疾風の盗賊団を追え - 02
無法地帯である名のない街へ降りる前に、街道の駅馬場で馬を借りる。
街へ赴くにバルデスくんの六脚馬では、目立ちすぎるからだ。そもそも六脚馬は余程のお金持ちか、大貴族じゃなきゃ飼えないほどに高価な代物だ。
隠密行動をしなくちゃならないのに、廃れた街中では悪目立ちするに違いない。
「ところでバルデスくんの愛馬はどうするんですか?」
「あ? 雷光なら、コテージのあたりに放っときゃ平気だろ」
ライコウ――とは、あの六脚馬の名前のようだ。
「あの子、雷光って名前なんですか……知りませんでした」
「あん? そうだっけか?」
「バルデスくんがいつも「アイツ」とか「コイツ」とか呼ぶからです」
ちなみに三百年以上生きる六脚馬は、非常に賢いことでも有名だ。主従関係さえしっかりと出来上がっていれば、綱に繋がなくとも自ら主人の元へと戻る習性を持つ。
人間の意志をくみ取りもするし、通常の馬の倍以上の巨体を生かし、尋常ではない攻撃力を誇る。並みの怪物では、とても太刀打ちできないはずだ。
だからコテージの傍に放牧していくつもりのようだが、逃げ出すことはおろか、この辺りを縄張りと認知すれば、侵入者すら寄せ付けることはないだろう。
「さて、そんじゃちっくら街へ下りてみっか」
借りた馬の轡を並べて、僕らは街道を静かに進む。
その際に、バルデスくんが事前に仕入れておいたという情報を聞かせてくれた。
「まずオレたちの追う『疾風の盗賊団』は、旅の商隊を襲うことで有名だ」
「はい。王都へ向かう荷馬車が、盛んに襲われていると聞いています」
「そうだ。そしてここ半年の間で、その活動が最も活発となっている」
首都郊外で最近何かと話題になっていた理由が、それだ。半年前よりも行動が大胆になり活動が活性化したため、この問題が表面化したのである。
「どうも頭目が代替わりしたせいだ、って噂もあるが……」
その辺りの状況は、まだ判然としていないらしい。ただ盗賊団は迅速な行動力と強固な結束力で、なかなか尻尾を掴ませないのも事実だ。
そこで僕は、二週間前に対峙したあの盗賊団の頭目を思い出す。小さな身体ながら疾風のような素早い身のこなし。まさしく盗賊のお頭として相応しい動きだった。
「云われてみれば、彼はまだ若そうな感じでしたね」
「しかもダークエルフときたもんだ……オレも初めて見たぜ」
エルフ族は秘境に居を構える者が多く、人里へ降りる者は少ないという。それでも交易や日々の生活品売買などで、秘境近くの街や首都近郊では稀に見かけることができる。
また魔法に長けた種族でもあり、神羅儀とはまた別の魔力を持つことで有名だ。よって僕らの通うアルディオーネ魔法学院にも、エルフ族は少なからず在籍している。
そんなエルフ族の中でもダークエルフは、神羅儀に於いて邪教を信仰している者が多く、人々に忌み嫌われている。そのため素顔を隠して街の裏側を行動するから、街中でも衆目に触れることは非常に少ないのだ。
「でも……とても奇麗で端正な顔立ちをしていました」
「まぁ確かに、美形っちゃ美形ではあったよな」
「そして今は、女の子の身体になっているはずです」
エルフ族特有の見目麗しい容姿。それは盗賊の頭目も同様だった。だがその顔立ちは、僕の神羅儀を受けたことにより、ずっと女性的なものへと変化しているはずだ。
「だからチャンスなわけだ」
「はぁ、チャンス……ですか?」
「おう、何せその顔を知っているのは、オレたちだけだからな!」
バルデスくんは意気揚々と腕を撫した。盗賊団の頭目を捕らえることで、何が何でも手柄を上げ、一族や同級生を見返してやりたい一心なんだろう。
失敗した時のことが頭にないというのは、不安な反面、頼もしくもある。
「んで、奴らが出没しそうな場所やアジトは、幾つか仕入れてある」
「それが事前に調べておいた必要な情報ですか?」
するとバルデスくんは頷きながら「それだけじゃない」と得意げな顔で云った。
「奴らが主に狙う商隊は、アルデス地方経由の荷物のようだ」
アルデス地方と云えば、ここよりもずっと西にある峻険な山岳地帯で有名だ。
中央を南北にアルデス山脈が分断している高原地域で、主な産業は牧畜を始めとしたチーズやヨーグルトなどの乳製品、そして――
「貴重な高山植物を利用した、薬草類だよ」
そんなアルデス地方の薬草類は首都でも貴重品とされ、高価で売買されているものだ。その用途は、病気を治す薬から害獣退治の毒薬、魔術用のアイテムと多岐に渡る。
「恐らくは、それらを闇市場へ横流しして荒稼ぎしてンだろな」
「ところでその情報は、何処から仕入れたのですか?」
僕が疑問に思うのは不思議なことじゃない。何しろ僕らが狙う相手は名うての盗賊団。その実力は確かなもので、王国騎士団でも手を焼いて首都で噂になるほどだ。
いくらバルデスくんが名門貴族であっても、まだ一介の学徒に過ぎない。そんな彼女がそう簡単に仕入れられる情報とは思えなかった。
「ふふん、知りたいか……?」
鼻高々にもったいぶっているバルデスくんを見ていると、ちょっと不安がよぎる。マルスさんじゃないけれど、迂闊なところも多い彼女をつい疑ってかかってしまう。
「学年主席の……ホラ、さすがのオマエも知ってるだろ」
「ええと確か、トール・アルフォードさん」
「そうさ、かの『絶至神療』――第一級神羅儀の使い手さ」
彼女の云うトール・アルフォードさんは、僕らと同学年で、学年主席の天才だ。
種族は人型最強種とも称される人型竜種で、薬学魔術に関して彼の右に出る者はいない。魔法学院内でも『薬学研究のホープ』と将来を嘱望されている。
そして何より、王国内でも数えるほどしか存在しない、第一級神羅儀の使い手だ。
「実は今回の遠征課題は、アルフォードから持ち掛けられたんだ」
持ち掛けられたというのは、恐らくバルデスくんの誇張だろう。アルフォードさんがぽろりと洩らした情報を、耳聡く聞きつけたバルデスくんが飛びついたに違いない。
アルフォードさんは薬学研究の天才だけど、それ以外に関してはあまり興味がないような人で、研究室に籠りきりになってるという噂をよく聞いているし。
「いや、ま、学食で愚痴ってたのを、小耳に挟んだだけなんだけどな」
「あーあ、やっぱり……」
「やっぱりってなんだよ、コノヤロー!」
予想通りだった。だってアルフォードさんが、バルデスくんに持ち掛ける理由なんてないし。武門と知性。畑違いの分野の二人の接点なんて、そうそうあるもんじゃない。
「コーヒーを飲みながら、溜息交じりに困り果てた表情でさ。薬価が高い……って呟いててさ。そこであれこれ聞き出してみると、例の盗賊団が原因だってことでな」
「それでバルデスくんは、今回の遠征を思いついたんですね」
「ああ、アルフォードのヤツがさ、オレらが解決してくれるならって協力してくれてさ。さすが学年主席だぜ。アイツ頭良いわ。薬価の値上がった商品や、流通、人の動きなんかを数値で調べてくれたら、それがまさにビンゴだったってわけよ」
これでやっと、僕も状況が理解できた。
今までの手際の良さ、猪突猛進のバルデスくんらしくないはずです。
「なるほど……そういう理由ですか」
「なんかオマエ、失礼なこと考えていない?」
「いえ、さすが『ない知恵は他人を頼る』がモットーのバルデスくんです」
「うはは、そんなに褒めるなって! ……それ、褒めてんのか? 貶してないよな?」
「あ、ホラ。街が見えてきましたよ、バルデスくん」
バルデスくんの追及を誤魔化すように、僕は街道の先を指差す。
坂の下に広がるは、目指す先の荒れ果てた街――再び、僕らの冒険が始まった。