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六月十一日 全てが終わる

 翌日、緒形義徳はいつものようにオフィスにいた。彼の向かいには、西村陽一が座っている。

「さて、これで義徳さんの仕事は全て片付きましたよ。俺の方は、ちょいと後始末をしなきゃなりませんがね」

 そう言って、陽一は愉快そうに笑った。

「後始末? いったい何をするんだい?」

 義徳の問いに、陽一は楽しそうな様子で答える。

「決まってるじゃないですか、神居公彦の始末ですよ。あの馬鹿、今回だけはさすがにやり過ぎでしたからね。神居家の当主・神居宗一郎も、やっと腹を決めたようです……馬鹿息子の始末をね」

「そうか。まあ、当然だろうな。むしろ、遅すぎたくらいだ。もっと早く決断してくれていれば、死なずに済んだ人間が大勢いたのにな」

 そう、神居公彦はどうしようもない人間だった。あの男に対しては、義徳は欠片ほども憐れみを抱くことは出来ない。

 何故なら、公彦こそが本物の連続殺人鬼だからだ。


 その時、テレビからコメンテーターの声が聞こえてきた。


(この事件の背後には、覚醒剤が大きく影響していますね。間違いありません)


 そのコメンテーターを、暗い目で見つめる義徳。彼らは、何も分かっていないのだ。

 全ては、義徳が絵図面を描き陽一が行動した。それだけだ。




 まず、住田健児と陽一がかき集めた、付近の犯罪者もしくは前科者のデータ。その中から、義徳が犯人として選んだのは塚本孝雄であった。まず、外見が公彦に似ている。他の者に比べると隙も多く、なおかつ覚醒剤のせいで精神的にも脆い……この件にはピッタリだった。

 その孝雄を連続絞殺魔に仕立てあげる、そのために陽一が動いた。公彦が取り調べを受けている間、灰色のネクタイで他の女を絞殺する……真犯人と全く同じ手口で。

 さらに、その犯行時に用いたネクタイを孝雄の部屋に放り込む。その上、孝雄が安い覚醒剤を手に入れられるよう手配した。孝雄をもっと狂わせるために。

 しかも、ダメ押しも忘れていなかった。孝雄の両親を絞殺し、その死体をリビングに放置しておく……大量の覚醒剤により常軌を逸した精神状態になっていた孝雄は、もはやどうすることも出来なかった。


 また、この計画において重要な役割を果たしたのは桜田将太であった。将太には、孝雄を殺してもらう必要がある。そのため、近所に住む前科者・佐藤隆司を痛めつけさせ……報酬として金を与えた。

 謎の手紙の主は、必ず金を払うことを印象付けさせるために。


 その結果、事態はこれ以上ないくらいに上手く運んだ。孝雄は身の回りに起きる不可解な出来事に怯え、混乱し、ますます覚醒剤にのめりこむようになっていた。挙げ句、両親の死体を放置してまで覚醒剤に溺れたのだ。しかも、部屋の中には義徳と陽一が仕込んだ様々な証拠が出てくる……警察は連続絞殺事件の容疑者だった公彦を釈放し、孝雄が真犯人であると発表した。

 その上、真犯人であるはずの孝雄は、将太が始末した。身勝手な正義感と、実戦という名の暴力への憧れを持ち、さらには自己承認欲求に突き動かされていた将太。殺し屋として使うにはもってこいだ。しかも、夜な夜なチンピラを狩っていた自警団気取りの将太は、マスコミにとって格好の獲物である。

 こうして真幌の絞殺魔が起こした数々の事件は、被疑者死亡のまま書類送検という形で幕が降りる。代わりに、今では将太の存在がクローズアップされていた。何人ものチンピラを路上でのストリートファイトで叩きのめし――死亡した者もいる――、さらに絞殺魔を素手で仕留めた将太。ネットでは、彼を英雄視する者までいるくらいだ。




 だが、事件の真相は違う――

 神居家の三男である神居公彦は、生まれながらの異常者であった。田舎町において、警察よりも大きな権力を持つ神居宗一郎……その息子であるがゆえ、公彦の異常さを咎める者など誰もいない。

 女を絞め殺した後、その死体を見ながら自慰を行なう性癖を持っていたとしても。

 全ては、神居家の人間が揉み消してきた。


 その日、公彦は東京に旅行に来た。だが、ここでも例の病が彼を突き動かす。公彦は、立て続けに三人を殺した。

 だが、都内では神居家の力も及ばない。公彦はあっさり逮捕される。

 公彦は警察の取り調べに対し、しらをきり続けた。さらに神居家お抱えの弁護士が派遣され、上手く言い逃れる方法を教えた。

 そんな中、白羽の矢が立ったのが義徳であった。

 もともと義徳は、公安にて世論を操作し大衆の目を欺く部署で仕事をしていたのだ。事件の内容を改竄し犯人をでっち上げるなど、お手のものである。

 こうして、公彦は容疑者から外され、釈放されたのだ。

 しかし今回の件で、神居宗一郎は決断を下したのである。公彦を消せ、と。

 神居家から逮捕者を出す訳にはいかない。神居家は、白土市を支配しているのだから。しかし、公彦は同じことを繰り返すだろう。これは、不治の病なのだ。公彦には死んでもらうしかない。


「公彦は明後日、日本を立ち海外旅行に行く予定だとか。もっとも、その前に俺が始末しますがね。後は、健児さんが上手くやってくれるでしょう。事故として、処理する手筈になってます」

 愉快そうに語る陽一。彼は、この仕事が心底から好きなのだろう。

 その時、一つ思い出したことがあった。

「なあ、陽一くん。一つ聞きたいんだが……佐藤隆司の勤めていた会社に前科の事を教えたのは、君じゃないのか?」

「ほう、よく分かりましたね。さすが義徳さんだ」

 そう言って、陽一はうんうんと頷いた。

「何のために、そんなことをしたんだ?」

「奴は、こっちの世界で生きた方がいいですよ」

「何故、そう思う?」

 静かな口調で、義徳は尋ねた。

「まあ、あなたみたいなエリートには分からないでしょうが……はっきり言えば、前科の付いた人生なんて、やり直しが利かないんですよ。殺人なら、特にね……この社会は本当に、偏見と差別に満ちています」

 淡々とした口調だが、陽一の言葉には重みがある。

 そして義徳もまた、彼の言葉が正しいことを知っている。どんな善人の中にも、偏見と差別は存在する。それらを拭いさることは不可能だ。隆司の過去を知った人間は、心の中では確実に隆司を忌み嫌う。これは理屈ではない。恐らく、一般市民の本能なのだろう。

 良識と呼ばれるものに洗脳された一般市民は、犯罪者を仲間とは認めない。殺人犯なら、特に。

 更生のために、どんなに努力したとしても……殺人犯という過去が、努力を全て無に帰す。


 陽一は、なおも語り続ける。

「俺たちみたいな人間は、そうした社会の枠から逸脱する以外に生き方がないんです」

「逸脱、か」

「そうです。俺がやらなくても、佐藤は必ず似たような目に遭っていましたよ。あなたには理解できないでしょうが、俺たちみたいな人間は、枠の外で無様に生き続けるしかないんです」

 そう言って、自虐的な笑みを浮かべる陽一。義徳はつられて苦笑した。

「いや、私も似たようなものさ」


 そう、自分も似たようなものだ。無実の人間を殺人鬼に仕立て上げ、そして殺させた。社会の枠の外で、闇に紛れて生きている。善か悪かで言うなら、紛れもない悪だ。

 自分も陽一も、そんな生き方をしていくしかないのだろう。

 そう、義徳は……このままずっと、有希子と共に無様に生き続けるしかないのだ。


「ところで義徳さん、別の仕事があるんですが、どうします?」

「……ちょっと考えさせてくれ」







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