疾風のダークエルフ - 01
あれから二日。実地課題の大詰めを迎えた僕らは今、スラム街の外れへ来ていた。
そこは遊郭――つまり売春宿が建ち並び、春を売る娼婦たちの集う歓楽街だ。薄布を纏う女たちが街角に立ち、男たちを享楽と快感の宴へと誘う。
そんな淫楽なる花街の一角で、バルデスくんの場違いな怒号が響き渡った。
「オラ! さっさとここを通せってんだよ!」
「おととい来やがれってんだ、このおてんば娘が!」
「うるせぇ! 調査が済んだらとっとと帰ってやらぁ!」
バルデスくんと娼婦たちの叫び声が、僕の待機する裏通りまで響く。これは前もって綿密におこなった彼女との打ち合せ通り。どうやら最後の作戦が始まったようだ。
「ここはね、お客以外は男子禁制の館なのさね!」
「じゃあ、オレが通ったって構わねぇだろ!」
「なに云ってんだい、アンタはお客じゃないだろ!」
「だがオレぁ女だ! あ、や、今だけ……今だけだけどなッ!!」
ええ……大声で何を云ってるの、バルデスくん。あくまで演技なんだから、そんなところで妙なこだわりを見せなくたっていいのに。
「とにかく調査が優先だ、邪魔するんじゃねぇ!」
「あっ、なにすんだい、この女ッ!!」
「オレの神羅儀を舐めるんじゃねぇぞ! この肌は頑丈だが、人の気配にゃ敏感だ! どんな気配だって、隠しおおせるモンだと思うんじゃねぇ!」
扉を蹴破るような大音と、瓶が割れるような音。それに娼婦たちの叫び声が入り混じる。横暴な大貴族の三男坊……いや、長女が酷い横暴な理屈で狼藉を働いた瞬間だった。
それは全て演技だけど。あくまで演技のはずだけど。ええと、演技ですよね?
「ここが王都だったら、ちょっとした事件ですよ……バルデスくん」
思わず声に出して呟いてしまった。物陰にじっと潜んでいる僕は、本当だったら黙って静かにしていなきゃいけないけれど。
もちろん荒廃している名もない街だからって、やっていいことではない。
あの二日前の日――飯屋でラウムさんから得た情報はとても役に立った。
というか、正確には全く役に立たないことが大いに役立ったのだ。もちろんそれを承知の上で受け取ったわけだから、これはこれで正解なわけだけれど。
どういうことかと云えば、すなわち情報屋が飯のタネである肝心要の情報をばら撒いて盗賊団が捕まらないということは、それに何かしらの欠点があるということ――だから僕らは、その逆を検証すればいいということだ。
つまり、ずっと大事なことを見落としていたままだったのだ。
それは学年主席のトールさんが分析した情報でも、情報屋のラウムさんが掴んだ情報でも予測できなかった『予想外の何か』だ。
あの美味しい飯屋のおばさんとの会話で僕が気付いたように、その見落としていた『何か』には、俊才なバルデスくんもただちに気がついていた。
それはただひとつ――盗賊団首領は、今や『女の子』であるということだ。
実は僕らはずっと、このことを秘密にしていた。もちろんトールさんにも。
それはバルデスくんに神羅儀院へレポート提出の義務があったから。マルスさんにも云われた通り、慎重を期すためにしばらく秘密にしておくことになったのだ。
だからこれは誰も知らない情報であり、ラウムさんが持っていた情報は全て「ダークエルフらしき男」の目撃情報だから、一切役に立つはずがなかった。
盗賊団の荒くれ者たちが出入りしそうな酒場も、粗雑な安宿も、誰も住まないような廃屋も、狼が出そうな荒野も、どこもかしこも役に立たない情報なのだ。
そこで僕らは、この荒廃した街で誰にも見つからず、ここ二週間もの間ずっと姿を隠しおおせた理由を洗い出しなおしてみた。
ここで迂闊に街中をうろつけば、おばさんの云う通り奴隷商人に捕まって売り飛ばされてしまうだろう。かと云ってひとりで隠れていても、餓死を待つばかりだ。
だからこそ、協力者がいる――そこでトールさんやラウムさんの情報の逆を突き、女の子が一人で歩いていても不自然ではない場所を探してみた――そこは完全独立した世界を保つ、女たちだけが仕切るこの特殊な遊郭であったのだ。
ここならば、女が一人で歩いていても不自然ではない。
それに独自の掟がある遊郭で、荒くれ者たちとて勝手はできない。
楼閣は、高い塀と門に囲まれているが、河川沿いから侵入が可能。
そして最後に――
「この売春宿と河川を跨いだ反対側に、盗賊団のアジトがあった」
トールさん、ラウムさんから得た情報の整理と二日間の張り込み調査によって、この売春宿が盗賊団を繋ぐ連絡窓口として使われていた可能性を、僕らは見つけたのだ。
果たして……僕らの予想通り、盗賊団の頭目は現れるのだろうか。
カチャリ――
その時、売春宿の裏手にあるドアが開いた。
そっと姿を現したのは、襤褸布を被った小柄な身体。そこから垣間見える印象的な肌の色と吊り目の形――間違いない、あの時のダークエルフに違いなかった。
用心深く辺りを窺うように。その姿は警戒心の強い黒猫のようだ。
そっと。またそっと。恐る恐る、だが、音をたてず一歩一歩着実に外へ歩みだす。やがてその小柄な身体は、路地裏の闇に潜む僕の前をゆっくりと通り過ぎた。
バルデスくんが表で騒ぎを起こし、僕が裏手に待機する。
僕とバルデスくんの陽動作戦は、見事的中し成功したようだ。
僕はそこで、バルデスくんから渡されていた魔素の篭った呪符を破り捨てた。この符は対になる一方を持つ者へ、すぐさま何らかのシグナルを送っているはずだ。
そして僕は息を殺して、後ろからそっと少女へと忍び寄る。
「捕まえた」
僕は、立ち去ろうとする少女の細い腕を掴んだ。予想以上に細い手首だった。
少女が驚いて、凍り付いたような顔で、僕を見つめる。
「ひっ……!」
少女が、恐怖に戦慄く声を上げた。
身体を震わせたせいで、顔を覆っていた布がはらりと地面へ落ちる。
僕も少女も、お互いに顔を見合わせて、小さく息を呑んだ。
「僕は君を、もう逃がさない」
あの時と同じ、怯えた眼差し――間違いない。
僕の神羅儀で性転換を果たし、不安に怯えたあの少女と同じ表情であった。




