美味い飯屋と情報探し - 02
「ええーっ……オレが赤ちゃん孕むとか、うへえーっ……」
バルデスくんは真っ赤な顔をしたまま、か細い声で何事か呟くと、テーブルに突っ伏してしまった。それを見届けたおばさんがこちらを向いて、にやーっという顔をした。
あ、なんだろ。今度は僕の方へ矛先が向いてしまったような気がする。
「ほれ、アンタもガツンとお食べな! 細っこちぃんだから!」
そう云って、僕の背中を遠慮なしにパンパンと叩く。
やっぱり思ってた通り。とばっちりが僕の方へまで飛んできたようだ。
「そんでもって、いっぱい食べて精を付けるんだよ!」
「は、はい……頑張ります!」
真面目に答えたつもりだったけど、おばさんが大声を立てて笑う。
僕は何かヘンな受け答えをしてしまったのだろうか。テーブルの向かい側から、魂が抜けたように青い顔をしたバルデスくんの「な、何を頑張る気なんだよぉ……!」という、恨めしそうなか細い悲鳴が聞こえてきた。
ほっとくと死にそうな声だった。猫科の猛獣がどうも子猫になっちゃったみたいだ。
「ところでさ、どうだいうちの飯は。美味いだろう」
「はい。これは……神羅儀ですか?」
「へぇ、さっすが学生さんだ。鋭いね」
おばちゃんが感心した表情で、僕をじろりと見つめて云った。
「そうだよ、神羅儀だ。あたしはね、触った肉が美味くなるのさ」
「触ったお肉が、ですか?」
「ああ、そうさ。この辺境まで流れてくる肉はね。干し肉以外はロクなもんがないんだが、あたしの神羅儀を使えばね。何故か肉が美味く変化するのさ」
つまりおばさんの神羅儀は『生産系』ということになる。
美味しくなる理屈までは分からないけれど、神の恩恵のひとつの形だ。
「あたしの先祖はね、アルデスの山ン中で家畜を育てててさ。チーズやらヨーグルトやら作るために『畜産の神』を信奉しててね。黄金狂時代の時にこの街へ降りて来て……ま、結局は大失敗だったんだが、そのままここに住み着いたわけさね」
そう自身の人生を簡単に纏めると、あっけらかんと訳もなく笑い飛ばす。
「これだけ美味しい料理なら、大きい街でもお店は出せたんじゃないですか?」
「なに、私にとっちゃここが故郷さね。荒くれの多い街だが、故郷が一番さ」
ここまで話したところで、大事なことを思い出した。
僕らが今一番やらなくちゃいけない懸案を、おばさんに訊ねてみた。
「ところで、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい? おばちゃんに何でも聞いてみなさいな」
「この街でダークエルフを見掛けたことは、ありませんか?」
「ダークエルフ……うーん、さてねぇ」
おばちゃんは、唸って腕組みをする。
考え込む様子を見るに、トボけた素振りは感じられない。
「人探しかい?」
「ええまぁ……」
「この街じゃ他人の素性を詮索しないんでね……どんな子だい?」
「ええと、背が小さくて、可愛い女の子だと思うんですけど」
「なんと、可愛い女の子かい!」
おばちゃんが呆れた声でのけぞった。
「もしも器量良しだったら、あっという間にかどわかされちまうよ!」
「そんな物騒な……」
「そりゃ物騒さね。何せこんな街なんだからね」
そう云われて困惑していると、おばさんは僕の耳元で声を潜める。
「あんたらさ、奴隷商人を知ってるかい?」
「奴隷商人……ですか?」
奴隷商人――そういう連中が存在するのは、さすがの僕も知っている。
引き取り手のない孤児や借金のカタなどに、人間を奴隷として売買する闇組織だ。貧民街などでは酷い場合、親に子供が売られるケースもあるのだという。
現在、王国の法律では禁止されている行為だけれど、裏社会では今もなお秘密裏に行われているともっぱらの噂だった。
「この街じゃね、身分を偽った奴隷商人なんざ腐るほどいるのさ」
そう云われて僕は、つい周囲を見渡しそうになって、すぐに止める。
そこでもし誰かと目が合ってしまったら、襲われてしまいそうな気がしたからだ。
「アンタたちみたいな可愛いのが、よくぞこんなところに来たもんさね」
「ま、オレの場合はすぐ二~三人、ブッ飛ばしてやったけどな!」
テーブルに突っ伏してたバルデスくんが、ひょこっと得意げな顔を上げる。
話を聞くに、バルデスくんが初めて来店した日――店前で荒くれの大男たちと大喧嘩をした挙句、店へ入ってどっかと椅子に腰を下ろすと「オバちゃん、メシ」と何気ない調子で注文したのだそうで。それ以来、おばさんと仲良くしているのだという。
「そんなことしたんですか、バルデスくん……」
青褪める僕を余所に、バルデスくんは実にあっけらかんとしたものだ。
「ま、街中をウロウロできるヤツァ、腕っぷしがないと無理な話だろな」
「独りぼっちのダークエルフなんて、奴らのいいカモさね」
あれ? そうか、もしかして……
ずっと何かを見落としている気がしていた。僕らが予想外の何かを。
あのトールさんの情報でも予測できなかったそれは、もしかして――
「おい、ラウム!」
そこでおばちゃんが、窓から一番遠い席に座る男へ声を掛けた。
あれ。気付かなかったけど、いつの間にあんな端っこに人がいたんだろう。
「どうせ、聞き耳立てて聞いてたんだろ!」
「へっへへへ……まぁな」
「アンタ、何か知らないかい?」
すると男が椅子から立ち上がり、こちらへ向けて歩いてきた。
鮮やかな赤髪に、細身で長身。目元を黒眼鏡で隠した男だ。
男はニヤリと口角を上げると、自らをこう名乗った。
「オレはこの街で『情報屋』をやってるラウムってモンだ」