僕と彼女の混浴大作戦 - 03
マリアさんの時代から、その観察眼の鋭さは元より、勘が良く抜け目のない人だ。
だからそうじゃないかと思ってたけど、やっぱり気付かれていた。
「いや……だ、誰も隠れて、ねぇし」
ピープーと口笛まで吹いてしどろもどろ過ぎです、バルデスくん。
そんなたどたどしい様子では、嘘がバレバレではないかと。
「では君一人で風呂から上がったらどうだい?」
その程度の誤魔化しは通じない――誰よりも幼馴染の僕が、一番知っている。
マルスさんは濡れた髪を掻き上げながら湯船へ入ると、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「ふぅん……私の姿を見てもたじろがず。声一つ上げないとはね」
もしかして堂々としていたマルスさんは、わざと全裸を見せつけていたのだろうか。
そういうドSな性癖なのかなって云えば、そうなのかも知れないなって思ってたけど。もしかしたら始めからそういうつもりだったのかな、とか、余計なことが頭をよぎる。
「まさか、バルデス」
「な、なんだよ」
「彼女は……いや彼は、まさかタクミ・パリスじゃないだろうね」
「はぁ?! ちっげーっし!」
僕の名を口にした瞬間、マルスさんの瞳がより一層の鋭さと厳しさを増した。
こう云っちゃなんだけれど、マルスさん――いやマリアさんは、昔から僕が絡むことになると、いつだって本気で心配して、本音で語って、本心から怒ってくれたっけ。
「それでは、そこに隠れている彼女は、誰だ?」
けれど今日は、その瞳がちょっと怖い。僕が女性の心と身体になっているせいだろうか。喜怒哀楽など感情の起伏に触れる度、今は気持ちが敏感に反応してしまう。
「え、えっと、コイツは……」
追い詰められたバルデスくんが、ついに意を決したようだ。
何か妙案が浮かんだ表情で、ハッキリとこう云った。
「サ、サクミ・タリスだ」
それは僕の名前、タクミ・パリスと殆ど変わらない。
ちょっと無理がないでしょうか、バルデスくん。
「へぇ、随分とタクミ・パリスによく似た名前だね」
「そっ、それは……」
マルスさんに案の定、余裕の微笑みでそう返されてしまった。
でも嘘を見抜いた後の、彼の目の奥は笑ってない。全然笑っていない。細く開かれた流し目は、厳しさを増し、僕から見ても色気があって……でもちょっと意地悪だった。
バルデスくんは変なところで正直ななんだから。どうにも嘘がヘタすぎる。そんなに口籠ってしまっては、嘘を付いていると云っているようなものなのに。
「それは、ええと……」
けれど、あのバルデスくんが、必死になって僕をかばってくれている。それが分かって少し……嬉しい。こんな気持ちになれるのは、何故だろう。
おかげで弱虫で臆病な僕の心に、ちょっとだけ大胆になれそうな気持ちが湧いた。
「それはタクミさんから私が、名前をお借りしているからです」
バルデスくんの後ろから姿を現して、僕はそう云った。
今ここで助け舟を出せるのは、僕しかいない――そう思ったから。
「ほう、君は……」
バルデスくんが息を呑み、僕の姿を真正面から見たマルスさんが思わず目を見張る。
こんな姿をマルスさんに見せるのは、さすがに恥ずかしい……身体の芯から小刻みに震え、思わずもじもじと身をよじってしまう。
「お初にお目にかかります、エルディーン卿」
不思議と転がり出たのは、女の子の愛らしく高い声――当然、身体も男の子のタクミ・パリスとは違う。それよりもずっと華奢で少女らしい姿だ。
元々僕の姿は少し女の子っぽいけれど、今は本物の女の子の身体へと変化している。
だから男の子の時とは、完全には同じではない――と、そう信じたい。いくらマルスさんだからと云って、確信をもってバレていないはずだ。
「君が、サクミ……」
「はい、サクミ・タリスと申します」
細くて柔らかそうな、女の子の身体へ変化した僕の、一糸纏わぬ姿。隠せるところは極力隠すけれど、僕の身体こそが、間違いなく女の子であることを証明している。
少し恥ずかしいけれど、小さい頃からお世話になっているマルスさんにだったら、例え僕の全てを見られたとしたって構わない。ええと、構わない……よね?
「名前を借りている……とは、如何云うことだい?」
「はい、私はバルデス家のメイドとして、アルム様のお世話させて頂いている者です」
「ほう、バルデス家の?」
じっと嘘を見抜くように、マルスさんは眼光鋭く僕の瞳を見つめる。
僕はその瞳に負けないように、真っすぐにマルスさんの瞳を覗き込む。それが一番の証明になるはずだ。蒼く澄んだ瞳へ吸い込まれそうになりながら、僕は瞳で訴えかける。
「はい、何分アルム様は、女子のお姿にまだ不慣れなもので。こうしてタクミ様にお願いをしてたまに入れ替わり、学院へ忍んでは身の回りのお手伝いをさせて頂いております。よって私の本当の名は明かせぬのです……エルディーン卿に於かれましては、お見逃しのお慈悲と共に、この件はどうぞ御内密に」
僕はそう申し立てた。ゆっくりと落ち着いて――云い淀みなく流麗に。
咄嗟に口をついた云い分としては、僕にしては上出来じゃないだろうか。それがマルスさんを説得する、唯一の方法だと信じて。
「なるほど。確かに君は、タクミ・パリスとよく似ている」
「それがアルムさま付きのメイドとして、私が雇われた理由で御座いますから」
そう告げて、僕はにこりと微笑んだ。それは自然と出た仕草だった。
僕の云い分を聞き終えてなお、マルスさんは真剣な表情でじっと見つめている。
「……いいだろう、サクミ・タリス」
緊張の糸を解いたように、マルスさんはふと柔和な笑顔を見せた。
「君の云うことはよく分かった。この度は、君たちの秘密を覗いてしまった私にも非はある。だから今日のことは、一切他言すまい」
どうやらここは、マルスさんが引いてくれるようだ。
でも……こういう時に一筋縄でいかないのが、彼の特徴でもあった。
「だがサクミくん……キミとは、もはや性別の障壁がなさそうだからね……これからは、遠慮なくキミへアプローチさせて頂くよ」
マルスさんはそう云うと、僕の手をそっと取り――手の甲に優しくキスをした。
「あーっ!!」
と、叫んだのは何故か、バルデスくんだった。
僕はと云えば、さすがはマルスさんらしいなぁ、と落ち着いていたけれど。
何しろマルスさんと僕は、彼がマリアさんだった時代からの幼馴染だ。だから気障な仕草も、手慣れたキスの仕草も、溢れ出す愛情表現も、まず慣れたものだ。
「ななな、何すんだ、てめぇ!!」
真っ赤になったバルデスくんは、落ち着きなく抗議の声を上げる。
「おや? なぜ君がそう狼狽えているんだい?」
「タク……えうう、う、うちのメイドに手を出すなって云ってんだ!!」
おお、バルデスくん頑張った。何とか持ち直した。云い直した。
けれどマルスさんは、その様子を見て優雅に「くすり」と笑う。
「では、先に上がらせて貰うよ」
そう云ってマルスさんが湯船から立ち上がる。僕の手の甲にキスをするために、わざわざ膝を折っていたからだ。
そして堂々と、自らの身体を一切隠すことなく、僕らの前へ立つと――
「それじゃあ、また逢おう……サクミ・タリスちゃん」
そう告げるマルスさんの、爽やかで、眩しすぎるくらい輝く笑顔。この人が元々女性であったとは思えないほど、ナチュラルな仕草でとても魅惑的だった。
もしも僕の心が男の子でなければ、あの笑顔に一発で、恋に心を溶かされてしまったんじゃないかな……今は一応、女の子の身体だけれど。
ああ……だからちょっと、僕の胸はドキドキと高鳴っているのかも知れない。
「まったく……油断も、隙もねぇよ……」
そう呟くバルデスくんへ振り返ると、疲れ切った表情でそう呟く。
憤慨しているのか、それともこれは――もしかして嫉妬しているのか。
「ふふっ、まさかね」
「な、なんだよ、タクミ……こっちみんな」
照れ臭そうに頬を染めたバルデスくんは、ちょっと複雑な表情をしていた。そうして湯船の中へ顔を半分沈めると、コポコポとあぶくを噴き出すのだった。