……マルスさんどころか、遂にバルデスくんにまでもそんなことを云われてしまうとは。どうして男の僕をお嫁さんにしたがるのか。本当に困る。


 ともかく気を取り直して準備を整えると、バルデスくんの前へトレーを置いた。


「さ、召し上がってください」

「おう、恩に着るぜ、相棒!」


 そう云うが早いが、おにぎりをパクつく。そんなバルデスくんはやっぱり可愛らしかった。濃い目の金髪に時折垣間見える八重歯はまるで、猫科の猛獣を思わせる。

 よく食べる女の子って初めて出会ったけど、こんなにも魅力的に見えるとは思いも寄らなかった。まぁ……バルデスくんは元々、男の子なんだけれども。


「な、なんだよぅ……オマエも早く食べろよぅ」


 僕がじっと見つめ過ぎたせいか、バルデスくんは少し恥ずかしそうにそう云った。その様子が少し可笑しくて、僕はつい苦笑しながらフォークを握るのだった。


 そうして、一通りの食事を終えた後――

 コップの水を一気飲みすると、バルデスくんが僕に訊ねた。


「あれっ、もしかしてオマエさぁ」

「はい、なんですか?」

「そんな調子じゃ、風呂も入ってないんじゃねーか?」

「うん、まぁ……そうですね」


 確かに僕はバルデスくんの云う通り、今日のお風呂の時間を逃してしまった。

 本日の入浴時間は男子が早い組であったから、寝ているバルデスくんを置いて浴場へ行けば、何の問題もなく入浴できたはずだった。


「まさか、オレが寝過ごすのを見越して遠慮したんじゃ……」

「あはは、まさかぁ――ですよ」


 笑って誤魔化したけれど、僕をじっと睨むバルデスくんの読み通り、図星だ。

 急に寝入ってしまったバルデスくんに断りなく部屋を出るのは、なんとなく気が引けたのだった。彼女をひとり置いて行く気にならなかった――というのもあるけれど。


「オマエ、風呂に入りたいって言ってなかったっけ」

「言って……ましたね、はい」


 先週一週間は課外授業の一環で、ずっと西部の地へ遠征に出ていた。

 郊外の安宿には、王立のこの学院のようにお風呂なんて洒落たものはない。せいぜい桶に張った水で身体を拭く程度だった。

 だから旅の間は「お風呂に入りたいですね」とよく会話をしたものだった。


「なのに、オレってヤツはホントに……すまねぇなぁ」

「そんなことは云わないでください」


 バルデスくんが謝るなんて、昔じゃ考えられないことだった。

 女の子になってからのバルデスくんは、少しずつだけど変わり始めているようだ。


「疲れている時は、お互い様です。それに――」


 ちらりと時計を眺めやる。

 すると時計の針は、八時半を少し回ったところだった。


「後番の時間は残ってますから、大丈夫。まだ間に合いますよ」


 正式には午後九時までが入湯時間だが、性転換を果たしてしまったバルデスくんの場合、女子の時間が終わる九時から九時半の時間帯までを特別に許可されている。


「だからバルデスくんは、お風呂へ入ってきてください」

「いや、そういう訳にはいかねぇよ」


 案の定、バルデスくんはへそを曲げてしまった。

 最近の彼女は、自分優先だったあの頃よりも、僕の気持ちを思いやってくれる。


「でも……」

「でももへったくれも、タクミが入れねぇのにオレだけなんてなしだ」


 そう渋るバルデスくんの言葉に、僕はハッと気付くことがあった。


「僕が入れないけれど、バルデスくんが入れる理由……」

「ああん?」


 訝しがるバルデスくんを余所に、顎を摘まんで僕はじっと考える。


「確かに僕は入れませんが、一緒に入浴できる方法はあります」

「……はぁ? なんだそりゃ?」

「バルデスくんさえ、許してくれれば……ですけれど」


 僕がそう告げると、何かに気付いたような表情のバルデスくんの顔色が、徐々に真っ赤に染まっていった。あわあわと口が動いているけれど、どうにも声にならないようだ。

 そうして頭から湯気を吹き出しそうなくらいに頬を蒸気させた辺りで、バルデスくんはようやく声にならないか細い声を絞り出した。


「えっ、ちょ、待っ……ええええっ?」

「では取り合えず、浴場へ向かいませんか?」


 早く浴場へ向かわないと、ただでさえ少ない入浴時間が無くなってしまう。

 僕はそう提案すると、バルデスくんを急かす様にして準備を整えて部屋を出た。

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