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アルディオーネ魔法学院 - 01

 大海たるディオーネの南。その中央に位置するこの大地を、アルディオス大陸と云う。

 東西と南北の最突端をおよそ二五〇〇ミレッジ(約四〇〇〇キロ)ほどで結べる世界最小の大陸であり、この大陸を人々は『神棲む大地』と呼ぶ者もいる。


 この地が『神棲む大地』と呼ばれる所以――それは遥か遠き神代の時代より、この大陸に伝わる神秘なる魔術『神羅儀(しらぎ)』が存在するためである。

 この『神羅儀』とは、どの大陸にも押し並べて広く使われる共通魔法(コモンマジック)とは異なり、この大陸固有の特殊魔法と呼べるものだ。よってこの大陸に住まう者は、全てがこの神の恩恵を享受でき、他の大陸に類を見ない文化圏を形成していると云えよう。


 そしてこの地が我等のアルディオーネ王国――アルディオス大陸よりディオーネ海を望む、古き時代から云い伝えられる地名より、その名を冠する大陸最大の専制王国である。


「――と、今日はここまでにしておこう」


 終業のベルと同時に、教鞭を取っていた歴史講師が教卓へ挿し棒を置いた。

 本日の授業を終えて講師が退出すると、ずっと隣で眠たそうな顔をしていたバルデスくんが声を立てて大あくびをひとつ。そして両腕を前へ伸ばすと猫のような伸びをする。

 今は平日の昼下がり。ここは僕らの通うアルディオーネ魔法学院、その教室である。


「あーあ、やーっと今日の授業が終った」

「仕方ないです、授業は休めませんから」


 ぐったりと机へ突っ伏したバルデスくんを横目に、僕は鞄へ教科書を片付ける。


「へぇへぇ、お前みたいな真面目な奴と一緒だと、身体がもたねぇよ」


 そうと云うのも昨夜の騒乱から一夜明け、僕らは一晩掛けて学院へ戻って来ていた。

 バルデスくんの駆る六脚馬(スレイプニール)を全速力で飛ばして、学生寮まで戻って来られたのは、空が白み始めた明け方近くになってのことだ。

 その間、僕は馬の背でうたた寝をしてしまったけれど、バルデスくんはずっと愛馬を馭していたのだから、この大あくびも当然のことだろう。


「それにしても、昨日は惜しいことをしたなぁ、くっそ……」


 校舎の廊下をお行儀悪く、のったのったと肩で風を切って歩くバルデスくんは、どうにも納得がいかないようで、まだブツクサと文句を云っている。

 何しろ首都郊外で最近何かと話題になっていた盗賊団の首領を、捕縛するギリギリまで追い詰めたのに、寸での所でまんまと逃してしまったのだ。ならば愚痴の一つも云いたくなろう。

 ここ数日の間、一緒になって探索していた僕だから、バルデスくんの無念はよく分かる。


「次の休日に、また探索の旅に出かけましょう」

「悪りぃなぁ、いつも俺に付き合わせちまってよ」

「いえ、僕もバルデスくんとの旅は楽しいですよ」


 そう云って僕が微笑みかけると、バルデスくんは「お、おう……」と言葉を濁して、何故かそっぽを向いてしまった。どうしたのだろうか。

 少し気になって彼女の様子を探ってみると、耳の辺りがほんのり赤くなっていた。

 そう云えば、女性になってからのバルデスくんは、少し照れ屋になったようだ。だからちょっとした気遣いや、優しい言葉遣いに対してなどにも、時折こういう反応を見せる。

 男性だった頃の暴力的なバルデスくんからは、とても想像もできない姿だった。

 その頃の彼だったら「うるせぇ!」とか云って、意味もなく殴りかかってくるんじゃないかな。そして「付き合わせて悪りぃなぁ」なんてことも、きっと云わなかったはずだ。

 そんな彼の……いや、彼女の姿が僕にとっては新鮮だったし、あの頃(・・・)はこんな関係を築けるなんて思ってもみなかったから、少し嬉しかったりもする。


「ああッ!? 何こっち見てやがんだ、コラ!」


 そんなことを考えていたら、バルデスくんが唐突に声を荒らげた。

 だがそのターゲットは、僕に対してのものではない。廊下の端っこでこそこそと会話をしていた男子生徒たちに対してだった。


「……チッ、面倒臭ぇ連中だぜ」


 逃げてゆく彼らの背中に、バルデスくんが悪態を突く。それはきっと僕らのことを口汚く噂していたのを、彼女が耳聡く聞きつけたからだろう。

 何しろ僕とバルデスくんは、学院の中でもかなり特殊な存在――むしろハッキリと鼻つまみ者であるとさえ云っていい。何故ならば僕は、いまだかつて誰も知り得ぬ『神羅儀』――『悪魔の左手』とあだ名される神秘を持つ異端者であり、一方のバルデスくんはと云えば王国の中で最も有名な大貴族であり、代々将軍を輩出する武門の家系の元・三男坊だったからだ。

 そんな彼がある出来事をきっかけに、不可思議な僕の『神羅儀』によって女性の身へと変えられてしまった。その原因となった平民である僕は、神羅儀局付の観察処分という名目で存在を隠蔽すべく、この学院に入学という形で半ば幽閉されている状態なのだ。


「いつか……絶ッ対に見返してやるからな!」


 そう云ってバルデスくんが歯噛みするのも無理はない。何故ならば、女の身になったからという理由で目指していた武門の道を閉ざされ、家柄からは半ば放逐されるような形でこの学院に来ている状態だから。

 その原因となった僕としては、手柄を立てるべく躍起になっているバルデスくんを助けたいと思うし、バルデスくんの家柄の威光があるお陰で、幽閉下にあっても比較的自由に外出ができる状態であるのは、ありがたいと思っている。


「そうですね、一緒に頑張りましょう」

「お、おう……」


 そう僕が声をかけると、バルデスくんはやっぱりそっぽを向いてしまった。だけど少しだけ気まずそうな表情で改めてこちらへ向き直ると、


「……ありがとな」


 と、耳の先っぽまで真っ赤にしながら、ぽつりとお礼を呟くのだった。

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