第三節
サークル領において、ピックポケットは珍しいものではない。むしろ日常茶飯事であり、探索者達からもその行為は容認されている。
この不可思議の背景には、サークル領における「来る者拒まず」の精神がある。と言うのも、サークル領とは基本的に遺跡探索者から金を巻き上げることで成り立っている土地であり、即ち、遺跡探索者候補は多ければ多いほどありがたい。だからどんな人間でも受け入れる。サークル領ほど周辺の関所が緩いところは無いと、国内であればどこででも噂されている。
そんな背景から、サークル領には各地から未来の遺跡探索者、すなわち、移民希望者がやって来る。口減らしの為に追い出された者。一攫千金の夢を視た者。自ら貧困の脱出を目指した者。領主への不満がある者。背景は様々だが、サークル領へとやって来た移民希望者は例外無く困り果てる。遺跡に入ることができるのはサークル領の学園所属生に限るなんてルールの存在、つまり、遺跡探索者とはサークル領の学生を指す言葉であることなど、想像もしていないからだ。
学園に入学しようにも、サークル領は金貨や銀貨といった、鉱物加工品を通貨としていない。工芸品である蜻蛉玉を通貨に設定している。移民希望者がそんな田舎臭い通貨を持っているはずもなく、又、正式な領民ではない彼らは真当な手段で通貨を稼ぐ事もできない。その為、入学費用を賄うことはおろか、日々の生活さえ怪しくなる。結果として、彼らは遺跡探索者から通貨を拝借するようになる。遺跡探索者が浮浪者に物品を盗まれたなど、恥ずかしくて喧伝できないだろう、という判断に基づく行動である。
この判断自体は的外れどころか後ろ向きに弓を引く勢いで外れているのだが、行動自体は的を射ている。同業者である遺跡探索者からピックポケットができないようでは、遺跡探索者として食べていくことはできないと、学園が考えている為である。事実、学園の入学条件のひとつには、入学費用の一部に遺跡探索者から稼いだ分があること、という裏項目がある。裏項目があることは、入学直後に「他人から物品を盗んではいけません」という旨の理不尽なお説教と共に暴露される。
それらの背景を知っている、どころか身に覚えがあるからこそ、多くの遺跡探索者はピックポケットが容易になるように、予備の財布を持つ。そちらの財布なら、盗っても構わないという意思表示である。もちろん、「盗れるものならな」という条件付きの。明らかに狙いやすい獲物がいるからこそ、ピックポケットの対象は遺跡探索者に絞られ、領民への被害は抑えられる。サークル領の治安維持方法のひとつだ。
シネラリアも遺跡探索者の例に漏れず、ピックポケットの経験があり、別に盗られたことそのものは気にしていない。気にしているのは、二点。本来今日は財布を新調するつもりだったので、普段使いの財布は自宅に置いてきたこと。したがって、このままでは無一文で自宅に帰る羽目になること。そして、今日が誕生日だということ。
ピックポケットの被害に遭い、無一文で帰宅する。そんな誕生日、嫌だ。嫌過ぎる。もうちょっと、こう、何とかしたい。まだまだ誕生日に夢を視ていたい。そう考えたシネラリアは、溜息をひとつ吐き、踵を返した。