荒野征く旅の途上 - 01
大浴場での出来事から二週間後――僕らは学院の実地研修制度を利用して、再び西部の大地へと乗り出していた。
それはもちろん取り逃がした「疾風の盗賊団」首領捕縛のためだ。今回は大型連休と研修制度を利用しているから、前回の旅よりも二週間ほど長く、そして遠くまで遠征できる。
大荷物と僕らを乗せて、バルデスくんの六脚馬が荒野を駆ける。
「……夢?」
「はい、夢を見ました」
長い移動距離と持て余した時間の中で、バルデスくんと自然にそういう話になった。
数日前に夢で見た、陰鬱で殺伐とした廃城に住まう物悲し気な王の夢だった。
「とある王様の夢、というか記憶のような、そんな夢です」
「記憶のような夢か……そりゃもしかしたら、アレだ」
バルデスくんには、何か思い当たることがあったようだ。
「そりゃ『神の記憶』とかいうヤツかも知れねーなぁ」
「神の……記憶、ですか?」
バルデスくんの云う『神の記憶』とは、神が肉体を得ていた神話の時代。信仰する神より神羅儀を借り受けた時に、その時の記憶の一部をも借り受けるものだという。
「おうよ、オレの戦神・バッソ神なら、たまに戦場の夢を見るぜ」
「戦場の夢とは、例えばどんな夢ですか?」
「そうだな、軍馬で土煙を上げて迫りくる大軍を、丘の上から眺める夢とかな」
「迫りくる大軍……それは敵兵ですか?」
「おう、そうだ。戦場に立っている時に見下ろしたんだろうな……多分」
さぞかし勇敢で勇壮な夢なのだろう。バルデスくんはそういうのが大好きだから、ちょっと興奮気味に、詳細をあれこれと語ってくれた。
「そんなわけだからさ、タクミは夢をよく覚えといた方がいいぜ」
「はぁ……それは何故ですか?」
「何故ってそりゃタクミの神は、誰も知らない神だからさ」
そうだった。僕の神については、誰も知らない。知る者がいない。
階位どころか神羅儀の名すら、誰も知らない無名の神。聖典は元より、地方の伝承どころか口伝でさえ残されておらず、何もかもが不明なままだ。
「性別を変える神羅儀――そりゃいったい何を司る神なのか。その由来となる神の根源を探らないことには、神羅儀局だって、おいそれとオマエを開放しやしないだろうし」
僕がずっと監視下に置かれていることを、バルデスくんは気に掛けてくれている。
「ああそうだ。今回も神羅儀院には、魔法使用を申請しといたから」
「えっ、本当ですか?」
「ああ、だからオレが必要と判断した時は、使うことができるぜ」
僕たちの班――と云っても二人きりだけど――のリーダーであるバルデスくんの判断で、この実地研修中は僕の神羅儀が使用できることになったそうだ。
実際のところ、どういう機会にどんな形で使えるのか、全然分からないけど。
「ところで、神羅儀使用許可の『見返り』は何ですか」
「うっ、それは……」
バルデスくんが口籠る。これは僕ではなく、マルスさんから託されていた質問だ。何故か分からないけれど、ちゃんと聞いておくようにキツく云われていたことである。
「見返りっていうか……神儀発動の詳細なレポートを義務付けられてる」
バルデスくんはちょっと口籠ったけれど、それ以上は戸惑う様子もなくあっさりと教えてくれた。嘘をつくのが苦手な彼女のことだから、きっとそれは真実なのだと思う。
口籠ったのは、たぶん『見返り』という僕らしくない云い方に驚いてのことだろう。
「そっか……神羅儀院の思惑からすれば、その可能性もあるよな」
「その可能性とはなんですか?」
「様々な実証データを集めることさ」
そう云うと、ちょっときまり悪そうな顔でこちらを振り向いた。
「それ、マリアから聞くように云われたんだろ」
「はい、そうです」
僕も隠しごとは苦手なので、素直に答える。
「そうだよな。頭の切れるアイツらしいよ」
「というと?」
「神羅儀院に下手な答え方をすると、タクミの不利に働きかねないってことさ」
神羅儀院は、法王庁直下の独立機関でもある。
この大陸に生きる上で最も重要視される、特殊な魔法『神羅儀』を統括する部署として、王権に次ぐほどに巨大な権力を握っているとされている。
それだけに歴史と共に闇は深く、様々な権謀術数が渦巻くと噂される伏魔殿だ。きっとマルスさんはバルデスくんに「注意しろ」と遠回しに伝えたかったのだろう。
「うっし、オレも気を付けることにするからさ。オマエはなんも心配しなくていいぜ!」
気合を入れなおしたバルデスくんは、そう力強く答えた。マルスさんの思惑と神羅儀院の目論見を、何か感じ取ったのだろう。
それは頭の良くない僕には、とても計り知れないことだ。駆け引き上手で智謀に長けるマルスさんと、なんだかんだで勘のいいバルデスくんは、こういう時に凄く頼もしい。
「マリア、いや、アイツはもうマルスなんだな……」
そう呟いて、バルデスくんはしばらく考え事をし始めた。
女から男へと変化したマルスさんのことを――意地を張ってるのか――ずっとマリアと呼んでいるけれど。どうやらそのことについて何か、改めて考えるところがあるようだ。
「うーっ! あーっ、もうっ!」
何かに耐えきれなくなったように、突如バルデスくんが大声を上げた。