王の眠る魔宮 - 01
夢――夢を見ている。
それは、或る王の夢であった。
薄明り指す窓辺の傍で、余は目覚めた。
目の前には、見慣れた黒き古城の壁。
剥がれ落つ装飾と漆喰は、嘗て運命の女神を象りし浮彫細工か。
肌を斬り付ける苛辣な感触は、荒野の夜風であろうか。
片腕を動かせば、風化した玉座の一部が崩れ落ちた。
「お目覚めですか、我が主人……」
余はゆっくりと瞼を開き、目覚める。
聞き覚えのある、冷厳な声――其に余は心凍てつかせ、げに当然の事象を問う。
「此処は何処か」
「此処はもちろん、貴方の居城ですわ」
数多なる臣下を失いて、荒廃した余が居城。
それは廃墟と朽ち果てた、奇怪にして漆黒の魔宮であった。
「では、余の名は何か」
声の主は、少し驚いた表情を見せた。
だが聡明な彼女は、質問の意味に気付いたようだ。
「貴方は――世の覇者にして、絶対的な王ですわ」
そうか……余は、虚ろ為る世界の王。
暗愚な支配者は、歴史の死と共に闇の底へ堕つ。
「道化が……余を絶対的な王とは、笑わせる」
だが、それでいい。
此れこそが愚かなる王の宿命。
「此のまま廃墟を玉座とし、混沌の残滓となるか」
いや、まだだ――聊か物足りぬ。
満たされぬ酒杯を煽ることなく眺めるように。
余の心もまた、満たされることはない。
これは怨恨か、将又――後悔の念か。
「それとも否……今一度、猛るか」
竜種の朱き舌の上で踊る種火の如く。
散って逝った者たちに捧ぐ、慙愧の念か。
「往く道は、滅失の茨か滑稽の躯」
「抜かせ、叛逆の王とは――死神の鎌の上で踊る者」
自嘲せしは、敢えて難関辛苦を選ぶ愚かさか。
よもや我が胸中に、斯様な惜別が去来するとは。
「猛りて、如何にいたしましょう」
「聞きて、如何にかはせんとする」
道化の問いに余は嗤う。そして告げた。
「さらばだ……血と肉を別けし同胞よ」
「ええ、至極にして最期の王よ……御随意に」
胸裏の奥底に燻る焔がままに――
崩落した天井より覗くは、叢雲に揺れる下弦の月。
粒子と散り逝く余の肉体と精神を包み込むように。
月明かりが暮夜の暗闇を、蒼く、蒼く照らしていた。