美味い飯屋と情報探し - 03
その男は『情報屋』であり、『ラウム』であると名乗った。
情報屋とは、その名の通り情報を売って生活する者だ。彼らが売買する情報は多岐に渡る。貴族らの醜聞から儲け話、近所のろくでもない噂話まで様々だ。
「情報屋ぁ?」
彼の素性を聞いたバルデスくんが、ギロリと睨みを利かせた。
バルデスくんが警戒した理由は、よく分かる。何しろこの手の商売を名乗る者に胡散臭い輩が多いのは、西部の寂れた街ではよくあることだからだ。
「おっと、そんな怖い目で睨まれちゃ美人が台無しだぜ、お嬢ちゃん」
「ああん? 何だテメェ、ケンカ売ってんのか!?」
茶化されて、バルデスくんが席を蹴らんばかりにいきり立つ。
選りに選って一番癇に障る台詞をチョイスするとは。何しろ元は男の子であったバルデスくんの、最も嫌う呼ばれ方が『お嬢ちゃん』だ。
「まぁまぁ……」
僕はすぐさま間へ割って入ると、睨むバルデスくんを両手で制す。
続けて情報屋の男へ向き直って、二人の間を取り成すようやんわりと話し掛ける。
「あの、この人は怒ったら怖いので、言動にはご注意ください」
「おお、おっかねぇ……噛み付かれねぇよう、よく肝に銘じとくよ」
ラウムさんは赤髪を掻き上げながら、そうおどけてニヤッと笑う。
なるほど。これは絶対にワザとだ――荒事に場馴れしたところを見るに、手練手管は巧みそうだ。この男に騙されぬよう注意が必要かも知れない。
「僕らの話を、あちらの席から聞いていたのですか?」
「でけぇ声でベラベラ喋ってたら、聞きたかなくても聞こえるってもんさ」
決して小さな声での会話ではなかったが、かと云って遠くの席まで聞こえるような大声ではない。ラウムさんは間違いなく聞き耳を立てていたに違いなかった。
相変わらず軽薄そうな態度を崩さない男に、バルデスくんがぶっきら棒に問う。
「で、どうなんだ。何か知っているのか?」
「そうさねぇ……」
やはりバルデスくんは、胡散臭い情報屋に対して苛立ちを隠さない。
そんな彼女の興味を惹くように、ラウムさんは声のトーンを潜めて云った。
「姉ちゃんたちがお探しの人物は、例えば『疾風の盗賊団』首領……」
「あぁん……?」
「もしくは、その所縁の者……違うかい?」
さすがは情報屋と云うべきか。僕らが捜索する人物とその意図については、どうやらお見通しのようだ。
僕は顔に答えを出さぬよう、じっと黙って様子を窺うことにした。
「風の噂じゃ、奴がダークエルフだって噂だが……どうよ?」
バルデスくんは「ふーん」と呟くが、そう簡単に警戒を解く様子を見せない。その姿は、目の前でエサをチラつかせても簡単には飛びつかない野良猫みたいに慎重だ。
そうして返事を返すことなく、口をへの字に曲げて黙り込んでしまった。
「何しろダークエルフってのは、こんな街でも腐ったゴミのように鼻摘まみモンどもさ。邪教を信仰し、街ン中に毒をバラ撒くことすら屁とも思わねぇ」
あからさまにダークエルフという種族を毛嫌いするラウムさんだが、そう云うのもあながち間違いでもない。例えば、村々への襲撃、略奪に放火、虐殺――邪教を信仰する集団によっては、裁判を経ずモンスターと同等に討伐されることも多い種族だからだ。
「いやぁ……実はオレらも盗賊団のヤツらには、ほとほと困ってんだ」
「と、云うと?」
黙り込んだバルデスくんに代わり、僕がラウムさんへ慎重に相槌を入れる。
「荷馬車が襲われて、薬やら何やら生活必需品がこっちまで回ってこねぇ」
どうやらトールさんから得ていた前情報通り。これはアルデス地方経由の荷馬車が、頻繁に『疾風の盗賊団』によって襲われているせいだろう。
すると傍で聞いていたおばさんが、机を叩いて大きな声で口を挟んだ。
「そうさ! 連中のおかげで、高値で取引される始末さね!」
おばさんも口を揃える様子を見るに、どうやら街の者はみんな困り果ててるようだ。その言動に触発されたように、客たちが口々に噂をし合う。
「首領がダークエルフだってなら、やりかねねぇ話だよ」
「だが先日は、表通りの酒場で大乱闘があったそうでな」
「あの騒ぎで街の自警団が、盗賊どもを七人ほどとっ捕まえた」
「だがあとの残党は、散り散りに逃げちまったそうだ」
その酒場の大乱闘の主と云えば、誇らしげなような恥ずかしげなような、なんだか座った目をして複雑な表情を浮かべている。その顔はいったい何なの、バルデスくん。
「だからよ、オレら街のモンはみんな探してんだ」
「何を……ですか?」
「その盗まれた荷物を、さ」
ラウムさんはより一層声を潜めると、僕にだけ聞こえるような声で囁いた。
「その、盗まれた荷物とはなんですか?」
「首都とアルデス地方を行き来する、交易品だよ」
首都とアルデス地方を結ぶ、主な交易品――確か、貴重な高山植物を利用した薬草類、って云ってたっけ。
「病気の子供も老人も、それさえありゃたくさんの命を救える」
ラウムさんはそう云うと、胸ポケットからメモ帳の端切れを取り出した。
すると彼の黒メガネの奥がキラリと光った――そんな気がしたけれど、ここは西日が差し込む店内だ。赤い夕陽がレンズに反射しただけなのだろう。
「めぼしい情報は、ホレ、この紙に書いてある」
取り出したメモ帳の端切れを、僕の目の前へ差し出した。
僕がその紙を受け取るかどうか逡巡していると、じっと睨みつけるようにして黙っていたバルデスくんが、ぶっきらぼうな調子でラウムさんへ訊ねた。
「いいのかよ、情報屋」
「あん? 何がだ?」
「情報屋が情報を売らねぇで、ホイホイ喋っちまってよ」
バルデスくんがこれまでずっと話を聞いていた理由はそれだ。きっと口の軽い情報屋を、彼女は訝しんでいたのだろう。
「へっ、オレだってバカじゃねぇよ。この情報はな、この街へ来ている賞金稼ぎみんなに、タダで配って回っているモンだ」
「賞金稼ぎ……この街に賞金稼ぎが集まってるのか?」
「そうでもしなきゃこの街じゃ生きていけねぇ……状況はそれくらい逼迫してやがる」
賞金稼ぎとは、懸賞金の掛かった犯罪者や逃亡者を逮捕することで、王国や街から報酬を得ることを専らの生業とした者たちのことである。盗賊団の暗躍については、王国首都でも噂になる程だ。この街に賞金稼ぎが集まり始めていても、何ら不思議な話ではない。
「オレらも生死が懸かってんだ。このままやられっぱなしじゃ、割に合わねぇ」
するとここで、訝しげだったバルデスくんの表情が少し変わった。
情報屋が飯の情報を無料で配る理由が判明したことと、賞金稼ぎというライバルが出現したことで、彼女は脳内で戦略を練り直したのかも知れない。
「だからよ。奴らに一泡吹かせてやってくれねぇか、姉ちゃんよ」
「おう、分かった……任せときな!」
バルデスくんはラウムの手からからメモを引っ手繰るように受け取ると、ここでようやくいつも通りの不敵な笑みを見せるのだった。